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訳あり王子と秘密の恋人 最終章
最終話.真ん中と全部にきみが
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データをエリオットのスマートフォンに転送したバッシュは、薄手のセーターを無造作に肘まで引き上げた。苗の箱にスマートフォンを投げ入れ、代わりにスズランエリカを一株、掴み出す。
「レッスンの彼女はどうだった?」
「んー、演奏会と一緒かな」
硬くてひんやりした石畳に座ったエリオットはそういって、バッシュがポットから外した苗を鉢の中に置いた。スコップでブルーシートの土をすくい、軽くほぐした根の周りを埋める。
「キャロルが弾いてるピアノは、練習だからって手を抜かないし、演奏会だからって気負ったりしない。どっちも百パーセントのキャロルだなって思った」
だから、彼女は舞台にあがっても緊張しない。そこにはただ、自信に裏打ちされた自分がいるだけなのだ。
「哲学的だな」
「なにがキャロルの真ん中にあるかって話だろ」
「お前の真ん中に、これがあるようにか?」
バッシュが曲げた人差し指の関節で鉢の淵を叩く。
そうかもしれない。
エリオットの真ん中には、窓際に小さな鉢を並べていたころから育ててきた、植物への愛情がある。でもそれをずっとさかのぼれば、小さなアニーに渡すための花を摘んだことから始まっている気がする。
思いついたまま、エリオットは口に出した。
「おれの真ん中には庭造りがあるし、その種になったのはあの頃のアニーだからな」
十年以上たっても変わらない、ヒスイカズラの瞳を見つめる。彼もまた、エリオットから目をそらさなかった。
「おれのど真ん中にいるのは、ずっとあんただ」
そりゃもう、がっつり根をはって抜けないくらいに。
バッシュが腕を伸ばし、肩を抱いてエリオットを引き寄せる。パーカーにグローブの土がついたけど、そんなささいなことは気にならなかった。
柔らかな唇が、こめかみと頬、鼻先に触れたあと耳元でささやく。
「それでお前は、おれを自信満々で愛してるわけか」
「百パーセントね」
エリオットもバッシュの腰に手を回し、精悍な頬骨にキスしてやった。
「あんたは?」
「残念ながら、真ん中ではないな」
ニヤニヤしていうから、エリオットはむっと唇を尖らせる。
「じゃあどこだよ」
このへんか? と引き締まった脇腹をくすぐれば、バッシュは「よせ、くすぐったい」とエリオットの手を掴んだ。滑り止めのついたグローブを抜き取り、長い指で握りこむ。
「そうだな。……おれの手は、お前にどうやって触れるかを知ってる」
それから、重ねた手を自分の膝に置いた。
「おれの足は、ここへの帰り方を知ってる」
次に胸。
「お前を思うと熱くなったり、ときには落ち着いたりするし──」
口角の上がった唇の端、そして意志の強さを物語る鋭利な目じりへ。
「俺の口は何度だってお前の名前を呼んで、目はいつでもお前を見つけられる」
息を吸って、そのまま何をいえばいいか分からなくなった。
どうしていつも彼は、エリオットが望むものを知っていて、いとも簡単にそれ以上を与えてくれるんだろう。
じわじわと胸に満ちてくる思いの注ぎ先も見つけられないまま、触れた親指でバッシュの眉の端をなぞった。
「……全部じゃねーか」
ようやく呟くと、「その通り」というようにウィンクが返ってくる。
気障ったらしいな。
でも、エリオットだって自分の全部でこの気障ったらしい男を愛してるのだ。
顔を傾けて、エリオットの名前を呼ぶための場所にそっと唇を重ねた。
甘くてあたたかい、ユーカリの匂いがするキス。触れ合うたびに、自分の中に相手のかけらが積み重なっていくような、小さな幸せをたっぷり味わう。
