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番外編 重ねる日々
Twitter小話 2本
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名刺
目の前に突き出された手に、バッシュはひとつ瞬きして首を傾げた。
「名刺?」
「持ってるだろ」
「一応は」
よこせ、と不機嫌そうに──単に気恥ずかしいだけだが──エリオットがいう。
「構わないが……」
バッシュはジャケットの内ポケットからカード入れを取り出し、なんの変哲もない名刺を一枚、手のひらにのせてやった。
侍従に支給されている名刺は、たて五センチ、横九センチほどのカードだ。
「アレクシア・バッシュ」
メモがしやすいよう、少し厚めに作られたカードの表に印字された名前を、エリオットが読み上げる。
「おれの名前だな」
「んなことは分かってるよ」
「それはよかった」
じろりと睨まれて、バッシュは肩をすくめながらカード入れをポケットにしまった。なにが面白いのか、エリオットはその間もしげしげと名刺に見入っている。
たしかに彼には縁のなさそうなものだが、ではどこから興味を持ったのか。
「ほんとに名前しか書いてないんだな」
「ビジネスでもパーティーでも使える」
「そうじゃなくて」
スッと滑らせれば肌を切りそうなカードの端を人差し指と親指で挟んで、ぺちぺちと手のひらを叩いた。張りのあるいい音がする。
「イェオリが日本にいるとき、留学エージェンシーからもらった名刺は名前だけじゃなくて、会社名とか住所とか、メールアドレスまで書いてあったんだって。侍従になって支給された名刺がシンプルで驚いたっていってた」
「あぁ、日本は名刺文化らしいな」
「名刺文化?」
「初対面の面談相手と、挨拶の一環として交換するらしい」
「あんたたちは違うの?」
「まずしないな」
バッシュをはじめとして、ほとんどの侍従や侍女は名刺を携行している。しかし連絡先まで書いて渡すのはまれだ。
「でもさ、会った相手がカードくれたら楽だよな」
「楽?」
「その場で名前を覚えなくてもいいじゃん。後から見返せるし」
「お前に紹介される相手なんて、有名人ばかりだろう」
「タレントとかスポーツ選手ならまだしも、議員や貴族の顔と名前なんて覚えてるわけないだろ」
「安心しろ。覚えてなくても忘れても、後ろから耳打ちしてやる」
「高性能だな」
貴重なバッシュの名刺で口元を隠して、エリオットが減らず口を叩く。
「にしても、コレ素っ気なさすぎだろ。国旗くらい印刷されててもいいんじゃねーの?」
「あぁ、それ炙り出し」
「マジで⁉」
ガバッと名刺を見るエリオットに、バッシュは笑った。
「嘘だ」
「ざっけんな!」
ぺちっと小さなカードが投げつけられる。
「こら、丁寧に扱え。イェオリの出身国では、名刺はそのひと自身っていうらしいぞ」
「山折りにして捨ててやる」
日にちのはなし
「子どものころさー」
間延びした声に、イェオリは顔を上げた。
書斎机に座ったエリオットが頬杖をつき、来月の予定を確認しあったばかりのカレンダーをタブレットで眺めている。
「一ヶ月の日数って、毎年変わると思ってたんだよ」
「……昨年の一月は三十日、ことしは三十一日、というように?」
「そう。月によって決まってるって知らなくて、毎年だれが何月を三十一日にするって決めてるのか不思議だった」
おもしろい視点だ。
イェオリは手元のタブレットを見る。一から三十一まで整然とボックスが並んでいる。
何月が何日あるかなんてことを意識している子どもは少ないだろうし、一年前の同じ月の日数なんて覚えていないだろう。
自分が法則に気付いたのはいつだっただろうか、と思いながら、イェオリは尋ねた。
「いつごろお気付きになったんです?」
エリオットはちらりとイェオリを見て、唇を少し尖らせた。
「……じいちゃん家で、花の観察記録をつけ始めてから」
具体的な年齢をいわないあたり、やや遅いという自覚はあるらしい。
「前年の記録にある日付が、その年の日数と全部一緒だったから、あれ? と思って調べて分かった」
「では、ご自分でお気付きになったんですね」
「うん」
こくりと頷くエリオットに、イェオリは「よかったですね」といいかけてやめた。
だれかに尋ねてバカにされたとか、恥ずかしい思いをしたとか、そういう話でなくてホッとしたが、それは余計にエリオットのプライドを傷付けそうだ。
「わたしは何月が三十日で、何月がそうでないのかが、なかなか覚えられませんでした」
「九月からが罠だよな」
「単純な奇数月と偶数月ではありませんしね」
「アウグストゥスがわがままいって変えたって話、最近じゃ否定されてるらしいな」
「えぇ。ローマ皇帝とはいえ、日にちを動かすことはできなかったようですね」
エリオットが破顔する。
「結局、どうやって覚えた?」
「日本語の語呂合わせですね。『にしむくさむらい』という有名なものがあるので」
「ニシムク……サムライ? サムライ?」
ずいっとエリオットが机に身を乗り出すので、イェオリは苦笑しつつ指を二本から順番に立てて見せた。
「西を向く侍という意味ですが、『にしむく』が日本語で同音の二、四、六、九を表しておりまして」
「サムライは?」
「十一を表します。武士は刀を二本差すので一と一、また侍を意味する士という漢字を上下に分けると十と一になる、など諸説ありますね」
「へぇ、便利だな」
にー、しー、むー、くー、と指折り数えていたエリオットは、ふとイェオリに目をやってニヤリとした。
「ところでイェオリ」
「はい」
「ことしの二月は何日まで?」
「二十……」
