竜血公爵はオメガの膝で眠る～たとえ契約結婚でも…

４２話 胸の傷

　胸を刺され大量に出血して気絶した、エスパーダをグラーシア公爵邸へ馬車で運び、当主の寝室へ護衛騎士たちの手で運ばれた。
　アルセもエスパーダに付き添そい、一緒に当主の寝室へ入ろうとするが…　ふだんは親切で優しい護衛騎士のサングレに、止められてしまう。

「申し訳ありません、アルセ様…　ここからは我々が閣下かっかに付き添いますから、どうかアルセ様はお部屋でお休みください」

「でも…　あなたたちだって、ケガをしているでしょう？！　だったら無傷の僕が付き添った方が…！　せめてお医者様が、来るまでで良いから！」
　僕が馬車から出なければ、エスパーダ様が負傷することは無かったのに！！　全部、僕のせいだ！！　僕がバカだったから！！　素人しろうとの僕が…　エスパーダ様の言い付けを守らずに、出て行ったから…　僕が…っ！

　苦しくて、悔しくて…　にじみ出た涙を指先でぬぐって、アルセは護衛騎士のサングレに訴うったえた。

「いいえ、いけません！　閣下が負傷された時は、騎士以外の者が付き添うことを禁じられています！　グラーシア公爵家の最初の御当主が決められた、大切な規則です！　これはグラーシア騎士団の規則ですが、もうすぐ閣下と結婚されるアルセ様も…　誰であろうと、この規則には絶対に、従ってもらいます！」

「でも…！」　
　
「閣下のケガもすぐに良くなりますから、どうかこのままお部屋にお戻りください」

　護衛騎士サングレは、頑固がんこにアルセが付き添うことを拒こばんだ。

「アルセ…　エスパーダは護衛騎士たちにまかせて、一緒にお部屋へ戻りましょう？」

「でも、お義母様！　せめてお医者様の診断結果を聞くまでは！」

「大丈夫よ…　エスパーダは大丈夫だから…　それにあなたも、清潔な服に着替えた方が良いわ…　ね、アルセ？」

　護衛騎士たちに止められ、先代公爵夫人にも止められた。　
　結局アルセは、これ以上自分の気持ちを通そうとすれば、親切な人たちの迷惑めいわくになると気づき…　しぶしぶ自室へと戻る。


　先代公爵夫人に言われた通り、地面に転んで汚した夜会用の服をぬぎ、清潔な白いシャツと下衣に着替え…　アルセはため息をつきながら、ドサリッ…　とベットに腰を下ろすと、そのままゴロリと転がった。
　頭の中はキリキリと気が立って、眠るどころでは無かったが…　身体の方は、へとへとに疲れていたからだ。

　まぶたを閉じるとエスパーダが背後から胸を突き刺された、悪夢のような光景が浮かび、アルセはブルッ…　と震えてパッ…　と紅玉色ルビーレッドの瞳を開く。

「・・・・っ」
　胸…　僕はあの時、エスパーダ様は命を落とすと確信した！　なのに護衛騎士たちも、お義母様も…　“大丈夫だ、すぐに良くなる”　…？　おかしいよ？！　僕みたいな素人しろうとでもわかるよ？！
　…だってあれは、絶対に背後から心臓を刺されていた！　絶対に致命傷ちめいしょうになるケガだった！　これも…　狂きょう戦士の話に関係することなの？！　あの白銀のトカゲが何とかしてくれるとか？！
　ああ、クソッ！！
　もう！　狂戦士なんて、どうでも良いよ！！　エスパーダ様がどうなっているのか、心配で…　心配で…　頭が狂いそうだ！！
　
　ギリギリとアルセは、歯ぎしりをする。


「あ……　ダメだ……！　このまま我慢できない！」
　よし！　せめて、お医者様が来たら、診断結果だけでも聞きに行こう！

　ベッドからおりて、廊下へ続く扉を静かに開き、同じ階にあるエスパーダの部屋をうかがうと…　騎士が１人、エスパーダの部屋の前に立っているのが見える。


　アルセは医者が到着するのを待った。