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番外編 重ねる日々

ルール違反

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「お願いがあるんです」

 いつも快活なクレイブが、事務所に戻るなり神妙な顔でそういい出したので、ロダスは首を傾けた。

「なんです?」

 応じると、彼は郵便物の束をロダスの机に置く。毎朝、配達されるものを通用口から受け取って来るのが執事見習いの仕事のひとつだった。その郵便物を確認して仕分けるのはロダスの役目だ。

 侍従で処理するものもあれば、エリオットに目を通してもらうものもある。

「これも受け付けてください」

 紙の束の上に、クレイブは右手に持っていた封筒を一通のせた。星のイラストが印刷されたポップな封筒で、表には拙くエリオットの名前が書いてある。切手と消印はない。

「どこでこれを?」
「通用口の前で、近所に住んでるって男の子から。衛兵が受け取りを拒否していたので」
「消印のないものは受け付けない決まりですからね」

 広報は、ロイヤルファミリーへ手紙を書く場合、すべて郵便局の所管するポストへ投函するようにルールを定めていた。送られてくる手紙の内容は、俳優に送るファンレターのようなものから、お悩み相談みたいなものまであり、日々かなりの数になる。直接持ってこられると郵便受けがパンクするし、衛兵では対処ができないからだ。

 そのルールに従えば、いくら子どもといえども投函方法を教えて手紙を返すのが正解だろう。

「誕生日会の招待状です。自分で字が書けるようになって、初めて書いた手紙だといっていました」
「あとは切手を貼って、ポストへ入れるだけでしょう」
「あすが誕生日会だそうです。きょうポストへ入れていたら間に合いません」
「そういうことですか」

 ロダスは王冠の形をしたシールをはがしてフラップを開き、封筒と同じイラスト入りの便せんを取り出した。

 一文字ずつ色を変えたサインペンで、「ぼくの六歳のバースデーパーティーに来てください」と、ところどころ怪しい形のアルファベット混じりに綴られている。

 ロダスは視線を転じ、そばに立つクレイヴを見た。

 国民が結婚式や学校の卒業式への招待状を送ってくることは、実際よくある。大半がジョークだし、ロイヤルファミリーが出席することはありえない。それを承知したうえで、彼は「間に合うように」受け取ってきたのだ。

 やれやれ、とロダスは肩をすくめる。

「わたくしから殿下へ申し上げます」

 ぱっとクレイヴの表情が晴れた。

「お願いします!」


 ◇


 ロダスがエリオットの書斎から戻ってくるのを、クレイヴは事務所の前で待っていた。

「どうでした? 殿下、『余計な仕事させやがって』って怒ってないですか?」
「お怒りではありませんし、男の子宛のカードにご署名をいただきました」

 バースデー専用のカードみたいにケーキのイラストは入っておらず、開いたときに音もならない。ロダスが先ほど「ハッピーバースデー」と印字した──フォントはかわいいものを選んだ──だけのシンプルなメッセージカードだが、エリオット直筆のサイン入りだ。誕生日プレゼントとしては、かなりのレアアイテムだろう。

 誕生日会の招待状を、エリオットはさほど驚きもせずに受け取ったし、こういうときの対応はよく心得ているだけに話も早かった。

 ただ、だれがルール外の封筒をねじ込んだのかは興味があったらしい。届ける判断をしたのは自分だと断ったうえで、発端はクレイヴだと伝えると、「そういうところが強みだよな」と楽しそうに笑っていた。

 カードをクレイヴに渡し、ロダスは自分の席に腰を下ろす。

「このカードを添えて、花とバルーンを男の子に届けるよう、殿下からのご指示がありました」
「わたしが直接ですか?」
「受け取ったのはあなたですから、最後まで責任を持つように」
「もちろんやりますけど……」

 すぐさまタブレットを起動して、子どもが喜びそうなバルーンを扱うパーティーグッズの業者を検索する執事見習いへ、ロダスはさらにいった。

「それから、おそらく両親やほかの招待客がSNSに投稿して話題になるでしょうから、取材がきたらその対応もあなたがするようにと」

 ぴたりとクレイヴの指が止まる。

「あの、殿下ほんとうに怒ってないんですよね?」
「えぇ、ちっとも。ただひとことだけ」
「……なんと?」
「『クレイヴは夢の国のキャストにも転職できるな』だそうです」
「それ解雇ってことじゃないですよね? ねぇ?」
「いえいえ、まさか。お褒めくださっているんですよ」
「本当ですね!?」



 翌日。エリオット王子からのバースデーカードとバルーン付きの花束を手に現れた燕尾服の執事は、おおいにバースデーパーティーを沸かせたとか。
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