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1章~俺はダンジョンバイトがしたい
1 俺は異世界でダンジョンバイトがしたい①
しおりを挟む今から20年ほど前、世界中に異世界へと続く「扉」が突如として出現した。
激しい落雷と共に現れた、見上げるほど大きな石の扉。厚さ50㎝ほどの扉は支えもなく自立して立っており、驚くべき事に地面からわずかに浮いていた。
そして、扉の先はそれぞれ別の、地球とは異なる世界へと繋がっていた。
なぜ地球ではないと断定したかというと、場所によってはゲームや漫画に登場するような火を噴いたり氷を吐き出す謎の生物が出てきたりしたもんだから、当時はどの国も大混乱となったらしい。
といっても、それは20年前の話だ。
異世界からもたらされた異世界語翻訳機なるマジックアイテムのおかげで、現在ほとんどの異世界とコンタクトがとれ、交流が進んでいる。
日本に現れた4つの扉の先は早々に安全が確保され、今では高校生のバイト先が異世界なんて当たり前だったりする。
なにより異世界でバイトする事は、部活で良い成績をおさめたり、生徒会に入るより進学や就職に有利ってことで、要領の良い奴らは高校に入る前に異世界語検定2級をとり、高校入学と共にバイトをしに異世界へ続く「扉」を潜るのだ。
(この資格がないと「扉」を利用させてもらえない。異世界人だって日常会話も出来ない奴がバイトに来ても困るからな。ちなみに3級あれば異世界に建てられた日本の企業の、直接魔物と関わらない部署で働くことが出来る)
だから賢き俺こと涼宮潤も例に漏れず、中学2年のうちに異世界語検定2級をとり、高校入学と共に異世界でアルバイトをしていたのだが……
「……どう考えても、異世界バイトはしばらく辞めた方が良いんじゃないかな……」
俺の向かいの席に座っている真面目にソバカスをくっつけたような親友、松丸裕一は食べようとしていた卵焼きを弁当箱の中に戻すと、沈痛な面持ちでそういった。
男子高校生にとって愛すべき昼休み。
もっと暖かくなれば緑豊かな中庭や屋上で食べる者も増えるだろうが、まだまだ肌寒い4月の今は、ほとんどのクラスメイトが教室にいる。
みんな思い思いの場所に座って、友達と楽しく騒がしく昼飯を食っているというのに、俺たちの席だけはどんよりとした空気が覆っていた。
まあ俺が原因なんだけどな!
春休み明けに突然茶髪にしてきた親友に軽く質問したら、危うくダンジョンボスの番にされかけ、異世界に軟禁される所でした、なんて聞かされたら俺だってお前の立場ならそう言うと思うよ。でもなあ……
「先月の給料貰わず辞めちゃったから、金欠でさ……だから今日バイト面接に……」
「ちょっと落ち着いて話し合おうか。ほらミートボールあげるから」
「いや、いらないし!」
俺の言葉を遮ろうとするように、裕一はすかさずミートボールを食わせようとしてくる。身を引く前に唇にべちょりとミートボールが押しつけられた。
……運動音痴なくせに、こういうときは俊敏だな……
「んぐんー!」
「ほら、早く口を開けないと、唇が甘じょっぱくなっちゃうよ」
どんな脅し文句だよ
ふふふ、と悪い笑顔を浮かべ……てるつもりなんだろうが、真面目で穏やかな気質が前面に出てる垂れ目ソバカスおっとりフェイスでは、ニコニコ楽しそうにしかみえない。
しかしその手元は容赦なく、俺の唇にミートボールをぐいぐい押しつけ、甘じょっぱダレを塗りつけてきた。
不愉快とかそういう感情より先に、まだ一口も昼飯を食べてなかった俺にとってその食欲をそそる匂いはあまりにも暴力的で、5秒と耐えられず誘惑に負けて口を開けてしまうのだった。
「おいしい?」
「まあな」
うん、安定のうまさ。冷めても美味い市販のミートボールは偉大だ。
