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番外編 重ねる日々
専属も楽じゃない その後
しおりを挟む「新顔ですね」
突然なにかと思えば、エリオットのジャケットのことらしい。
ハウスで行われた定例の会議後、いくつかの形式的な手紙にサインをするという勤勉さを発揮していたエリオットを冷やかしに来たバッシュは、恋人が着ているおニューの服を見逃したりしなかった。
書斎にはベイカーとイェオリしかいないのに、エリオットの前に進み出ると礼儀正しく会釈する。
「よく分かったな」
「些細なことに気付くのも、長続きの秘訣といいますね」
いや、職業病だろそれ。
「サイラスさまからです」
バッシュが差し出したメモを受け取って開くと、兄からの伝言。
先ほどの会議に関することかと予想したが、ミシェルが午後のお茶にエリオットを誘いたがっているからまだ帰るなという、ごく平和なものだった。
メッセージアプリでも、それこそ侍従同士の伝言でも済む。わざわざメモを届けさせるまでもないことでバッシュを寄越すのは、気遣いなのか職場恋愛をからかわれているのか。
「……了解って返事しといて」
「承知いたしました」
隙なくうなずいたバッシュは、しかしすぐには下がらず、人差し指をくいくいっと動かした。
「チップか?」
ねーぞそんなもん。
「せっかくですから、ちょっと回って見せてください」
「あぁ、なにジャケット?」
話しのつかみじゃなく、本当に気になってたのか。
エリオットはワークチェアから腰を上げてバッシュの前に立つと、お望みどおりに一周くるりと回ってやる。ちゃんとサイドが見えるように、腕もちょっと上げてやるサービス付きだ。
ドレスではないから裾は広がらないけれど、バッシュは興味深そうに自分でも体を傾けつつそれを観察した。
「もしかして、女性向けのブランドから出ているものですか?」
「マジで目ざといなあんた。そんなことも分かんの?」
「襟の形とウエストの絞りに特徴がありますので。こういった紳士向けがあるとは存じ上げませんでしたが」
「これ、そのブランドにいるブランシェールの知り合いが作ったやつだって」
お気に召したらご贔屓に、といわれたから、少しサイズを調整してからエリオットのクローゼットに仲間入りした。
「お気に入りのご様子で」
「そりゃブランシェールの見立てだから、みんな似合うっていうしな」
「……」
エリオットが「ほら、裏地はシルクで植物のプリントなんだ」と前を開いて見せると、バッシュはなんともいいがたい顔になり、やり取りを静観していたイェオリがわざとらしい咳払いをした。
いま笑ったのごまかさなかった?
「イェオリ」
「失礼しました」
バッシュから横目で睨まれたイェオリは、ちっとも悪いと思っていないように謝り、同僚へ笑いかける。
「ご自分でおっしゃったほうが、傷は浅いと思いますよ」
「どちらにしろ公開処刑だろう」
なんのことかと見上げると、バッシュは乱れのない髪を撫でつけるように手をやった。彼にとってはありがたくない忠告らしい。
「ふたりで通じ合っちゃって、楽しそうだな」
エリオットが唇を尖らせると、なぜか大きなため息をつかれた。
「お二方」
人差し指を天井へ向け、くるりと回した。エリオットたちから少し離れて控えていたふたりが、従順に回れ右をする。
なにそれおれもやってみたい。
エリオットが思わず自分の人差し指を見つめていると、バッシュが一歩前に出た。なんというか、ものすごく物騒な笑顔で。
「仕事とはいえ、よその男が選んだ服に胸を張られるというのは」
「はあ……」
「恋人と元衣装係、両方のプライドに刺さって、いささか傷心です」
「絶対ウソだ! 傷心なんて可愛い感情、あんたみたいな胸筋ゴリラが持ち合わせてるはずない」
今度こそイェオリが噴き出した。
「エリオットさま、ゴリラは意外と繊細だそうですよ」
背を向けたまま注釈をつける部下に、「こういうときは黙っているものです」とベイカーがまた余計な指導をする。
そんな暇があったら、恋人相手に圧をかけてくる男をなんとかしてほしいんだけど。
「まあ傷心はウソですが」
「ウソじゃねーか!」
バッシュはベイカーたちを操った人差し指の先で、がなるエリオットの額を弾いた。
「だっ!」
「おもしろくないのは事実ですので」
「不意打ち卑怯!」
素早く逃亡を図ったバッシュは、エリオットの蹴りを余裕でかわし、「では。お茶の時間にまた」なんてふざけた言葉を残して姿を消した。
「ほら! 絶対傷付いてないぞあれ!」
「傷付いてはおりませんが、嫉妬は本当でしょう」
「きっと数日のうちに、エリオットさまにお似合いになる服を手に入れてきますよ」
戸口を指さすエリオットに、ようやくこちらを向いたイェオリとベイカーが頷き合った。
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