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番外編 重ねる日々

それはちょっとポジティブすぎない?

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「なにか別の動物になるとしたら、なにがいい?」

 雑誌を繰りながら尋ねるナサニエルに、エリオットはスマホから目も上げずに答えた。

「裕福で子どもが独り立ちした夫婦に飼われる猫」
「具体的なうえに身もふたもないね」

 夢はでっかく、だ。

「──で、なんで?」
「日本人がよく話題にするんだよ」
「なにになりたいかって話を?」
「正確には『生まれ変わったらなにになりたいか』」
「生まれ変わり」
「輪廻転生っていう、アジアに多い宗教的観念だね」

 ナサニエルが極東の宗教について簡単にレクチャーするのを、エリオットは先ほどよりややまじめに聞いた。

 信仰については、採用時に一応の確認くらいはあれど、基本的人権に基づいて自由が保障されている。だからアジアから来たイェオリには、エリオットが王族として参加する宗教行事への同行に抵抗があれば配慮すると伝えた。

 たしか彼は、ナサニエルのようにアニミズムとは、みたいな話をして、「他者の信仰を否定する考えはない」というようなことを説明していた気がする。エリオットはそれを、他者への適度な関心のなさだな、と思った。そして、そんな彼に興味を持つのがナサニエルだ。

「それでね」

 付き合いの長い友人は、雑誌を広げた膝に頬杖をついた。

「生まれ変わってしまったら、神の国で会えないだろう? どうして次から次へと生まれ変わるんだろうって聞いたんだ」
「そんなん聞かれたって、イェオリが困るだろ」
「知りたいのは正解じゃなく、彼の考え方だよ」

 エリオットはスマホを腹の上に伏せると、長椅子から起き上がったナサニエルを見た。

 普通、日常生活で信仰についてそんなに深く考えたりしないと思う──エリオットはそうだ──が、イェオリはその通りには言わないだろう。

「イェオリはなんて?」
「『狭いんじゃないですか』」
「は?」
「ぼくたちで言うところの『神の国』が、死者をすべて収容するには狭いんじゃないかって」

 だから次々とやって来る亡者をどんどん生まれ変わらせて追い出さないと、定員オーバーになってしまう。

「ぶふ……あははは!」

 以前なにかの番組で見た、日本の満員電車みたいに、あの世でぎゅうぎゅう詰めにされる死者の様子を想像して、エリオットは声をあげて笑った。

「て、適当……」
「そうなんだよ、それを真顔で言うんだよ。真剣にそう考えてるのかと思った」
「イェオリって、適当なことも言うんだ」

 エリオットが同じことを尋ねたならば、きっと彼は慎重に調べ、場合によってはプレゼン資料まで並べて正解に近いことを答えるよう努めただろう。

 ずいぶんな扱いの差にも、しかしナサニエルはなぜだか嬉しそうだ。

「彼の適当さって、逆に特別感があるよね」
「……それはちょっとポジティブすぎない?」

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