イェオリは半端に口を開けたままエリオットを見る。
ふたりは同時に吹き出した。
目の前に突き出された手に、バッシュはひとつ瞬きして首を傾げた。
「名刺?」
「持ってるだろ」
「一応は」
よこせ、と不機嫌そうに──単に気恥ずかしいだけだが──エリオットがいう。
「構わないが……」
バッシュはジャケットの内ポケットからカード入れを取り出し、なんの変哲もない名刺を一枚、手のひらにのせてやった。
侍従に支給されている名刺は、たて五センチ、横九センチほどのカードだ。
「アレクシア・バッシュ」
メモがしやすいよう、少し厚めに作られたカードの表に印字された名前を、エリオットが読み上げる。
「おれの名前だな」
「んなことは分かってるよ」
「それはよかった」
じろりと睨まれて、バッシュは肩をすくめながらカード入れをポケットにしまった。なにが面白いのか、エリオットはその間もしげしげと名刺に見入っている。
たしかに彼には縁のなさそうなものだが、ではどこから興味を持ったのか。
「ほんとに名前しか書いてないんだな」
「ビジネスでもパーティーでも使える」
「そうじゃなくて」
スッと滑らせれば肌を切りそうなカードの端を人差し指と親指で挟んで、ぺちぺちと手のひらを叩いた。張りのあるいい音がする。
「イェオリが日本にいるとき、留学エージェンシーからもらった名刺は名前だけじゃなくて、会社名とか住所とか、メールアドレスまで書いてあったんだって。侍従になって支給された名刺がシンプルで驚いたっていってた」
「あぁ、日本は名刺文化らしいな」
「名刺文化?」
「初対面の面談相手と、挨拶の一環として交換するらしい」
「あんたたちは違うの?」
「まずしないな」
バッシュをはじめとして、ほとんどの侍従や侍女は名刺を携行している。しかし連絡先まで書いて渡すのはまれだ。
「でもさ、会った相手がカードくれたら楽だよな」
「楽?」
「その場で名前を覚えなくてもいいじゃん。後から見返せるし」
「お前に紹介される相手なんて、有名人ばかりだろう」
「タレントとかスポーツ選手ならまだしも、議員や貴族の顔と名前なんて覚えてるわけないだろ」
「安心しろ。覚えてなくても忘れても、後ろから耳打ちしてやる」
「高性能だな」
貴重なバッシュの名刺で口元を隠して、エリオットが減らず口を叩く。
「にしても、コレ素っ気なさすぎだろ。国旗くらい印刷されててもいいんじゃねーの?」
「あぁ、それ炙り出し」
「マジで⁉」
ガバッと名刺を見るエリオットに、バッシュは笑った。
「嘘だ」
「ざっけんな!」
ぺちっと小さなカードが投げつけられる。
「こら、丁寧に扱え。イェオリの出身国では、名刺はそのひと自身っていうらしいぞ」
「山折りにして捨ててやる」
日にちのはなし
「子どものころさー」
間延びした声に、イェオリは顔を上げた。
書斎机に座ったエリオットが頬杖をつき、来月の予定を確認しあったばかりのカレンダーをタブレットで眺めている。
「一ヶ月の日数って、毎年変わると思ってたんだよ」
「……昨年の一月は三十日、ことしは三十一日、というように?」
「そう。月によって決まってるって知らなくて、毎年だれが何月を三十一日にするって決めてるのか不思議だった」
おもしろい視点だ。
イェオリは手元のタブレットを見る。一から三十一まで整然とボックスが並んでいる。
何月が何日あるかなんてことを意識している子どもは少ないだろうし、一年前の同じ月の日数なんて覚えていないだろう。
自分が法則に気付いたのはいつだっただろうか、と思いながら、イェオリは尋ねた。
「いつごろお気付きになったんです?」
エリオットはちらりとイェオリを見て、唇を少し尖らせた。
「……じいちゃん家で、花の観察記録をつけ始めてから」
具体的な年齢をいわないあたり、やや遅いという自覚はあるらしい。
「前年の記録にある日付が、その年の日数と全部一緒だったから、あれ? と思って調べて分かった」
「では、ご自分でお気付きになったんですね」
「うん」
こくりと頷くエリオットに、イェオリは「よかったですね」といいかけてやめた。
だれかに尋ねてバカにされたとか、恥ずかしい思いをしたとか、そういう話でなくてホッとしたが、それは余計にエリオットのプライドを傷付けそうだ。
「わたしは何月が三十日で、何月がそうでないのかが、なかなか覚えられませんでした」
「九月からが罠だよな」
「単純な奇数月と偶数月ではありませんしね」
「アウグストゥスがわがままいって変えたって話、最近じゃ否定されてるらしいな」
「えぇ。ローマ皇帝とはいえ、日にちを動かすことはできなかったようですね」
エリオットが破顔する。
「結局、どうやって覚えた?」
「日本語の語呂合わせですね。『にしむくさむらい』という有名なものがあるので」
「ニシムク……サムライ? サムライ?」
ずいっとエリオットが机に身を乗り出すので、イェオリは苦笑しつつ指を二本から順番に立てて見せた。
「西を向く侍という意味ですが、『にしむく』が日本語で同音の二、四、六、九を表しておりまして」
「サムライは?」
「十一を表します。武士は刀を二本差すので一と一、また侍を意味する士という漢字を上下に分けると十と一になる、など諸説ありますね」
「へぇ、便利だな」
にー、しー、むー、くー、と指折り数えていたエリオットは、ふとイェオリに目をやってニヤリとした。
「ところでイェオリ」
「はい」
「ことしの二月は何日まで?」
「二十……」
イェオリは半端に口を開けたままエリオットを見る。
ふたりは同時に吹き出した。
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