277 / 334
訳あり王子と秘密の恋人 最終章
最終話.真ん中と全部にきみが
しおりを挟む
データをエリオットのスマートフォンに転送したバッシュは、薄手のセーターを無造作に肘まで引き上げた。苗の箱にスマートフォンを投げ入れ、代わりにスズランエリカを一株、掴み出す。
「レッスンの彼女はどうだった?」
「んー、演奏会と一緒かな」
硬くてひんやりした石畳に座ったエリオットはそういって、バッシュがポットから外した苗を鉢の中に置いた。スコップでブルーシートの土をすくい、軽くほぐした根の周りを埋める。
「キャロルが弾いてるピアノは、練習だからって手を抜かないし、演奏会だからって気負ったりしない。どっちも百パーセントのキャロルだなって思った」
だから、彼女は舞台にあがっても緊張しない。そこにはただ、自信に裏打ちされた自分がいるだけなのだ。
「哲学的だな」
「なにがキャロルの真ん中にあるかって話だろ」
「お前の真ん中に、これがあるようにか?」
バッシュが曲げた人差し指の関節で鉢の淵を叩く。
そうかもしれない。
エリオットの真ん中には、窓際に小さな鉢を並べていたころから育ててきた、植物への愛情がある。でもそれをずっとさかのぼれば、小さなアニーに渡すための花を摘んだことから始まっている気がする。
思いついたまま、エリオットは口に出した。
「おれの真ん中には庭造りがあるし、その種になったのはあの頃のアニーだからな」
十年以上たっても変わらない、ヒスイカズラの瞳を見つめる。彼もまた、エリオットから目をそらさなかった。
「おれのど真ん中にいるのは、ずっとあんただ」
そりゃもう、がっつり根をはって抜けないくらいに。
バッシュが腕を伸ばし、肩を抱いてエリオットを引き寄せる。パーカーにグローブの土がついたけど、そんなささいなことは気にならなかった。
柔らかな唇が、こめかみと頬、鼻先に触れたあと耳元でささやく。
「それでお前は、おれを自信満々で愛してるわけか」
「百パーセントね」
エリオットもバッシュの腰に手を回し、精悍な頬骨にキスしてやった。
「あんたは?」
「残念ながら、真ん中ではないな」
ニヤニヤしていうから、エリオットはむっと唇を尖らせる。
「じゃあどこだよ」
このへんか? と引き締まった脇腹をくすぐれば、バッシュは「よせ、くすぐったい」とエリオットの手を掴んだ。滑り止めのついたグローブを抜き取り、長い指で握りこむ。
「そうだな。……おれの手は、お前にどうやって触れるかを知ってる」
それから、重ねた手を自分の膝に置いた。
「おれの足は、ここへの帰り方を知ってる」
次に胸。
「お前を思うと熱くなったり、ときには落ち着いたりするし──」
口角の上がった唇の端、そして意志の強さを物語る鋭利な目じりへ。
「俺の口は何度だってお前の名前を呼んで、目はいつでもお前を見つけられる」
息を吸って、そのまま何をいえばいいか分からなくなった。
どうしていつも彼は、エリオットが望むものを知っていて、いとも簡単にそれ以上を与えてくれるんだろう。
じわじわと胸に満ちてくる思いの注ぎ先も見つけられないまま、触れた親指でバッシュの眉の端をなぞった。
「……全部じゃねーか」
ようやく呟くと、「その通り」というようにウィンクが返ってくる。
気障ったらしいな。
でも、エリオットだって自分の全部でこの気障ったらしい男を愛してるのだ。
顔を傾けて、エリオットの名前を呼ぶための場所にそっと唇を重ねた。
甘くてあたたかい、ユーカリの匂いがするキス。触れ合うたびに、自分の中に相手のかけらが積み重なっていくような、小さな幸せをたっぷり味わう。
