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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第六章
4.神さまじゃない
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「バカな質問だったらごめんなさい」
椅子におさまったまま口をぱくぱくさせるエリオットを横目に、キャロルが人差し指を立てた。
「ガーデンフェアの運営としては、再開発で新しく作られる植物園なんて、目の敵ではないの?」
彼は卵まで投げつけられたのよ。
会場で起こったことは把握しているらしいブレアム氏は、管理責任を認めて謝罪した上でこういった。
「我々も協力させていただくにあたって、目的があります。フォスター氏が提案なさった計画を、殿下が実行していただける前提のお話しです」
「……計画?」
「ガーデンフェアの会場を、いまの学校跡から新しくできる公園に移すんだ」
ナサニエルは両手で何かをつかむ仕草をして、クレーンで持ち上げるように右から左へ腕を動かした。
「そのパトロンにも、エリオット、きみが就任する。住民はフェアを行う場所と王子のお墨付きを確保できて、プロジェクト側は計画通りトラムを走らせることができる」
ちょっと待って!
エリオットは叫びそうになって、握った手を口元に押し付けた。
できるだけ住宅を避けたからいいだろう、代わりの場所を与えてやるからいいだろう。ほんとうにそうなのか?
……それは、強者の理論だ。
たとえばだれかに「カルバートンの花壇をあげよう。これでフラットの屋上と同じ庭が作れるよね?」といわれても、エリオットは喜べない。時間をかけてトンネルに誘引したバラも、年ごとにテーマカラーを変えたボーダーガーデンも。ガゼボから眺めたあの庭と同じものは、決して戻っては来ないのだ。
「参加者は、あの学校跡地でのフェア開催にこだわりがあるように感じました。伝統を絶やした上に、その変更先が開発地区となると、受け入れがたいのではありませんか?」
どうしようもなくうつむいたエリオットの懊悩を、イェオリが的確にすくい上げた。参加者の言葉を、一緒に聞いていたからだ。
しかし、それに答えたブレアム氏の憂慮もまた、深いものだった。
「正直に申し上げますが、運営側としてはさほど会場にこだわりはありません。もちろん毎年同じ場所で開催していることを、ハープダウンの伝統行事だと誇りに思っている地元住民が多いことは理解しています。しかし建物の老朽化も問題になっていますし、規模が大きくなるにつれ企業の参加も地区外からの来場者も増え、地元住民だけでの運営は厳しくなってるのも事実なのです」
長細い指が、前髪が後退して広くなった額をさする。
「再開発の件でも、少しでも軋轢を緩和しようと、初めて専門家を招いてのパネルディスカッションを計画してみましたが、それも対立をあおる方向へ受け取られてしまいました。学生たちの署名活動も、運営が許可したものではありません。目が届かず、行き過ぎた行為を止めることができませんでした。これからもフェアを開催していくのであれば、いっそ会場を変え、運営方法を見直すのも、ひとつの方向かと」
「わたくしたちとしましても、公園を利用する行事のひとつとして、ガーデンフェアのノウハウをそのまま持って来ていただけるのは非常にありがたいことです。殿下が後援なさるとなれば、注目度も増すでしょう」
クィンが自信たっぷりにプレゼンするが、エリオットは首を振った。
そうじゃない。
「出展してるひとたちは、やり直しとか、注目なんてきっと求めてない。ただ、伝統を大事にしてるだけだ。ずっと変わらないものを」
下唇を噛んでエリオットが沈黙すると、ブレアム氏もクィンも戸惑ったように口をつぐんだ。
肥大しすぎて自分たちの手にあまり始めたイベントの転換を図りたい運営側、新しく作られる公園で、毎年注目の高いイベントを行いたい広報。そして、両者の思惑を大胆にまとめたナサニエル。エリオットにとって、これ以上なく都合のいい展開で、だからこそ恐ろしくなる。
大切な場所を守ろうとしているだけのひとたちを切り捨ててしまうことが、自分に許されるのだろうか。
椅子におさまったまま口をぱくぱくさせるエリオットを横目に、キャロルが人差し指を立てた。
「ガーデンフェアの運営としては、再開発で新しく作られる植物園なんて、目の敵ではないの?」
彼は卵まで投げつけられたのよ。
会場で起こったことは把握しているらしいブレアム氏は、管理責任を認めて謝罪した上でこういった。
「我々も協力させていただくにあたって、目的があります。フォスター氏が提案なさった計画を、殿下が実行していただける前提のお話しです」
「……計画?」
「ガーデンフェアの会場を、いまの学校跡から新しくできる公園に移すんだ」
ナサニエルは両手で何かをつかむ仕草をして、クレーンで持ち上げるように右から左へ腕を動かした。
「そのパトロンにも、エリオット、きみが就任する。住民はフェアを行う場所と王子のお墨付きを確保できて、プロジェクト側は計画通りトラムを走らせることができる」
ちょっと待って!
