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16話 従弟の言葉
しおりを挟むカチャッ…! コツ… コツ… コツ… パタンッ…!
アルセの背後で、ノックもしないで不躾に扉が開き、許可も取らず勝手に誰かが部屋に入って来た。
扉に背を向けてベッドに座り、父の剣を抱きながら泣いていたアルセは、あわてて手のひらで、涙で濡れた頬をぬぐう。
相手が誰であっても、自分の泣き顔を見せたくないからだ。
「うわっ! 学園生でも無いのに、アルセお兄様…ったら、まだ学園の制服を着ているの? なんて恥知らずなんだろうね?!」
学園生活に復帰する気だったアルセは、当然のように制服を着ていた。
「・・・っ」
憎たらしい侮辱の言葉を投げかけられ… 顔をあげてアルセが振り向くと、そこには従弟のムゲーテが、可愛らしく小さな顔を傾げて、立っていた。
「ムゲーテ、何の用?」
「ふふふ… 可愛そうなアルセお兄様が、大好きな学園を去る手伝いをしてあげようと思って、来たんだけど? どうやら荷造りは終ったみたいだね?」
軽やかな足音を立てて、ムゲーテはアルセの隣に来て、トスンッ… とベッドに腰を下ろした。
「手伝う気なんて、まったく無いくせに! 僕の前で、そんな良い子のフリをするなんて… すごく気持ち悪いから、他所でやれば?!」
どうせ、周囲の人たちに自分を良く見せようと、僕に同情するフリをして、来たに決まっている! 本当に何でこの子はここまで性悪なんだろう?! 騙されて裏切られるまで、ムゲーテの狡賢い性質に気づかなかったなんて… 僕は本当にマヌケだったんだね?!
アルセはずっと従弟のムゲーテのことを、裏切られるまでは人形のように容姿も可愛いが、少しドジなところが愛嬌があって、もっと可愛く見えると… ずっと本気で、そう思い込んでいたのだ。
「もう、アルセお兄様ってば、ひどい、言いかたするねぇ?! これでも僕はお兄様が嫁ぐ前に、お別れの挨拶を、しに来てあげたというのにさぁ…? 僕も寮暮らしだから、しばらく家に戻れないし… お兄様は従弟に対してあまりにも、薄情じゃないの?」
わざとらしく傷ついた顔をして、ムガーテは抗議するが… 瞳がキラキラと楽しそうに輝いていた。
「別れの挨拶だって…? ああ、もしかして自分よりも先に、僕が結婚するから嫉妬して、僕の“婚姻の儀”にも出てくれないの?! ムガーテの方がずっと薄情じゃないか!」
本当に嫌味な奴! こんな子だったなんて… ああ、むかつく…! 悔しいぃ…!!
「・・・・・・」
ムガーテはポカ~ンと、マヌケっぽく口を開けて、アルセの顔を見つめた。
「何? そのアホ面は…?!」
「ブハッ…!!! アハハハハ―――ッ!!!! アルセお兄様、それ本気で言っているの?! お兄様ったら、どこまでマヌケなんだよ!!」
急にムガーテは吹き出して、ゲラゲラと笑い出した。
「…何だって?!」
いったい何なんだ?! 本当にこの子は、口を開くたびにむかつくことしか言えない子なのか?!
眉間にしわを寄せたアルセは、ゲラゲラと下品な声をあげて笑うムガーテを見下ろした。
「お兄様が“婚姻の儀”なんて、やれる訳ないじゃないか! それに結婚するだってぇ?! 何を言っているのさ…?! 嫁ぐといっても、本妻として嫁ぐと思っていたの? 醜聞まみれのお兄様に、そんな美味しい話が来るわけないよ! そんなふうに思い込むなんて、本当にお兄様はマヌケだね―――っ?!」
「・・・っ?!」
今のはどういう意味?!
ムガーテに腹をたてて、カッ… と頭に血が上っていたのが… スッ… と引き、アルセの顔が青ざめる。
「愛人に決まっているじゃないか! お綺麗なアルセお兄様は、愛人になるんだよ! クフフフフッ… アハハハハッ…!!」
ムガーテはベッドの上で笑い転げる。
「嘘だ… そんなの、嘘だ! いくら何でも、叔父様がそんな恥知らずなことをするなんて…!」
「それぐらい、平気でお父様はするさ! だって相手はあの、コルティナ侯爵様だもの!」
「・・・・・・」
侯爵? コルティナ侯爵……? 何で? 何で僕が…? 何で?!
「コルティナ侯爵様が、アルセお兄様を欲しがったらしいよ? その紅玉色の瞳が好きなんだってさ! 良かったねぇ~! すごい人に嫁ぐことが出来てさぁ!! “婚姻の儀”が必要の無い、愛人だけどねぇ~…!! アハハハハッ―――ッ!!」
「・・・・・・」
そんな… そんな… そんな… 信じられない、僕が愛人だなんて……?!
ぼうぜんと言葉を失い、笑い転げるムガーテを見つめるアルセに… とどめを刺すように、ムゲーテは追い打ちをかける。
「お父様はね、コルティナ侯爵様にアルセお兄様を愛人に欲しいと依頼されて、僕に指示したんだよ! アルセお兄様からどうやって婚約者のリブレ様を奪えば良いかを! 僕が彼を欲しがっているのを、お父さまは知っていたから、ちょうど良いってさぁ…! クフフフフッ…」
「・・・っ」
嘘だ…!
気が強いアルセが、過剰に反抗することを予想した叔父は、あえて立派な方だと言葉を濁して、相手が妻子持ちのコルティナ侯爵だと伝えなかったのだ。
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