英国紳士の溺愛

第２章 コテージ編

６０話 カエルとヘビ

 「隣に寄って行こう！」

　蘇芳の腕時計を修理に出し、店を出たところで…
　アーサーがウインドウの何かに惹ひかれ、宝飾店に入る。


「ウインドウに飾ってある指輪が見たい」

　入ってすぐ、アーサーがスタッフに指示を出した。



　ビロード張りの箱にズラリと並べられた、金と白金プラチナの生き物がモチーフの指輪たち。

「面白い！　なんか可愛いですね…」

　興味深々で並べられた指輪を一緒に眺ながめて、うっかり蘇芳が感想を口に出したのが運のつきだ。

　何かの企みが成功したかのように、アーサーがにニヤリと笑ったが…
　指輪を見るのに夢中で、蘇芳は気付かなかった。


　
「アジアにある、小さな村に伝わる教えで、神様の使いである守護精霊が、身近な生き物に姿を変え、村人1人に一体ずつ付いて見守っているという話から、デザイナーがインスピレーションを受けデザインされたモノです」

　スタッフの説明に、ウンウンとうなずきながら聞き入る蘇芳。

「この指輪1つ1つが、守護精霊を模しているのですね？！」

　蘇芳が話に食い付くとスタッフも嬉しそうに話を進める。

「村人たちは、シャーマンに自分の精霊が何かを聞き、その彫刻を身に着けるのだそうです」

「君の精霊はどれだろうか？」

　面白そうに笑う蘇芳の左手を取り、アーサーは指輪を５本の指全部に次々とはめてゆく。


「アーサー‥」

　蘇芳は嫌な予感がした。


「亀、蛇、トカゲ、カエル、羽を広げたコウモリ…　蘇芳はどれだと思う？」

「必要ありませんよ？　アーサー？」

＜…精霊の話は興味深いけど５００ポンド（約７万７千円）もする指輪とかアクセサリーなんて要らないし！＞

　険しい顔で指輪を見下ろし、嫌な予感が見事に当たりそうだと、蘇芳は速攻で拒絶の意志を表明したが…


「やはりカエルだな…　泳ぎの上手いカエルに決まりだ！」

　アーサーが満足げに笑う。

＜…やっぱり買う気だ！！＞


「コレ女性ものですよね？」

　スタッフに助けを求め指輪を外す蘇芳。


「いいえ男女共用ですから、カップルで購入されるお客様が多いですよ」

　スタッフはニコニコと微笑み、当然ながら蘇芳の望みを退けた。

　アーサーは蘇芳の薬指から外した蛇の指輪を、自分の節太い小指にハメて、ジッ…　と見た後、つぶやく。

「面白い！」

　アーサーの視線が動き、また何かをジッと見つめる。

　有能なスタッフはアーサーの視線の先にある守護精霊シリーズのブレスレットから白金プラチナのカエルを素早く取り出し、ビロード張りの箱に載せる。

　アーサーはカエルのブレスレットを手に取り、蘇芳の手首に指輪より小ぶりだが全体的にズッシリ重い、１２匹のカエルを巻く。

「お断りします！」

　アーサーが何かを言う前に蘇芳は断る。


「溺れた君が目覚めるまで生きた心地がしなかった」

　眉をひそめ、アーサーは苦悩の表情を浮かべた。

「ソレとコレとは…」

　さすがに蘇芳も、罪悪感を刺激され動揺する。


「カエルのように泳ぎ回れるようになって欲しい…　命の恩人としては強くそう願うばかりだ…　蘇芳を頼むぞ守護精霊！」

「変な子芝居は止めてください！アーサー！！」

「・・・・・・」
　無言でジッ…　とアーサーは蘇芳を見つめた。
　
「・・・・・っ」
＜クソッ…　負けた！！＞

　ガックリと肩を落とし蘇芳が屈服すると…


「この２つをくれ！　このまま付けて帰る」

　アーサーは自分の小指に付いた蛇にフッ…　と息を吹きかけ、満足そうに微笑んだ。 



＜…大富豪の考えるコトってわかんないや…　変な衝動買いするなぁ？＞

 　首を捻ひねる蘇芳。