英国紳士の溺愛

第１章 誓約編

１９話 捜索ゲーム

　アーサーの予想通り、翌朝、蘇芳はベッドから起き上がれなかった。

　打撲による痛みと熱、他にも疲労の蓄積など…　
　まるで何年かに一度の、最凶厄日かと思えるほどの苦痛に襲われた。

　何より殴られた顎が、じゃがいものように歪な形に腫れあがり、The 悲惨！　なご面相に変貌し…
　"蘇芳に絶対、鏡は見せるな！"　とアーサーが使用人たちに思わず厳命してしまうほど酷かった。

　アーサー自身グレていた時代に、派手な喧嘩をした翌日など、同じ症状を経験したからこそ、蘇芳の苦痛を誰よりも理解できるのだ。



　その夜、ゼフィロスの夜会に１人で参加し、アーサーはダルトン卿とベンソン支配人に状況の説明をしていた。

「何をしているギルボーン！　自分のパートナーも満足に守れないのか！？」

　給仕係にウイスキーのグラスを受け取りながら、ダルトン卿は声を荒げた。


「返す言葉もありません」

　ダルトン卿の叱責はもっともで、アーサーは甘んじて受け入れた。


「それで何か対策は考えてあるのかね？」

　イライラと怒りながらも、協力する姿勢を見せるダルトン卿に、思わずアーサーは感謝の念を抱く。


「彼の失踪した友人の行方を追うのが、一番の早道かと…　どうやら誘拐未遂犯と、関りがあるようですから」

「しかし若い日本人の青年と言うダケではな…　この国に何人いると思う？」

　淡々と説明を続けるアーサーの話を聞きながら…
　手の中にあるウイスキーのグラスを一口も飲まずダルトン卿は、ジッ…　と見下ろしたまま思案に耽っている。


「おそらく恋人の名前も偽名でしょうね」

「日本人と言えば、あなたのパートナーが魅力的過ぎて、会員の間で自分も日本人の恋人が欲しいと、盛んに若い日
本人に関する情報収集をしているようです」

　ベンソン支配人が話に加わる。


「それは好都合！」

＜偉いぞ蘇芳！　…君の魅力がココまで、会員たちに影響を及ぼすとは！＞

　ニヤリと笑いアーサーは、自分の目に狂いは無かったと、蘇芳と共にパートナーに選んだ自分自身も褒めた。


「ベンソン支配人、会員たちに伝えてもらいたいコトがあるのですが」

「どんなお話ですか？」

「蘇芳の友人が悪い男に騙され、どこかに連れ去られたと」


「そのまんまではないか！」

　笑みを浮かべてダルトン卿がツッコミを入れる。


「彼は美しい青年で知性も教養もあり極めて情熱的、そして愛に飢えている…　早い者勝ちだと」

　会員達にも直輝の捜索を手伝ってもらうのだ。


「なるほど…　獲物を追う狩猟本能を利用して会員たちを競わせるか！」

　ようやくダルトン卿も納得した。


「大金持ちの会員たちがするゲームなら、コレぐらいの規模で調度良いかと」

　常時、人手不足の警察などより、全員が負けず嫌いで、潤沢な資金を持つ会員たちの方が、ずっと貪欲に直輝を捜そうとするはずだ。


「大変良いお話だと思います」

　ベンソン支配人は満面の笑みを浮かべた。
　

「彼の画像データを、会員たちが気に入ると良いのですが」

　蘇芳が持っていた中で、シャワー後の濡れ髪に、下着一枚ではしゃぐ直輝の姿があった。


　基本的に、ゼフィロス内は電子機器の持ち込みは禁止で、すべて受付に預ける規則になっている。　


　そこで直輝の捜索ゲームは、ゼフィロスのイベントとして扱われることとなった。