いちゃつきながら笑っていると、高い枝から落ちてくる広葉樹の葉を追っていたルードが、仲間外れにされてはたまらないとばかりに走り寄ってきた。きゅーきゅーいいながら、しっとりと濡れた鼻先をエリオットの頬に押し付ける。
「はいはい、お前も愛してるよ」
背中をぽんぽん叩いて、真っ白な毛並みにくっついた落ち葉を払った。
あとでシャンプーだな。
花が咲き揃うのはもう少し先のお楽しみだが、ふたりで作った四つの鉢はどれも満足のいく出来栄えで、カルバートンでの記念すべきガーデニング第一号として、完成した寄せ植えをバッシュが写真に収めた。
小さいながらもこんもりと茂るカルーナのつぶつぶした小さな赤と、同じくヒースとひと括りにされることも多い白のスズランエリカを背景に、メインはバラ咲きの華やかなプリムラにした。脇を飾るのは、おとなしめにクリスマスローズとスノーポール。植えるにはちょっと遅いけれど、春先に顔を出してくれることを期待してムスカリの小さな球根も忍ばせておいた。
ほかの花が終わりに近づいても、新しい芽が屋敷の入り口でバッシュを迎えてくれるように。
「公式SNS用に、広報へ送ってもいいか?」
「こんな趣味丸出しの写真でいいわけ?」
「お前がピースして写っていれば、間違いなく万単位でバズるぞ」
「花だけにしろ」
「了解」
余った土や道具を片付けていると、開けっぱなしの裏口からイェオリが現れた。彼は足早にふたりのそばまでやって来ると、まだ緑の葉が多い鉢植えを「お散歩の楽しみが増えましたね」と笑顔で褒めた。
「なんか用事だった?」
「はい。前公爵よりお電話がございました」
「じいちゃんから?」
「緊急ではございませんが、お時間があれば折り返していただきたいとのことです」
顔を見合わせると、バッシュはいつもの鷹揚なしぐさで肩をすくめた。
「行ってこい。鉢はあとで一緒に運べばいいだろう?」
「うん」
イェオリに「いま行くー」と返事をしたエリオットは、スコップを置いて立ち上がった。
箱庭の子ども~ワケあり王子と秘密の恋人~
fin
「レッスンの彼女はどうだった?」
「んー、演奏会と一緒かな」
硬くてひんやりした石畳に座ったエリオットはそういって、バッシュがポットから外した苗を鉢の中に置いた。スコップでブルーシートの土をすくい、軽くほぐした根の周りを埋める。
「キャロルが弾いてるピアノは、練習だからって手を抜かないし、演奏会だからって気負ったりしない。どっちも百パーセントのキャロルだなって思った」
だから、彼女は舞台にあがっても緊張しない。そこにはただ、自信に裏打ちされた自分がいるだけなのだ。
「哲学的だな」
「なにがキャロルの真ん中にあるかって話だろ」
「お前の真ん中に、これがあるようにか?」
バッシュが曲げた人差し指の関節で鉢の淵を叩く。
そうかもしれない。
エリオットの真ん中には、窓際に小さな鉢を並べていたころから育ててきた、植物への愛情がある。でもそれをずっとさかのぼれば、小さなアニーに渡すための花を摘んだことから始まっている気がする。
思いついたまま、エリオットは口に出した。
「おれの真ん中には庭造りがあるし、その種になったのはあの頃のアニーだからな」
十年以上たっても変わらない、ヒスイカズラの瞳を見つめる。彼もまた、エリオットから目をそらさなかった。
「おれのど真ん中にいるのは、ずっとあんただ」
そりゃもう、がっつり根をはって抜けないくらいに。
バッシュが腕を伸ばし、肩を抱いてエリオットを引き寄せる。パーカーにグローブの土がついたけど、そんなささいなことは気にならなかった。
柔らかな唇が、こめかみと頬、鼻先に触れたあと耳元でささやく。
「それでお前は、おれを自信満々で愛してるわけか」
「百パーセントね」
