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番外編 重ねる日々

毛布

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 主人が本当にカルバートンで暮らすようになってすぐ。朝食の給仕に立っていたフランツに、その主人──エリオットが尋ねた。

「フラットにあった荷物って、全部こっちにある?」
「はい、殿下。すべてカルバートンへ運んでございます」

 なにかご入用のものがございましたか?

 エリオットは「うーん」とどっちつかずな声を出した。もそもそとトーストをかじり、指についたパンのかけらを皿に落としてから、ようやく口を開く。

「毛布なんだけど」
「はい」
「黄色いやつ。あるかな」
「寝室がお寒いですか?」

 寝具は夏向きのものだが、朝晩に肌寒くなることもある。気が付かなかったのは失態だ。

「え? いや……うん、そう。ちょっと寒いから」

 顔を上げたエリオットが、慌てたようにうなずくので、フランツは表情を動かさないまま心内で首を傾げた。

 どうやら寒いわけではないらしい。

 しかし本人がごまかそうとしている理由を追求するのは不敬だろう。

「承知いたしました。すぐにご用意いたします」


 ◇


 朝食の片づけが終わると、すぐに事務所へ戻ってタブレットを立ち上げた。

 エリオットの私物管理は主にフランツの仕事だ。引っ越し荷物は事前に目録を作成し、カルバートンでの保管先まで決めてある。貴重品、衣類、書籍など分類ごとにまとめたリストをスクロールしていくと、寝具の中に「毛布:黄色 一枚」とあった。

 保管先はリネン室。

 事務所を出たフランツは、まずランドリーに向かった。リネン室のすぐ隣だが、ここはメイド長の管轄なので彼女に了承を取り付けておく必要がある。侍従はメイドやフットマンより多くの権限を持っているが、それぞれに領分があることは尊重しなければならないのだ。

「少しいいですか」
「あら珍しい。なにかあったの?」

 エリオットが朝食をとっているあいだに回収してきたシーツなどを洗濯機に押し込んでいたメイド長が、フランツを見て明るい声でいう。

 初老のふっくらとした体にエプロンをつけたヒルダはフランツの同期にあたり、エドゥアルド国王の亡き母に長く仕えていた経験を持つ。チームの解散とともに退職したものの、離宮へ異動となったベイカーの推薦で再び職を奉じることになった、カルバートンの守り手のひとりだ。

 メイド長という立場ながら洗濯や掃除、ベッドメイクまで行うので、メイドの数を増やしては? と提案したこともあるが、事務室で座っているのは性に合わないと笑い飛ばされた。

 ドラム式洗濯機の扉を閉めてスイッチを押したヒルダが、シニヨンに結ったブルネットを撫でつけながらフランツに向き直った。

「殿下が、フラットからお持ちになった毛布をお探しで」
「寝具はまとめてリネン室だったと思うけれど」
「えぇ。探しても構わないか確認を」
「そういうこと。相変わらず真面目なんだから」

 呆れたようにいい、ヒルダは「こっちよ」とフランツをリネン室に手招きした。

「けさは冷えたのかしら?」
「そういうわけではないご様子でしたが、はっきりとはおっしゃいませんでした」
「じゃあ、ホームシックかしらね。──あぁ、これだわ」

 天井まであるラックのあいだを進み、ヒルダはずらりと並んだポリプロピレンのケースのうちのひとつを指さす。

 フランツは彼女の頭の高さに収められたケースをラックから引き出し、洗濯した衣類やシーツをたたむための作業台にのせた。

「殿下がホームシックになっておいでだと?」
「だれだって、引っ越してすぐは心細いでしょう? 殿下はこだわりの強いお子さまだったと、王妃陛下からお聞きしているし」

 なるほど。寒かったのではなく、心細さがあったのかもしれない。

 ケースのふたをあけると、一番上に黄色い毛布がしまわれていた。クリーム色に近く、落ち着いた色味が目に優しい。取り出すと、やや薄手で軽く、柔らかい手触りだ。不安な夜に抱きしめたくなる気持ちがよく分かる。

 そっと毛布をなでて、ヒルダは微笑んだ。

「待っていてよかったわね、フランツ。一度そばを離れた方に、またお仕えできるのは幸せよ」
「えぇ」

 主人を見送った彼女の言葉に、自分がいかに幸運かを思う。

「本当に幸せなことです」

 天気がいいので半日ほど干してからお持ちするというヒルダに毛布を預け、フランツは収納ケースをラックへ戻した。
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