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番外編 重ねる日々
膝枕.E
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きょうバッシュがカルバートンへ現れたのは、午前十時を少し回ったころだった。
夜勤のあとに申し送りと残業を少し。離宮へ引っ越してのんびりしているエリオットとは違い、成婚の儀のあと処理に追われ、しばらく休憩もままならないほど忙しいらしい。
すきっ腹を抱えてやって来た彼は、サラダから始まり、シェフ謹製の夏野菜のラタトゥイユをソースにしたマスのフライと、コンソメスープを二杯。そしてバゲットを、一本食べきるんじゃないかという勢いで胃に収めた。
とっくに朝食はすませたはずのエリオットも、その食べっぷりに触発されてデザートに出されたクラフティを一切れもらったほどだ。
厨房にいる料理長と侍従たちは、偏食ではないが小食ぎみのエリオットがものを食べると喜ぶらしいが、バッシュと同じように食べていたら確実に太る。
食後にはシャワーを使って、彼専用のゲストルームで午後まで寝るのがいつものサイクルなので、きょうもそうだろうと思っていたら、バッシュは髪まで乾かして、エリオットがいる居間へやって来た。
「寝るんじゃねーの?」
「ちょっと目がさえたから、眠くなるまでここにいる」
「ふーん」
どっかり座り込んだバッシュの重みでクッションが沈み、長椅子の端に丸まっていたエリオットは少し傾いて、反動でまた元に戻る。映画でも見ようかと立ち上げていたタブレットをテーブルに置くと、両方のかかとを床に下ろした。
ぱんぱんと太ももを叩く。
「ん」
「ん?」
「膝枕してやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「そこそこ頑張ってるあんたを褒めてやる」
そこそこかよ、と笑ったバッシュは、それでも素直に仰向けになると、エリオットの膝に頭をのせた。当然、収まらない足が肘掛けからはみ出す。
はからずも、見上げてばかりいるヒスイカズラの瞳が、とても近くで覗き込めてしまい、気を抜くとその青に落ちて行きそうでドキドキした。
「……硬いな」
「間違いなくあんたのほうが硬いっつーの。つか、目閉じろ」
「なんで」
「いいから!」
こんな至近距離で見られたら恥ずかしいだろ。
「注文の多い枕だな」
指先で額を弾くと、文句をいいながらもバッシュは目を閉じた。
わお、膝の上でダビデが寝てる。
額の生え際から、細い金糸のような髪をそっとかき上げてみる。
根元に行くほど色味が濃くなり、少し湿ってカラメルみたいな色をしていた。反対に、ほぼ乾いている毛先はさらりとして、柔らかな波のようにうねっている。
「毛づくろいか?」
「前髪むしるぞ」
「ハゲても責任もって愛してくれよ」
「やだー」
でも、ちょっと欲しいくらいにはきれいだと思う。
とかいったら引かれるかな。
ハゲても困るしな。
スタッフの足音すら聞こえない静かな部屋で、犬でも撫でるように髪をすいていると、やがて膝にかかる重みが増した。
「結局寝落ちかよ」
薄く開いた唇と、脱力してゆるんだ顎。平和そうな寝顔は精悍さが少し剥がれ、不思議な子どもっぽさがあった。
さすがに十歳やそこらまでは遡れないが、あのころといまの彼は確かに地続きなんだと感じる。
食べられるときに食べて、眠れるときに眠る。単純だけど、こいつ見てると「生命力つよ~」って安心するんだよなぁ。
エリオットは腹から息を吐き出し、天井を見上げた。
「……これ足死ぬわ」
夜勤のあとに申し送りと残業を少し。離宮へ引っ越してのんびりしているエリオットとは違い、成婚の儀のあと処理に追われ、しばらく休憩もままならないほど忙しいらしい。
すきっ腹を抱えてやって来た彼は、サラダから始まり、シェフ謹製の夏野菜のラタトゥイユをソースにしたマスのフライと、コンソメスープを二杯。そしてバゲットを、一本食べきるんじゃないかという勢いで胃に収めた。
とっくに朝食はすませたはずのエリオットも、その食べっぷりに触発されてデザートに出されたクラフティを一切れもらったほどだ。
厨房にいる料理長と侍従たちは、偏食ではないが小食ぎみのエリオットがものを食べると喜ぶらしいが、バッシュと同じように食べていたら確実に太る。
食後にはシャワーを使って、彼専用のゲストルームで午後まで寝るのがいつものサイクルなので、きょうもそうだろうと思っていたら、バッシュは髪まで乾かして、エリオットがいる居間へやって来た。
「寝るんじゃねーの?」
「ちょっと目がさえたから、眠くなるまでここにいる」
「ふーん」
どっかり座り込んだバッシュの重みでクッションが沈み、長椅子の端に丸まっていたエリオットは少し傾いて、反動でまた元に戻る。映画でも見ようかと立ち上げていたタブレットをテーブルに置くと、両方のかかとを床に下ろした。
ぱんぱんと太ももを叩く。
「ん」
「ん?」
「膝枕してやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「そこそこ頑張ってるあんたを褒めてやる」
そこそこかよ、と笑ったバッシュは、それでも素直に仰向けになると、エリオットの膝に頭をのせた。当然、収まらない足が肘掛けからはみ出す。
はからずも、見上げてばかりいるヒスイカズラの瞳が、とても近くで覗き込めてしまい、気を抜くとその青に落ちて行きそうでドキドキした。
「……硬いな」
「間違いなくあんたのほうが硬いっつーの。つか、目閉じろ」
「なんで」
「いいから!」
こんな至近距離で見られたら恥ずかしいだろ。
「注文の多い枕だな」
指先で額を弾くと、文句をいいながらもバッシュは目を閉じた。
わお、膝の上でダビデが寝てる。
額の生え際から、細い金糸のような髪をそっとかき上げてみる。
根元に行くほど色味が濃くなり、少し湿ってカラメルみたいな色をしていた。反対に、ほぼ乾いている毛先はさらりとして、柔らかな波のようにうねっている。
「毛づくろいか?」
「前髪むしるぞ」
「ハゲても責任もって愛してくれよ」
「やだー」
でも、ちょっと欲しいくらいにはきれいだと思う。
とかいったら引かれるかな。
ハゲても困るしな。
スタッフの足音すら聞こえない静かな部屋で、犬でも撫でるように髪をすいていると、やがて膝にかかる重みが増した。
「結局寝落ちかよ」
薄く開いた唇と、脱力してゆるんだ顎。平和そうな寝顔は精悍さが少し剥がれ、不思議な子どもっぽさがあった。
さすがに十歳やそこらまでは遡れないが、あのころといまの彼は確かに地続きなんだと感じる。
食べられるときに食べて、眠れるときに眠る。単純だけど、こいつ見てると「生命力つよ~」って安心するんだよなぁ。
エリオットは腹から息を吐き出し、天井を見上げた。
「……これ足死ぬわ」
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