エリオットもバッシュの腰に手を回し、精悍な頬骨にキスしてやった。
「あんたは?」
「残念ながら、真ん中ではないな」
ニヤニヤしていうから、エリオットはむっと唇を尖らせる。
「じゃあどこだよ」
このへんか? と引き締まった脇腹をくすぐれば、バッシュは「よせ、くすぐったい」とエリオットの手を掴んだ。滑り止めのついたグローブを抜き取り、長い指で握りこむ。
「そうだな。……おれの手は、お前にどうやって触れるかを知ってる」
それから、重ねた手を自分の膝に置いた。
「おれの足は、ここへの帰り方を知ってる」
次に胸。
「お前を思うと熱くなったり、ときには落ち着いたりするし──」
口角の上がった唇の端、そして意志の強さを物語る鋭利な目じりへ。
「俺の口は何度だってお前の名前を呼んで、目はいつでもお前を見つけられる」
息を吸って、そのまま何をいえばいいか分からなくなった。
どうしていつも彼は、エリオットが望むものを知っていて、いとも簡単にそれ以上を与えてくれるんだろう。
じわじわと胸に満ちてくる思いの注ぎ先も見つけられないまま、触れた親指でバッシュの眉の端をなぞった。
「……全部じゃねーか」
ようやく呟くと、「その通り」というようにウィンクが返ってくる。
気障ったらしいな。
でも、エリオットだって自分の全部でこの気障ったらしい男を愛してるのだ。
顔を傾けて、エリオットの名前を呼ぶための場所にそっと唇を重ねた。
甘くてあたたかい、ユーカリの匂いがするキス。触れ合うたびに、自分の中に相手のかけらが積み重なっていくような、小さな幸せをたっぷり味わう。
いちゃつきながら笑っていると、高い枝から落ちてくる広葉樹の葉を追っていたルードが、仲間外れにされてはたまらないとばかりに走り寄ってきた。きゅーきゅーいいながら、しっとりと濡れた鼻先をエリオットの頬に押し付ける。
「はいはい、お前も愛してるよ」
背中をぽんぽん叩いて、真っ白な毛並みにくっついた落ち葉を払った。
あとでシャンプーだな。
花が咲き揃うのはもう少し先のお楽しみだが、ふたりで作った四つの鉢はどれも満足のいく出来栄えで、カルバートンでの記念すべきガーデニング第一号として、完成した寄せ植えをバッシュが写真に収めた。
小さいながらもこんもりと茂るカルーナのつぶつぶした小さな赤と、同じくヒースとひと括りにされることも多い白のスズランエリカを背景に、メインはバラ咲きの華やかなプリムラにした。脇を飾るのは、おとなしめにクリスマスローズとスノーポール。植えるにはちょっと遅いけれど、春先に顔を出してくれることを期待してムスカリの小さな球根も忍ばせておいた。
ほかの花が終わりに近づいても、新しい芽が屋敷の入り口でバッシュを迎えてくれるように。
「公式SNS用に、広報へ送ってもいいか?」
「こんな趣味丸出しの写真でいいわけ?」
「お前がピースして写っていれば、間違いなく万単位でバズるぞ」
「花だけにしろ」
「了解」
余った土や道具を片付けていると、開けっぱなしの裏口からイェオリが現れた。彼は足早にふたりのそばまでやって来ると、まだ緑の葉が多い鉢植えを「お散歩の楽しみが増えましたね」と笑顔で褒めた。
「なんか用事だった?」
「はい。前公爵よりお電話がございました」
「じいちゃんから?」
「緊急ではございませんが、お時間があれば折り返していただきたいとのことです」
顔を見合わせると、バッシュはいつもの鷹揚なしぐさで肩をすくめた。
「行ってこい。鉢はあとで一緒に運べばいいだろう?」
「うん」
イェオリに「いま行くー」と返事をしたエリオットは、スコップを置いて立ち上がった。
箱庭の子ども~ワケあり王子と秘密の恋人~
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