いちゃつきながら笑っていると、高い枝から落ちてくる広葉樹の葉を追っていたルードが、仲間外れにされてはたまらないとばかりに走り寄ってきた。きゅーきゅーいいながら、しっとりと濡れた鼻先をエリオットの頬に押し付ける。
「はいはい、お前も愛してるよ」
背中をぽんぽん叩いて、真っ白な毛並みにくっついた落ち葉を払った。
あとでシャンプーだな。
花が咲き揃うのはもう少し先のお楽しみだが、ふたりで作った四つの鉢はどれも満足のいく出来栄えで、カルバートンでの記念すべきガーデニング第一号として、完成した寄せ植えをバッシュが写真に収めた。
小さいながらもこんもりと茂るカルーナのつぶつぶした小さな赤と、同じくヒースとひと括りにされることも多い白のスズランエリカを背景に、メインはバラ咲きの華やかなプリムラにした。脇を飾るのは、おとなしめにクリスマスローズとスノーポール。植えるにはちょっと遅いけれど、春先に顔を出してくれることを期待してムスカリの小さな球根も忍ばせておいた。
ほかの花が終わりに近づいても、新しい芽が屋敷の入り口でバッシュを迎えてくれるように。
「公式SNS用に、広報へ送ってもいいか?」
「こんな趣味丸出しの写真でいいわけ?」
「お前がピースして写っていれば、間違いなく万単位でバズるぞ」
「花だけにしろ」
「了解」
余った土や道具を片付けていると、開けっぱなしの裏口からイェオリが現れた。彼は足早にふたりのそばまでやって来ると、まだ緑の葉が多い鉢植えを「お散歩の楽しみが増えましたね」と笑顔で褒めた。
「なんか用事だった?」
「はい。前公爵よりお電話がございました」
「じいちゃんから?」
「緊急ではございませんが、お時間があれば折り返していただきたいとのことです」
顔を見合わせると、バッシュはいつもの鷹揚なしぐさで肩をすくめた。
「行ってこい。鉢はあとで一緒に運べばいいだろう?」
「うん」
イェオリに「いま行くー」と返事をしたエリオットは、スコップを置いて立ち上がった。
箱庭の子ども~ワケあり王子と秘密の恋人~
fin
「レッスンの彼女はどうだった?」
「んー、演奏会と一緒かな」
硬くてひんやりした石畳に座ったエリオットはそういって、バッシュがポットから外した苗を鉢の中に置いた。スコップでブルーシートの土をすくい、軽くほぐした根の周りを埋める。
「キャロルが弾いてるピアノは、練習だからって手を抜かないし、演奏会だからって気負ったりしない。どっちも百パーセントのキャロルだなって思った」
だから、彼女は舞台にあがっても緊張しない。そこにはただ、自信に裏打ちされた自分がいるだけなのだ。
「哲学的だな」
「なにがキャロルの真ん中にあるかって話だろ」
「お前の真ん中に、これがあるようにか?」
バッシュが曲げた人差し指の関節で鉢の淵を叩く。
そうかもしれない。
エリオットの真ん中には、窓際に小さな鉢を並べていたころから育ててきた、植物への愛情がある。でもそれをずっとさかのぼれば、小さなアニーに渡すための花を摘んだことから始まっている気がする。
思いついたまま、エリオットは口に出した。
「おれの真ん中には庭造りがあるし、その種になったのはあの頃のアニーだからな」
十年以上たっても変わらない、ヒスイカズラの瞳を見つめる。彼もまた、エリオットから目をそらさなかった。
「おれのど真ん中にいるのは、ずっとあんただ」
そりゃもう、がっつり根をはって抜けないくらいに。
バッシュが腕を伸ばし、肩を抱いてエリオットを引き寄せる。パーカーにグローブの土がついたけど、そんなささいなことは気にならなかった。
柔らかな唇が、こめかみと頬、鼻先に触れたあと耳元でささやく。
「それでお前は、おれを自信満々で愛してるわけか」
「百パーセントね」
エリオットもバッシュの腰に手を回し、精悍な頬骨にキスしてやった。