エリオットは叫びそうになって、握った手を口元に押し付けた。
できるだけ住宅を避けたからいいだろう、代わりの場所を与えてやるからいいだろう。ほんとうにそうなのか?
……それは、強者の理論だ。
たとえばだれかに「カルバートンの花壇をあげよう。これでフラットの屋上と同じ庭が作れるよね?」といわれても、エリオットは喜べない。時間をかけてトンネルに誘引したバラも、年ごとにテーマカラーを変えたボーダーガーデンも。ガゼボから眺めたあの庭と同じものは、決して戻っては来ないのだ。
「参加者は、あの学校跡地でのフェア開催にこだわりがあるように感じました。伝統を絶やした上に、その変更先が開発地区となると、受け入れがたいのではありませんか?」
どうしようもなくうつむいたエリオットの懊悩を、イェオリが的確にすくい上げた。参加者の言葉を、一緒に聞いていたからだ。
しかし、それに答えたブレアム氏の憂慮もまた、深いものだった。
「正直に申し上げますが、運営側としてはさほど会場にこだわりはありません。もちろん毎年同じ場所で開催していることを、ハープダウンの伝統行事だと誇りに思っている地元住民が多いことは理解しています。しかし建物の老朽化も問題になっていますし、規模が大きくなるにつれ企業の参加も地区外からの来場者も増え、地元住民だけでの運営は厳しくなってるのも事実なのです」
長細い指が、前髪が後退して広くなった額をさする。
「再開発の件でも、少しでも軋轢を緩和しようと、初めて専門家を招いてのパネルディスカッションを計画してみましたが、それも対立をあおる方向へ受け取られてしまいました。学生たちの署名活動も、運営が許可したものではありません。目が届かず、行き過ぎた行為を止めることができませんでした。これからもフェアを開催していくのであれば、いっそ会場を変え、運営方法を見直すのも、ひとつの方向かと」
「わたくしたちとしましても、公園を利用する行事のひとつとして、ガーデンフェアのノウハウをそのまま持って来ていただけるのは非常にありがたいことです。殿下が後援なさるとなれば、注目度も増すでしょう」
クィンが自信たっぷりにプレゼンするが、エリオットは首を振った。
そうじゃない。
「出展してるひとたちは、やり直しとか、注目なんてきっと求めてない。ただ、伝統を大事にしてるだけだ。ずっと変わらないものを」
下唇を噛んでエリオットが沈黙すると、ブレアム氏もクィンも戸惑ったように口をつぐんだ。
肥大しすぎて自分たちの手にあまり始めたイベントの転換を図りたい運営側、新しく作られる公園で、毎年注目の高いイベントを行いたい広報。そして、両者の思惑を大胆にまとめたナサニエル。エリオットにとって、これ以上なく都合のいい展開で、だからこそ恐ろしくなる。
大切な場所を守ろうとしているだけのひとたちを切り捨ててしまうことが、自分に許されるのだろうか。
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