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1章~俺はダンジョンバイトがしたい

17 スライムなら子供でも倒せるとは言ったけど②

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 スライム? 聞き間違いかな?


 思わずきょとんとする俺に、シラウラは意味ありげに微笑んだ。
「はいはい、ソウイウ反応すると思ってましたよ」みたいな、ちょっと腹立つ笑顔だ。

「スライムってあの、青くて半透明のアレですよね?」
「ええ、あれですねえ」

 俺はぽかーんと口を開けて、相当間抜けな顔をしていたことだろう。

 だってスライムって……野ねずみにも負けるって噂の最弱の魔物じゃん。
 ゲームとかだと強いスライムの種類があったりするけど、ここトワイヤにいるスライムは1種類しかいない。
 目も鼻もどこにあるか分からないが、うっすら青い半透明の、子供でも倒せちゃうアレである。

 攻撃手段は「身体の中に取り込んで丸呑み」か「粘液で獲物の動きを封じて丸呑み」というのがあるが、その攻撃で捕まえられるのは虫ぐらいだろう。なにせ丸呑みしようにもスライム自体が猫ぐらいの大きさしかない。動きも非常にゆっくりで丸呑みする前に逃げられてしまう。粘液は無害だし、粘り気だって大したことは無い、ローションみたいにヌルヌルしてるだけだ。

 半透明な身体の中には500円玉ぐらいの丸い核があって、それをハンマーかなにかで叩けば死んでしまう。基本的に原っぱなどに生息して、雑食性。

 俺も何度かヘヨカの丘ダンジョンの中で見かけたことがある。でもあれはダンジョンで働いてるとかじゃなくって、たまたま入って来ちゃったみたいな感じだった。隙間があればどこでも入ってくるらしい。
 愛嬌があって可愛いかったけど、ダンジョンの壁とか食べちゃうから、害虫扱いされてたなあ。

「ほら、そこの岩の上にいますよ」
「本当だスライムだ……あれ? あのスライム小さくないですか?」

 岩に取り付けてある苔タイプのランプにひっついてるスライムは、手のひらに収まりそうなサイズだ。一般的なスライムが大人の猫ぐらいあるから、とても小さく見える。

「うちではスライムの育成もしているんです。あれは少し前に生まれた子みたいですね」
「スライムの育成!? そんな事もやってるんですか?」
「ええ、スライム達は意外と賢くて働き者ですから、大事な働き手として重宝しているんです」
「へえ……」

 今日はなんだか知らないことばかり聞いた気がする。

 苔の明かりにほんわか照らされるスライムはまるで宝石みたいで綺麗だ。
 一丁前に俺のことを警戒しているのか近寄って来る様子はない。しかし、光に照らされて、大事な核の部分が丸見えだ。身体の大きさに合わせてBB弾サイズの核が……可愛すぎるサイズだ。冒険者が気まぐれに握るだけで死んでしまいそうで心配になる。

「子供でも倒せちゃうんでは……?」
「そうですねえ。一般的なスライムならば」

 なんだその言い回し。
 まるで一般的じゃないスライムが存在してるみたいな……

 質問しようとしたところで、突然『あーあー、シラウラ様、シラウラ様~』とフロア内にユーゴスさんの覇気の無い声が響き渡った。

 店内放送か。どうしたんだろう?

 『ボスが帰ってきましたよ~シラウラ様をお呼びですよ~』

「ガロンが!」

 ぱっとシラウラの表情が変わる。少し胡散臭い笑顔を浮かべた中性的な美形フェイスが、恋する乙女のごとく花がほころぶような笑みを浮かべた。


「すぐ戻ってきますので、スズさんはここで待っていてください」
「ここで!? いや、俺も一緒に戻ります」

 用件だけ言うとブツリと放送は切られてしまった。
 シラウラも俺の手を離してさっさと受付の方へと戻ろうとするので、慌てて引き留める。いくら綺麗でもダンジョン内に一人取り残されるのは不安だ。

 しかしシラウラは首を横に振った。

「残念ながら、スズさんをボスに会わせるわけにはいかないのです」
「え……あ、もしかして、ボスの正体は秘密になってるとか?」

 ダンジョンの魔物の構成とかボスとかの情報は、ギルドに集められて冒険者に共有しているものだとおもったけれど、ここは娯楽ダンジョンだし、ボスの正体すら秘密にしているのだろうか。しかし、シラウラは「違うのですよ」と再び首を振る。

「ボスは新しいバイトを心待ちにしています。そんなときに貴方の姿を見たら、ボスは勘違いして喜び、そして真実を知ってガッカリしてしまうでしょう。私はボスの悲しむ顔を見たくないのです」
「そ、そう言われると……」

 シラウラの言い方はわざとらしいが、ボスを思う気持ちに溢れている。
 事実、俺はここでバイトを続けるつもりがない。そんな部外者の俺がシラウラの制止を振り切ってまでボスのいる受付に行くのは無神経すぎるよな。

 でもなあ……ダンジョン内に一人でいるのは……

 俺の不安を感じ取ってか、シラウラは「すぐに戻りますから大丈夫ですよ」と言う。

「今日はフロアボスもお休みしていますし、このフロアにいるのは無害な小さいスライム達だけです。もし暇を持て余すようでしたらスライム達と遊んであげてください」
「へ、スライムと!?」
「ええ、ええ、実は先月スライムの飼育バイトが辞めてしまって未だ代わりが見つかってないんです。他の者達もそれぞれ忙しいですから、最低限の世話しか出来ていません。彼らも構ってもらえず不満そうにしていましたから、ぜひ遊んであげてください。ただし脆いので核には触れないようにしてくださいね。では失礼します」
「え、ちょっ……ええ?あしはやい……」

 そう言ってシラウラはあっさり俺に背を向けると、扉の方に飛び跳ねるように駆けていった。もう扉に辿り着いてるし。


 こうして俺は、ダンジョンの中、一人取り残されてしまった……


「スライムと遊べって言われてもなあ……」

 1匹だけかと思っていたがスライム達と言ってたし他にもいるのだろうとフロア内を見回すと、意外とそれなりの数がいる事が分かった。

 苔型ライトを気に入っているのか、ライトの近くにいるようで、その小さな身体がライトアップされている。
 何故今まで気づかなかったんだと思うほど、モゾモゾとうごめく陰が洞窟の壁にいくつも映し出されていた。

「う……」

 シラウラに置いて行かれた不安からか、先ほどは宝石のように煌めいて美しいと思ったそれが、実に不気味に見えて、俺はゴクンと唾を飲み込むのだった。







 続く

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