上 下
307 / 332
番外編 重ねる日々

膝枕.E

しおりを挟む
 きょうバッシュがカルバートンへ現れたのは、午前十時を少し回ったころだった。

 夜勤のあとに申し送りと残業を少し。離宮へ引っ越してのんびりしているエリオットとは違い、成婚の儀のあと処理に追われ、しばらく休憩もままならないほど忙しいらしい。

 すきっ腹を抱えてやって来た彼は、サラダから始まり、シェフ謹製の夏野菜のラタトゥイユをソースにしたマスのフライと、コンソメスープを二杯。そしてバゲットを、一本食べきるんじゃないかという勢いで胃に収めた。

 とっくに朝食はすませたはずのエリオットも、その食べっぷりに触発されてデザートに出されたクラフティを一切れもらったほどだ。

 厨房にいる料理長と侍従たちは、偏食ではないが小食ぎみのエリオットがものを食べると喜ぶらしいが、バッシュと同じように食べていたら確実に太る。

 食後にはシャワーを使って、彼専用のゲストルームで午後まで寝るのがいつものサイクルなので、きょうもそうだろうと思っていたら、バッシュは髪まで乾かして、エリオットがいる居間へやって来た。

「寝るんじゃねーの?」
「ちょっと目がさえたから、眠くなるまでここにいる」
「ふーん」

 どっかり座り込んだバッシュの重みでクッションが沈み、長椅子の端に丸まっていたエリオットは少し傾いて、反動でまた元に戻る。映画でも見ようかと立ち上げていたタブレットをテーブルに置くと、両方のかかとを床に下ろした。

 ぱんぱんと太ももを叩く。

「ん」
「ん?」
「膝枕してやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「そこそこ頑張ってるあんたを褒めてやる」

 そこそこかよ、と笑ったバッシュは、それでも素直に仰向けになると、エリオットの膝に頭をのせた。当然、収まらない足が肘掛けからはみ出す。

 はからずも、見上げてばかりいるヒスイカズラの瞳が、とても近くで覗き込めてしまい、気を抜くとその青に落ちて行きそうでドキドキした。

「……硬いな」
「間違いなくあんたのほうが硬いっつーの。つか、目閉じろ」
「なんで」
「いいから!」

 こんな至近距離で見られたら恥ずかしいだろ。

「注文の多い枕だな」

 指先で額を弾くと、文句をいいながらもバッシュは目を閉じた。

 わお、膝の上でダビデが寝てる。

 額の生え際から、細い金糸のような髪をそっとかき上げてみる。

 根元に行くほど色味が濃くなり、少し湿ってカラメルみたいな色をしていた。反対に、ほぼ乾いている毛先はさらりとして、柔らかな波のようにうねっている。

「毛づくろいか?」
「前髪むしるぞ」
「ハゲても責任もって愛してくれよ」
「やだー」

 でも、ちょっと欲しいくらいにはきれいだと思う。

 とかいったら引かれるかな。

 ハゲても困るしな。

 スタッフの足音すら聞こえない静かな部屋で、犬でも撫でるように髪をすいていると、やがて膝にかかる重みが増した。

「結局寝落ちかよ」

 薄く開いた唇と、脱力してゆるんだ顎。平和そうな寝顔は精悍さが少し剥がれ、不思議な子どもっぽさがあった。

 さすがに十歳やそこらまでは遡れないが、あのころといまの彼は確かに地続きなんだと感じる。

 食べられるときに食べて、眠れるときに眠る。単純だけど、こいつ見てると「生命力つよ~」って安心するんだよなぁ。

 エリオットは腹から息を吐き出し、天井を見上げた。

「……これ足死ぬわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

Candle

音和うみ
BL
虐待を受け人に頼って来れなかった子と、それに寄り添おうとする子のお話

学園奴隷《隼人》

かっさく
BL
笹田隼人(ささだ はやと)は、お金持ちが通う学園の性奴隷。黒髪に黒目の美少年が、学園の生徒や教師たち、それだけでなく隼人に目をつけた男たちがレイプしたりと、抵抗も出来ずに美少年が犯されるような内容です。 じみ〜にですが、ストーリーと季節は進んでいきます。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

女性恐怖症の高校生

こじらせた処女
BL
昔のとあるトラウマのせいで女性に触られることに恐怖を覚えてしまう男子高校生の話

俺と親父とお仕置きと

ぶんぶんごま
BL
親父×息子のアホエロコメディ 天然な父親と苦労性の息子(特殊な趣味あり) 悪いことをすると高校生になってまで親父に尻を叩かれお仕置きされる そして尻を叩かれお仕置きされてる俺は情けないことにそれで感じてしまうのだ… 親父に尻を叩かれて俺がドMだって知るなんて…そんなの知りたくなかった…!! 親父のバカーーーー!!!! 他サイトにも掲載しています

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...