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番外編 重ねる日々
発展途上
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日課になりつつある、庭の散歩中だった。
「あのさ」
振り返ったエリオットが、透き通るような青緑色の瞳でバッシュを見上げる。
「なんだ?」
見下ろしたエリオットの上唇が。いつもよりちょっと尖った。なにかいいたいことがあるけど思い切れない、というふうだ。急かさずに待っていると、Tシャツの袖から延びる腕が持ち上がり、丸い爪の先が一メートルほど先の地面を指示した。
「……おれの前歩け」
バッシュは右の眉を怪訝に動かす。
改めて確認するまでもなく、バッシュが立っているのはエリオットの二歩ほど後ろだ。勝手知ったる庭で迷子なわけでもあるまいに、前後を入れ替える理由はなんなのか。
動かないバッシュを見て、エリオットは靴底で地面の砂利をかいた。
「……視界に入らないところで動かれると、落ち着かねーんだよ」
「分かった」
なんでもないことのようにいいながら、バッシュは細心の注意を払ってエリオットから離れる。わずかでもその体に触れないように距離を取って小道を追い抜き、彼の前に出た。
「これでいいか?」
「うん」
バッシュの全身を視界に収めて、エリオットはうなずいた。ほっとしたように見えるのは、珍しくストレートに配慮を求められたからだろうか。
エリオットが安心するなら、自分が先に立って歩くくらいお安い御用だ。そもそも彼の後ろを歩いていたのは、ふたりが横に並べるほどの広さのない庭の小道を進むのに、侍従としてロイヤルファミリーの後方に従う仕事のくせがそのまま出ただけで、そこに儀礼以外のこだわりはない。
そこでふと、今度はバッシュがエリオットを振り返った。
「侍従たちにも、後ろを歩かないようにしてもらうか?」
「……しない」
エリオットは首を振る。
「ベイカーたちはそれが仕事だろ」
定められた儀礼を、自分の都合で変えることに抵抗があるのだろうか。
「サイラスさまとの区別で呼び方も変えたんだから、なんとかなると思うぞ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
また、なにか思うところがあるらしい。沈黙から要望を読み取るのがひとよりうまいという自負のあるバッシュだが、エリオット相手の場合は、わずかでも齟齬をなくすために言語化を促すことにしていた。
わがままなようでいて、その実さまざまな制約の中で生きてきたエリオットは、ときにバッシュの想像しえないところで我慢していたりする。それを「いわないから平気だろう」とか、「気付かなかった」で無視したくはない。
しかし今回は、その「我慢」の方向性が少し違っていた。
「頑張ればできることまで、ベイカーたちに甘やかされたくない」
「だが、無理をしてまで頑張る必要はないだろう」
エリオットは少しムッとしたように目を細める。
「じゃあ、あんたは仕事中に少しも無理したり頑張ったりしてねーのかよ」
「悪かった」
バッシュは素直に謝った。
自分はもっとやれる、という自分への期待は、虚勢も含めて常にバッシュを駆り立てる原動力だ。でなければ、華やかなだけじゃないこの仕事はやっていけない。
同じ向上心をエリオットが持っていないと、無意識に決めつけていた己の胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶってやりたい。
盲目にもほどがある。
「分かった。ベイカーたちにいうのは無しだ」
「ん」
苦しゅうない、と首肯したエリオットは、軽く蹴とばすしぐさをした。
「早くいけ。後ろが詰まってるぞ」
「はいはい」
仕事中は頑張るといった、いまは仕事中じゃないので頑張らないエリオットと、ふたりだけの行列で散歩を再開した。
やがて道が拓けると、後ろから聞こえる足音が数歩の距離を寄ってきた。するりと手の中に滑り込んだ指先を、そっと握り返す。
「あのさ」
振り返ったエリオットが、透き通るような青緑色の瞳でバッシュを見上げる。
「なんだ?」
見下ろしたエリオットの上唇が。いつもよりちょっと尖った。なにかいいたいことがあるけど思い切れない、というふうだ。急かさずに待っていると、Tシャツの袖から延びる腕が持ち上がり、丸い爪の先が一メートルほど先の地面を指示した。
「……おれの前歩け」
バッシュは右の眉を怪訝に動かす。
改めて確認するまでもなく、バッシュが立っているのはエリオットの二歩ほど後ろだ。勝手知ったる庭で迷子なわけでもあるまいに、前後を入れ替える理由はなんなのか。
動かないバッシュを見て、エリオットは靴底で地面の砂利をかいた。
「……視界に入らないところで動かれると、落ち着かねーんだよ」
「分かった」
なんでもないことのようにいいながら、バッシュは細心の注意を払ってエリオットから離れる。わずかでもその体に触れないように距離を取って小道を追い抜き、彼の前に出た。
「これでいいか?」
「うん」
バッシュの全身を視界に収めて、エリオットはうなずいた。ほっとしたように見えるのは、珍しくストレートに配慮を求められたからだろうか。
エリオットが安心するなら、自分が先に立って歩くくらいお安い御用だ。そもそも彼の後ろを歩いていたのは、ふたりが横に並べるほどの広さのない庭の小道を進むのに、侍従としてロイヤルファミリーの後方に従う仕事のくせがそのまま出ただけで、そこに儀礼以外のこだわりはない。
そこでふと、今度はバッシュがエリオットを振り返った。
「侍従たちにも、後ろを歩かないようにしてもらうか?」
「……しない」
エリオットは首を振る。
「ベイカーたちはそれが仕事だろ」
定められた儀礼を、自分の都合で変えることに抵抗があるのだろうか。
「サイラスさまとの区別で呼び方も変えたんだから、なんとかなると思うぞ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
また、なにか思うところがあるらしい。沈黙から要望を読み取るのがひとよりうまいという自負のあるバッシュだが、エリオット相手の場合は、わずかでも齟齬をなくすために言語化を促すことにしていた。
わがままなようでいて、その実さまざまな制約の中で生きてきたエリオットは、ときにバッシュの想像しえないところで我慢していたりする。それを「いわないから平気だろう」とか、「気付かなかった」で無視したくはない。
しかし今回は、その「我慢」の方向性が少し違っていた。
「頑張ればできることまで、ベイカーたちに甘やかされたくない」
「だが、無理をしてまで頑張る必要はないだろう」
エリオットは少しムッとしたように目を細める。
「じゃあ、あんたは仕事中に少しも無理したり頑張ったりしてねーのかよ」
「悪かった」
バッシュは素直に謝った。
自分はもっとやれる、という自分への期待は、虚勢も含めて常にバッシュを駆り立てる原動力だ。でなければ、華やかなだけじゃないこの仕事はやっていけない。
同じ向上心をエリオットが持っていないと、無意識に決めつけていた己の胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶってやりたい。
盲目にもほどがある。
「分かった。ベイカーたちにいうのは無しだ」
「ん」
苦しゅうない、と首肯したエリオットは、軽く蹴とばすしぐさをした。
「早くいけ。後ろが詰まってるぞ」
「はいはい」
仕事中は頑張るといった、いまは仕事中じゃないので頑張らないエリオットと、ふたりだけの行列で散歩を再開した。
やがて道が拓けると、後ろから聞こえる足音が数歩の距離を寄ってきた。するりと手の中に滑り込んだ指先を、そっと握り返す。
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