ちょっと味が濃いのがご飯に良く合う。思わずご飯をかっ込んでると「二人ともさあ、ここが教室って事忘れてない?」と隣から呆れた声が飛んできた。
「松丸のが落ち着きなよ。俺の存在忘れて涼宮とイチャつきすぎだし」
「別にイチャついてるつもりはないよ。橋元の存在は忘れてたけど」
「俺の扱いひどくない? 悲しくって泣いちゃいそう~」
そういって焼きそばパンを囓りながら嘘泣きをするのは、クラスメイトの橋元拓也。
身長180センチもある男がメソメソ泣き真似しても、気色悪いだけだと思うのだが、少し離れた席から女子の「あ~ん、橋元くんかわいい~」なんてキャッキャした声が聞こえてきたので、イケメンは得だよなあ! と心の中で悪態をついておく。
こいつはどういうわけか、最近やたら俺たちに絡んでくる。
最初は裕一の予習完璧ノートが目当てなのかとも思っていたが、この次期バスケ部部長と名高い高身長むかつくイケメンは成績もまあまあ優秀なので必要ないだろうし、その天パみたいに言動がフワフワしていて目的は不明なまま今日まで来ている。
気になることと言えば、やたら俺と裕一が「イチャついてる」と文句を言ってくるのだが、文句を言うぐらいなら近寄らなければ良いのに、ほんと謎だ。
馬鹿にしてくるわけでもないし、裕一も気にしてないので普段は放置しているが、たださっきのをイチャついていると解釈されんのは心外だ。
こちとら唇を甘じょっぱダレでべちょべちょにされてんだぞ!
しかし、文句を言ってやろうと口の中の白米とミートボールを咀嚼している間に、二人の話題は別のもの変わっていた。
「てか俺、異世界についてあんまり詳しくないんだけどさ……その勇者ってのは何者なの? 俺の知ってる勇者とだいぶ違うんだけど」
「ええと、たしか異世界トワイヤで勇者と名乗るのは城塞都市バンヘル出身者だね。バンヘルの人たちは、国の洗脳教育によって魔物は滅するべき悪で自分たちは正義だと本気で信じてるんだ。そんな彼らの目的は一つ、すべてのダンジョンを破壊し、魔物をこの世から抹消すること。今年は魔王を倒した勇者キャンベルの没後100周年だから、気合いが入ってるらしいよ」
裕一の説明に「なにそれ怖ッ」と笑った橋元だったが、少し考えて「んん?」と眉間にしわを寄せた。
「あれ?……でもさあ、異世界トワイヤって魔物が魔石作るんだよね?」
「そうだね。魔石はダンジョンにいる魔物達だけが作れるね」
「人間達の生活家電の動力として魔石使われてるって聞いたことあるんだけど?」
「そうだね」
「そうだね???」
魔石とは、魔物が魔力を込めた石のことで、例えるなら電池みたいなものだ。日本でも使えないかと研究中だが、電気の配給が存在しない異世界トワイヤでは、すべての生活家電や機器に魔石が使われている。
人間が文明的な生活をするに当たって、無くてはならない存在なのだが、それをもたらしてくれるのはダンジョンに住む魔物だけだ。
それはトワイヤの子供だって知ってる常識のはずなのだが……
「特にバンヘルは発展してるから魔石の消費量も多い。それに、魔物が攻めてきても良いように城壁は頑丈に作られてるんだけど、一番頑丈な門は人力では開け閉めできなくって、動かすには大量の魔石が必要なんだって……勇者達は見事すべてのダンジョンを潰しました。しかし、魔石が生産されなくなってしまったため、城塞都市バンヘルの扉は二度と開かなくなってしまったのでした……なんて寓話みたいなことが起きちゃうかもしれないね」
ふふふっと無邪気に笑う裕一。あのむかつく紺色長髪勇者とその仲間達が、開かない扉の前で途方に暮れている姿を想像すると、ちょっと笑えた。
まあ、ダンジョンが本当に潰れるなんて、ありえないけどな。
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