箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
312 / 334
番外編 重ねる日々

朝ごはん

しおりを挟む
 目覚ましのアラームをかけなくてもいい休日。好きなだけ布団と仲良くしていても後ろ指さされることはないはずなのに、エリオットは早朝からイェオリの呼びかけで起こされた。

「エリオットさま」
「う~」

 唸り声をあげたエリオットは、布団からはみ出した足を縮め、枕に額をこすりつける。首を回して薄く目を開けると、若侍従が戸口で会釈した。しわのないシャツとスーツに身を包み、きちんと髪を整えて朝から爽やかさが半端ない。

「……おはよ」
「おはようございます。ご報告なのですが」
「んー……」
「昨夜、旦那さまが遅くにおいでになりまして」
「んー……」

 往生際悪く、エリオットは目を閉じる。

 自分が寝たあとにバッシュがやって来るのは珍しいことじゃない。そういうとき彼はエリオットを起こさないから、翌日の朝食で挨拶するのが常だ。

「……あいつがなに?」

 芸術的な寝相で寝てるとか? ふん、それなら写真に撮っておく価値はあるかもしれない。

 しかしイェオリが持ってきたのは、それよりずっと興味をそそられる情報だった。

「本日は料理長がお休みをいただいておりますので、旦那さまが朝食をお作りになっていらっしゃいます」
「……」
「フレンチトーストだそうですよ」
「……おきる」
 
 
 
  ◇
 
 
 
 顔を洗ったエリオットは、パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを部屋着のTシャツとハーフパンツに着替え、かかとが潰れたルームシューズで寝室を出た。

 飼い主よりずっと早起きのルードは、すでに屋敷の見回りに出かけていたので、ひとりきりだ。

 自分の部屋から少し──というのが一般的な感覚に当てはまるかは甚だ疑問だが──離れている厨房に、普段エリオットは近付かなかった。

 スタッフと顔を合わせたくないとかではなく、無用な気遣いをさせる意味がないからだ。料理長の仕事はエリオットの相手をすることじゃないし、だれだって報酬以上の仕事はしたくないだろう。

 けれど、その料理長がいないなら話は別。スリッパのように薄い靴の底をぺたぺた鳴らしながら厨房まで行くと、既に甘い匂いが充満していた。

 カルバートンが建てられた当初、厨房は火災を想定して別棟に作られていたらしい。いまは普段使いの食堂に近い場所に移されて、設備も現代的になっている。コンロもオーブンもガス式で、シンクも作業台もステンレス製。ドラマに出てくるレストランの厨房と同じような内装だった。

 こちらに背を向けてフライパンを見張っているバッシュに、エリオットは声をかける。

「勝手に食材使って、料理長に怒られない?」
「冷蔵庫の鴨やエビに手を付けたら代わりにまな板へのせられるかもしれないが、バゲットと卵くらいなら平気だろう」

 バッシュはエリオットを振り返り、「おはよう」といった。

「おはよ。ミルクも?」
「あぁ、ミルクも」

 がっしりした腰に抱きついて、肩越しにフライパンでフツフツと音を立てて焼けるフレンチトーストを覗き込む。卵とミルクの優しい香りを吸い込むと、エリオットの腹がぐぅっと鳴った。

「でも、フルーツは危険かもな」

 トッピング用らしい大粒のブラックベリーをひとつ、笑いながらバッシュがエリオットの口に放り込んだ。

「これで共犯だ」

 薄い唇の下から現れた真っ白い歯は、寝起きに見るにはちょっと眩しすぎる。エリオットはブラックベリーのぷちぷちした実を奥歯で潰し、甘酸っぱさに頬をすぼめた。

 あのときは真っ赤ないちごだったけど、フラットで初めてパンケーキを焼いてくれたときを思い出す。その手腕を再び見られるとは。

 しかもゼロ距離で。

「フォークを出してくれ」
「どこにあんの?」
「食器が並んでるキャビネットがあるだろう。その右から二つ目の引き出し……そう、それだ」

 指示された引き出しを開ける。普段使いのカトラリーが、種類別に整頓され並んでいた。

 厨房のことまでよくご存じで。

 エリオットは曇りなく磨かれたフォークを二本取り出すと、肘で引き出しを戻した。

 作業台の端に座って、足をぶらぶらさせながら出来上がりを待つ。

 さほど待たずに、表面はふわふわ、卵液とミルクを吸ったなかはとろとろ、そして周りの茶色い部分はカリッと香ばしい完璧なフレンチトーストが皿に取り分けられた。

 バッシュが粉砂糖を振った上に、エリオットは艶やかなブラックベリーを転がす。

「ご協力どうも」
「共同作業だな」
「なんで得意げなんだ。九割おれの作業だろうが」
「なにごとも仕上げが一番難しいんだぞ」
「ハイハイ」

 余ったミルクをコップに注いで、朝ごはんの完成だ。

「いただきまーす」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...