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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第六章
5.ミセス・オールドリッチ
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「殿下、お話ししてもよろしいですか?」
エリオットは、のろのろと顔を上げる。
キャロルの隣に座り、ここまで静かに成り行きを見つめていた、ミセス・オールドリッチだった。小花がプリントされたワンピースの膝の上で、金の結婚指輪をした左手を右手に重ねている。
「……えぇ、もちろん」
「わたしは長年、庭作りをしてきました。自宅だけでなく、いろいろな屋敷のデザインもさせていただいて、幸いにもチェルシーで賞をいただいたこともあります。ですが最初は、あのガーデンフェアで寄せ植えを販売していたんです。会場の隅の、ちっちゃなテントで」
ふっくらとした頬にえくぼを作り、彼女はいう。
ロッキングチェアの周りに集まった孫たちへ昔話を聞かせるような、優しく落ち着きのある声は、動揺したエリオットの耳にもしっかりと入ってきた。
「初めてガーデンブースをもらえたときにはそれは嬉しくて、どんなコンセプトにしようか、どんな花を植えたらいいか、ぎりぎりまで悩んだものです。それが毎年、次はどうしたら見ているひとの参考になるか、こうすればもっと眺めていて楽しいかしらと考えて。フェアがあるおかげで、一年があっという間に過ぎます」
「……分かります」
初めて祖父から大きな花壇をもらえたとき、窓際で育てていた鉢植えの植物たちをどう並べれば美しさを引き立てられるか、互いの成長の邪魔をしないか、何日も悩んでなかなかスコップを手に取ることができなかった。それに完ぺきな花壇を維持していくための仕事はたくさんあって、退屈するひまなんて全然ない。
心から頷いたエリオットに、ミセス・オールドリッチは穏やかに問いかけた。
「では、わたしのその喜びは、場所が変わったら消えてなくなってしまうのでしょうか」
エリオットは少し考えて、そうではない、と思った。
「伝統とは、ひとの心にあるものです。永遠に咲き続ける花はありませんし、永遠に変わらない場所もありません。けれど作り続けようとする意志をひとが持ち続けるなら、どこでだれの手によって作られていても、それは同じものであるように思うのです」
どこで作るか、ではなく、なにを作るか。
屋上に庭を作ったのは、どうしてだったのか。王宮にある箱庭を思い出したかったからだ。プロの庭師が作るものとは比べ物にならない、街中のフラットの屋上にある小さな庭。同じではない偽物には、本当に意味はなかっただろうか。
「殿下」
丸まった背中に、そっと温かいものが触れた。温かくて、大きな手だ。振り返らなくても、エリオットはそれを間違えたりしない。ゆっくり背中をさする手に合わせて、呼吸をする。
いろいろなひとが、エリオットに道を示してくれる。そこへ一歩踏み出せるのは、いつだってこの手にふさわしくありたいと願うからだ。
エリオットは今度こそ、しっかりと顔を上げてクィンとブレアム氏、それからナサニエルを順繰りに見た。
「──公園と植物園の件、それからガーデンフェアの後援の件、どちらも引き受けます」
厳粛に凝っていた空気がゆるみ、静かな興奮に変わる。
「ありがとうございます、殿下」
「感謝します」
クィンたちが、ほっとした表情で立ち上がり握手を求めようとする。背もたれに貼りつくエリオットの前に手をかざし、バッシュがふたりをその場に留めた。
「こちらからも、条件がございます」
エリオットは、のろのろと顔を上げる。
キャロルの隣に座り、ここまで静かに成り行きを見つめていた、ミセス・オールドリッチだった。小花がプリントされたワンピースの膝の上で、金の結婚指輪をした左手を右手に重ねている。
「……えぇ、もちろん」
「わたしは長年、庭作りをしてきました。自宅だけでなく、いろいろな屋敷のデザインもさせていただいて、幸いにもチェルシーで賞をいただいたこともあります。ですが最初は、あのガーデンフェアで寄せ植えを販売していたんです。会場の隅の、ちっちゃなテントで」
ふっくらとした頬にえくぼを作り、彼女はいう。
ロッキングチェアの周りに集まった孫たちへ昔話を聞かせるような、優しく落ち着きのある声は、動揺したエリオットの耳にもしっかりと入ってきた。
「初めてガーデンブースをもらえたときにはそれは嬉しくて、どんなコンセプトにしようか、どんな花を植えたらいいか、ぎりぎりまで悩んだものです。それが毎年、次はどうしたら見ているひとの参考になるか、こうすればもっと眺めていて楽しいかしらと考えて。フェアがあるおかげで、一年があっという間に過ぎます」
「……分かります」
初めて祖父から大きな花壇をもらえたとき、窓際で育てていた鉢植えの植物たちをどう並べれば美しさを引き立てられるか、互いの成長の邪魔をしないか、何日も悩んでなかなかスコップを手に取ることができなかった。それに完ぺきな花壇を維持していくための仕事はたくさんあって、退屈するひまなんて全然ない。
心から頷いたエリオットに、ミセス・オールドリッチは穏やかに問いかけた。
「では、わたしのその喜びは、場所が変わったら消えてなくなってしまうのでしょうか」
エリオットは少し考えて、そうではない、と思った。
「伝統とは、ひとの心にあるものです。永遠に咲き続ける花はありませんし、永遠に変わらない場所もありません。けれど作り続けようとする意志をひとが持ち続けるなら、どこでだれの手によって作られていても、それは同じものであるように思うのです」
どこで作るか、ではなく、なにを作るか。
屋上に庭を作ったのは、どうしてだったのか。王宮にある箱庭を思い出したかったからだ。プロの庭師が作るものとは比べ物にならない、街中のフラットの屋上にある小さな庭。同じではない偽物には、本当に意味はなかっただろうか。
「殿下」
丸まった背中に、そっと温かいものが触れた。温かくて、大きな手だ。振り返らなくても、エリオットはそれを間違えたりしない。ゆっくり背中をさする手に合わせて、呼吸をする。
いろいろなひとが、エリオットに道を示してくれる。そこへ一歩踏み出せるのは、いつだってこの手にふさわしくありたいと願うからだ。
エリオットは今度こそ、しっかりと顔を上げてクィンとブレアム氏、それからナサニエルを順繰りに見た。
「──公園と植物園の件、それからガーデンフェアの後援の件、どちらも引き受けます」
厳粛に凝っていた空気がゆるみ、静かな興奮に変わる。
「ありがとうございます、殿下」
「感謝します」
クィンたちが、ほっとした表情で立ち上がり握手を求めようとする。背もたれに貼りつくエリオットの前に手をかざし、バッシュがふたりをその場に留めた。
「こちらからも、条件がございます」
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