「あんたは?」
「残念ながら、真ん中ではないな」
ニヤニヤしていうから、エリオットはむっと唇を尖らせる。
「じゃあどこだよ」
このへんか? と引き締まった脇腹をくすぐれば、バッシュは「よせ、くすぐったい」とエリオットの手を掴んだ。滑り止めのついたグローブを抜き取り、長い指で握りこむ。
「そうだな。……おれの手は、お前にどうやって触れるかを知ってる」
それから、重ねた手を自分の膝に置いた。
「おれの足は、ここへの帰り方を知ってる」
次に胸。
「お前を思うと熱くなったり、ときには落ち着いたりするし──」
口角の上がった唇の端、そして意志の強さを物語る鋭利な目じりへ。
「俺の口は何度だってお前の名前を呼んで、目はいつでもお前を見つけられる」
息を吸って、そのまま何をいえばいいか分からなくなった。
どうしていつも彼は、エリオットが望むものを知っていて、いとも簡単にそれ以上を与えてくれるんだろう。
じわじわと胸に満ちてくる思いの注ぎ先も見つけられないまま、触れた親指でバッシュの眉の端をなぞった。
「……全部じゃねーか」
ようやく呟くと、「その通り」というようにウィンクが返ってくる。
気障ったらしいな。
でも、エリオットだって自分の全部でこの気障ったらしい男を愛してるのだ。
顔を傾けて、エリオットの名前を呼ぶための場所にそっと唇を重ねた。
甘くてあたたかい、ユーカリの匂いがするキス。触れ合うたびに、自分の中に相手のかけらが積み重なっていくような、小さな幸せをたっぷり味わう。
いちゃつきながら笑っていると、高い枝から落ちてくる広葉樹の葉を追っていたルードが、仲間外れにされてはたまらないとばかりに走り寄ってきた。きゅーきゅーいいながら、しっとりと濡れた鼻先をエリオットの頬に押し付ける。
「はいはい、お前も愛してるよ」
背中をぽんぽん叩いて、真っ白な毛並みにくっついた落ち葉を払った。
あとでシャンプーだな。
花が咲き揃うのはもう少し先のお楽しみだが、ふたりで作った四つの鉢はどれも満足のいく出来栄えで、カルバートンでの記念すべきガーデニング第一号として、完成した寄せ植えをバッシュが写真に収めた。
小さいながらもこんもりと茂るカルーナのつぶつぶした小さな赤と、同じくヒースとひと括りにされることも多い白のスズランエリカを背景に、メインはバラ咲きの華やかなプリムラにした。脇を飾るのは、おとなしめにクリスマスローズとスノーポール。植えるにはちょっと遅いけれど、春先に顔を出してくれることを期待してムスカリの小さな球根も忍ばせておいた。
ほかの花が終わりに近づいても、新しい芽が屋敷の入り口でバッシュを迎えてくれるように。
「公式SNS用に、広報へ送ってもいいか?」
「こんな趣味丸出しの写真でいいわけ?」
「お前がピースして写っていれば、間違いなく万単位でバズるぞ」
「花だけにしろ」
「了解」
余った土や道具を片付けていると、開けっぱなしの裏口からイェオリが現れた。彼は足早にふたりのそばまでやって来ると、まだ緑の葉が多い鉢植えを「お散歩の楽しみが増えましたね」と笑顔で褒めた。
「なんか用事だった?」
「はい。前公爵よりお電話がございました」
「じいちゃんから?」
「緊急ではございませんが、お時間があれば折り返していただきたいとのことです」
顔を見合わせると、バッシュはいつもの鷹揚なしぐさで肩をすくめた。
「行ってこい。鉢はあとで一緒に運べばいいだろう?」
「うん」
イェオリに「いま行くー」と返事をしたエリオットは、スコップを置いて立ち上がった。
箱庭の子ども~ワケあり王子と秘密の恋人~
fin
39
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる