上 下
6 / 80

5話 カステーロ

しおりを挟む

 楽しそうに微笑みながら馬房の中の馬を一頭、一頭、眺めるヴィトーリア。

「君… 本当に馬が好きなんだね?」

「アンタは嫌いなの?」

「嫌いではないけど、馬は僕より兄さんの方が好きかな… 兄さんは騎士になるつもりだから」

「……」
 騎士と聞き急に黙り込むヴィトーリア。

「兄さんはね、子供の頃から剣の先生に付いてずっと厳しい鍛錬を積んで来たからスゴク強いんだ! 王都の学園でも一番強かったしね、僕はダメだったけどさ…」


 ヴィトーリアが黙り込んでしまったコトに気付かず、ペイシェは朗らかに兄自慢をする。

「ねえ、君はどの馬が一番好き?」

「入口から3番目に居た去勢馬が一番良いかな… 体力ありそうだし」


 フワフワと艶やかな髪を揺らしながら隣を歩くヴィトーリアに、仲良しの友達を見つけたと言わんばかりに、ペイシェはニコニコと途切れるコト無く話し続ける。

「もしかして… 君はスゴク兄さんと気が合うのではないかな? だってあの馬は兄さんが選んで買った馬だもの」

 ペイシェに言われてスゴク嫌そうな顔をするヴィトーリア。




 馬房を全て見終わりると厩舎の外へ出て、木を組んだ柵で囲った馬場に向かう。


「あ! この中の馬はまだ、調教が終わってないから、近づくと危ないから気を付けてね?」



 綱を2本繋ぎ、2人の男が綱の先を掴み、嫌がる馬をグルグルと円を描くように早足で歩かせている。

 馬は嫌がり何度も首を振り暴れる。


 ヴィトーリアの心臓がドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…と跳ねる。

 薄い胸のあばらを砕いて突き破るのではないかと思うほど大きく心臓が跳ねる。


 馬場を歩く青毛の馬が嘶くいななく… ヴィトーリアに気付いた。



「あっ!! ダメだよヴィトーリア…危ないから!!」
 ペイシェが叫ぶがヴィトーリアの耳には届かない。


 柵によじ登りヒラリと飛び降りると、ヴィトーリアは向って夢中で走る。
「カステーロ―――ッ!!!」




「オイお前!! 危ないぞ寄るな―――!!」
 調教師たちの制止を振り切り馬の前に飛び出す小さな身体。

「カステーロ!」
 馬はピタリと止まり、親愛の情を表すようにヴィトーリアに長い顔を摺り寄せる。

「どうしてアナタがココに居るの?」
 溢れる涙を拭うコトも忘れ、ヴィトーリアは青毛の馬を抱きしめる。

 美しい馬体には鞭で打たれた傷がいくつも残っていた。
「…どうして?!」



「ヴィトーリア!!」
 父カルネイロに呼ばれカステーロの首を撫でながら振り返るヴィトーリア。

「お父様! カステーロがいる!!」

「こちらへ来なさいヴィトーリア!」
 オエスチ侯爵との話し合いが終わり、使用人に居場所を聞き、厩舎までヴィトーリアを迎えに来た父カルネイロ。

 カステーロをもう一度抱き締め顔を撫でてから、父の元へ向かい馬場に入った時と同じように木の柵を越える。


「お父様カステーロです、オエスチ侯爵に返してもらいましょう!」

「ダメだ、あの人はそんなに優しい人ではないよ」
 隣に次男のペイシェがいるコトなど忘れてカルネイロはヴィトーリアの願いが叶わない理由を教える。


「でもカステーロは私の馬です!」
 泣いて縋るヴィトーリアの細い両肩を掴みカルネイロは諭す。

「たとえウチから盗まれた馬でも誰もが納得するような、ウチの馬だと証明する術が無ければダメなんだよ… 」

「あの馬は2日ほど前に、西方騎士団の団長に紹介された人からお父様が買った馬です! とても上等だけど身体が鞭で傷ついているから格安で買えたと喜んでいました… だから盗んだ馬ではありません!」

 黙っていられず横から口を挟むペイシェ。


「分かっているよ、オエスチ侯爵が盗んだのではないと… ただ、エスケルダから盗まれた馬を買ったダケだ!」
 ヴィトーリアが今まで聞いたコトの無いヒヤリと冷たい声でペイシェの話を訂正するカルネイロ。

「……っ!!」
 ハッと息を呑みペイシェも黙り込んでしまう。

「帰ろうヴィトーリア、オエスチ侯爵は一度手に入れたモノを簡単に手放すような人ではないのだよ」

「でも、お父様!」

 紺青の瞳から涙をポロポロと零し、カルネイロの腕にヴィトーリアは掴まり必死で乞う。



 カルネイロは息子の細い身体を抱きしめて、もう一度諭す。


「耐えるんだ… 私たちはコレからどう生きて行くかを考えなくてはならないのだから、どうしようもないコトに関わっている暇は無い」


 親子は寄り添い、お互いを支え合うようにオエスチ侯爵家を去る。


 アーヴィは自分を池に落とし、屈辱を与えたヴィトーリアをずぶ濡れのまま追いかけて来て、親子の会話を茫然と聞くコトになった。




 初めは馬の前に飛び出したバカを助けようと馬場に飛び込んだが、気の荒い馬が親愛の情を見せそのバカに擦り寄り甘える姿を見て顎が外れそうになるほど驚いた。


 次にエスケルダから盗まれた馬を侯爵家が買ったという話で言葉を失い気分が悪くなった。




 青毛の馬を見せられて、欲しがったのは父ではなくアーヴィ自身だからだ。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

傷心オメガ、憧れのアルファを誘惑

金剛@キット
BL
婚約者に浮気をされ、婚約解消されたエントラーダ伯爵令息アデレッソスΩは、30歳年上のβ、裕福な商人コンプラ―ル男爵との婚約話が持ち上がった。 そこでアデレッソスは、子供の頃から憧れていた騎士、ジェレンチ公爵デスチーノαの寝室に忍び込み、結婚前の思い出作りに抱いて欲しいと懇願する。 デスチーノαは熱意に負け、アデレッソスΩを受け入れようとするが… アデレッソスには、思い出作り以外にもう一つ、父親に命令され、どうしてもデスチーノに抱かれなければいけない事情があった。 30歳年上の婚約者には子種が無く、アルファの子を身籠ることが結婚の条件だった。 父の命令と恋心から、愛するデスチーノにたくさんウソをついたアデレッソスは、幸せを掴むことができるのか? ※お話に都合の良い、イチャイチャ多めの、ユルユルオメガバースです。 😘R18濃厚です。苦手な方はご注意ください!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

「その想いは愛だった」騎士×元貴族騎士

倉くらの
BL
知らなかったんだ、君に嫌われていたなんて―――。 フェリクスは自分の屋敷に仕えていたシドの背中を追いかけて黒狼騎士団までやって来た。シドは幼い頃魔獣から助けてもらった時よりずっと憧れ続けていた相手。絶対に離れたくないと思ったからだ。 しかしそれと引き換えにフェリクスは家から勘当されて追い出されてしまう。 そんな最中にシドの口から「もうこれ以上俺に関わるな」という言葉を聞かされ、ずっと嫌われていたということを知る。 ショックを受けるフェリクスだったが、そのまま黒狼騎士団に残る決意をする。 夢とシドを想うことを諦められないフェリクスが奮闘し、シドに愛されて正式な騎士団員になるまでの物語。 一人称。 完結しました!

処理中です...