310 / 332
番外編 重ねる日々
発展途上
しおりを挟む
日課になりつつある、庭の散歩中だった。
「あのさ」
振り返ったエリオットが、透き通るような青緑色の瞳でバッシュを見上げる。
「なんだ?」
見下ろしたエリオットの上唇が。いつもよりちょっと尖った。なにかいいたいことがあるけど思い切れない、というふうだ。急かさずに待っていると、Tシャツの袖から延びる腕が持ち上がり、丸い爪の先が一メートルほど先の地面を指示した。
「……おれの前歩け」
バッシュは右の眉を怪訝に動かす。
改めて確認するまでもなく、バッシュが立っているのはエリオットの二歩ほど後ろだ。勝手知ったる庭で迷子なわけでもあるまいに、前後を入れ替える理由はなんなのか。
動かないバッシュを見て、エリオットは靴底で地面の砂利をかいた。
「……視界に入らないところで動かれると、落ち着かねーんだよ」
「分かった」
なんでもないことのようにいいながら、バッシュは細心の注意を払ってエリオットから離れる。わずかでもその体に触れないように距離を取って小道を追い抜き、彼の前に出た。
「これでいいか?」
「うん」
バッシュの全身を視界に収めて、エリオットはうなずいた。ほっとしたように見えるのは、珍しくストレートに配慮を求められたからだろうか。
エリオットが安心するなら、自分が先に立って歩くくらいお安い御用だ。そもそも彼の後ろを歩いていたのは、ふたりが横に並べるほどの広さのない庭の小道を進むのに、侍従としてロイヤルファミリーの後方に従う仕事のくせがそのまま出ただけで、そこに儀礼以外のこだわりはない。
そこでふと、今度はバッシュがエリオットを振り返った。
「侍従たちにも、後ろを歩かないようにしてもらうか?」
「……しない」
エリオットは首を振る。
「ベイカーたちはそれが仕事だろ」
定められた儀礼を、自分の都合で変えることに抵抗があるのだろうか。
「サイラスさまとの区別で呼び方も変えたんだから、なんとかなると思うぞ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
また、なにか思うところがあるらしい。沈黙から要望を読み取るのがひとよりうまいという自負のあるバッシュだが、エリオット相手の場合は、わずかでも齟齬をなくすために言語化を促すことにしていた。
わがままなようでいて、その実さまざまな制約の中で生きてきたエリオットは、ときにバッシュの想像しえないところで我慢していたりする。それを「いわないから平気だろう」とか、「気付かなかった」で無視したくはない。
しかし今回は、その「我慢」の方向性が少し違っていた。
「頑張ればできることまで、ベイカーたちに甘やかされたくない」
「だが、無理をしてまで頑張る必要はないだろう」
エリオットは少しムッとしたように目を細める。
「じゃあ、あんたは仕事中に少しも無理したり頑張ったりしてねーのかよ」
「悪かった」
バッシュは素直に謝った。
自分はもっとやれる、という自分への期待は、虚勢も含めて常にバッシュを駆り立てる原動力だ。でなければ、華やかなだけじゃないこの仕事はやっていけない。
同じ向上心をエリオットが持っていないと、無意識に決めつけていた己の胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶってやりたい。
盲目にもほどがある。
「分かった。ベイカーたちにいうのは無しだ」
「ん」
苦しゅうない、と首肯したエリオットは、軽く蹴とばすしぐさをした。
「早くいけ。後ろが詰まってるぞ」
「はいはい」
仕事中は頑張るといった、いまは仕事中じゃないので頑張らないエリオットと、ふたりだけの行列で散歩を再開した。
やがて道が拓けると、後ろから聞こえる足音が数歩の距離を寄ってきた。するりと手の中に滑り込んだ指先を、そっと握り返す。
「あのさ」
振り返ったエリオットが、透き通るような青緑色の瞳でバッシュを見上げる。
「なんだ?」
見下ろしたエリオットの上唇が。いつもよりちょっと尖った。なにかいいたいことがあるけど思い切れない、というふうだ。急かさずに待っていると、Tシャツの袖から延びる腕が持ち上がり、丸い爪の先が一メートルほど先の地面を指示した。
「……おれの前歩け」
バッシュは右の眉を怪訝に動かす。
改めて確認するまでもなく、バッシュが立っているのはエリオットの二歩ほど後ろだ。勝手知ったる庭で迷子なわけでもあるまいに、前後を入れ替える理由はなんなのか。
動かないバッシュを見て、エリオットは靴底で地面の砂利をかいた。
「……視界に入らないところで動かれると、落ち着かねーんだよ」
「分かった」
なんでもないことのようにいいながら、バッシュは細心の注意を払ってエリオットから離れる。わずかでもその体に触れないように距離を取って小道を追い抜き、彼の前に出た。
「これでいいか?」
「うん」
バッシュの全身を視界に収めて、エリオットはうなずいた。ほっとしたように見えるのは、珍しくストレートに配慮を求められたからだろうか。
エリオットが安心するなら、自分が先に立って歩くくらいお安い御用だ。そもそも彼の後ろを歩いていたのは、ふたりが横に並べるほどの広さのない庭の小道を進むのに、侍従としてロイヤルファミリーの後方に従う仕事のくせがそのまま出ただけで、そこに儀礼以外のこだわりはない。
そこでふと、今度はバッシュがエリオットを振り返った。
「侍従たちにも、後ろを歩かないようにしてもらうか?」
「……しない」
エリオットは首を振る。
「ベイカーたちはそれが仕事だろ」
定められた儀礼を、自分の都合で変えることに抵抗があるのだろうか。
「サイラスさまとの区別で呼び方も変えたんだから、なんとかなると思うぞ」
「そうだけど……そうじゃなくて」
また、なにか思うところがあるらしい。沈黙から要望を読み取るのがひとよりうまいという自負のあるバッシュだが、エリオット相手の場合は、わずかでも齟齬をなくすために言語化を促すことにしていた。
わがままなようでいて、その実さまざまな制約の中で生きてきたエリオットは、ときにバッシュの想像しえないところで我慢していたりする。それを「いわないから平気だろう」とか、「気付かなかった」で無視したくはない。
しかし今回は、その「我慢」の方向性が少し違っていた。
「頑張ればできることまで、ベイカーたちに甘やかされたくない」
「だが、無理をしてまで頑張る必要はないだろう」
エリオットは少しムッとしたように目を細める。
「じゃあ、あんたは仕事中に少しも無理したり頑張ったりしてねーのかよ」
「悪かった」
バッシュは素直に謝った。
自分はもっとやれる、という自分への期待は、虚勢も含めて常にバッシュを駆り立てる原動力だ。でなければ、華やかなだけじゃないこの仕事はやっていけない。
同じ向上心をエリオットが持っていないと、無意識に決めつけていた己の胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶってやりたい。
盲目にもほどがある。
「分かった。ベイカーたちにいうのは無しだ」
「ん」
苦しゅうない、と首肯したエリオットは、軽く蹴とばすしぐさをした。
「早くいけ。後ろが詰まってるぞ」
「はいはい」
仕事中は頑張るといった、いまは仕事中じゃないので頑張らないエリオットと、ふたりだけの行列で散歩を再開した。
やがて道が拓けると、後ろから聞こえる足音が数歩の距離を寄ってきた。するりと手の中に滑り込んだ指先を、そっと握り返す。
30
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる