箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第六章

3.青天の霹靂

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 男性がひとり、女性がふたり。いずれもマッドハッターのお茶会に迷い込んだような、緊張した面持ちだ。

「ぼくだって、なんの根回しもなしに、こんな思い付きのようなことをいったりしないさ」

 ナサニエルに促され、戸惑いながら腰を上げたエリオットへ最初に紹介された女性は、事件現場となった坪庭のデザイナー、ミセス・オールドリッチだった。

 シルヴァーナのターシャ・テューダーことミセス・オールドリッチは、その容貌にターシャのようなどこか魔女めいた雰囲気はまるでない、ふくよかな初老の女性だ。どちらかというと、街角のベーカリーでパンを焼いていそうな。
 作品の前でいらぬ騒ぎを起こしたことをエリオットが謝ると、花柄のワンピースに埋まるように恐縮していた。

 もうひとりはクィンという名前の女性で、どうなっているのか見当もつかないほど複雑にブロンドを結い上げているわりに、服装はシンプルな黒のビジネススーツで肩からバッグを下げている。名前に聞き覚えもないし、顔に見覚えもないが、ナサニエルは彼女について詳しい紹介をしなかった。

 そして最後に、唯一の男性がエリオットに会釈する。

 少し頭の薄くなった壮年で、柳のようにひょろりと手足の長いやせ型。彼はエリオットも知っている。イベントの公式ホームページにも挨拶文を載せていたし、地元紙のインタビュー記事にも写真付きで掲載されていた。ハープダウンガーデンフェアの運営責任者、ブレアム氏だ。

 人数が増えたので、テーブルを囲む円も広くなる。真ん中にティーセットがなければ、断酒会かドラッグからの更生プログラムでも始まりそうな形だ。

 学生たちのテロ未遂から予定にない来客まで重なり、礼節に厳しいベイカーが怒髪天を衝くのではとエリオットは心配したが、彼はナサニエルに妙案があるらしいと知ると、イェオリにこの会談の記録を命じた。
 それから、バッシュが立ち位置を変えて、エリオットの椅子のすぐそばに来る。初対面のひとたちを前に、気配を感じるほど近くにいてくれるのは心強いけど、そういえばサイラスへの報告はいいのか。

 指先で招くと、形のいい耳が口元に寄る。

「あんた、ラスに電話とかしなくていいの?」
「ひとまず、お前が無事だってことはベイカーから伝わってるだろうし、ここまできたら最後まで把握してからのほうがいい」
「ならいいけど……」
「おれのことより、自分の心配をした方がいい。どんな『手』かは知らないが、この様子じゃ、フォスターはとっくに外堀を埋めてるぞ」

 だろうな。

 ぷらぷら手を振ると、バッシュは数歩下がって居住まいを正した。

 客人が腰を落ち着け、エリオットの密談も終わったのを確認して、さっそくナサニエルは奇妙なグループワークに取り掛かった。

「ぼくのプランはさっきもいった通り。きみのスピーチでマスコミその他の目を引いて、話題を独占すること。フェアの会場を使えば、きみたちがあそこにいた口実にもなるしね」

 ダニエルの存在を除けば、下見がてらのデートで通りそうだ。しかし。

 こちらはそれでいいかもしれないが、受け入れ側の都合はどうなんだ。

 エリオットがブレアム氏に目を向けると、ナサニエルが「もちろん」と言葉を継ぐ。

「あすのサプライズについては、すでにブレアム氏が運営の合意を取り付けてる。報道陣が押し寄せても、あちらで捌いてくれるよ」
「屋内会場で行われるパネルディスカッションに、ゲストとして殿下をお招きいたします。スピーチの場として都合がいいのではと」
「でも……」

 エリオットはなんとか息を吸い込んだ。

「いくらおれが自然保護をファンドのメインに据えるっていっても、ガーデンフェアとはなんの関係もない」

 ロイヤルファンドの立ち上げで人目は引けるかもしれない。けれど、いままで一度として訪れたことも出展したこともないエリオットが、突然このフェアに現れるのは無理筋ではないか。

「たしかに、関係もないし説得力もない。どうして急にハープダウンだけひいきするのかって話にもなるしね」

 エリオットの懸念に理解を示したうえで、ナサニエルはクィンを指した。

「そこで、彼女の登場だ」

 クィンはきびきびとした動作でバッグからタブレットを取り出し、いくつか操作した画面をこちらに向ける。エリオット、キャロル、ダニエルの三人が、椅子から身を乗り出してそれを見た。カラーのイラストらしい。よくある、大型施設の完成イメージ図みたいな。水彩っぽいタッチで描かれた木々や芝生らしき広場と、いくつかの箱っぽい建物、それから丸いドーム?

「問題になってる再開発地区だけど、商業エリアに隣接して、いわゆる『文化的な』エリアを作ろうって計画がある。公園を中心に図書館、スポーツ施設、市民ホールなんかをね。ローウェル夫人のギャラリーもそのひとつだよ。そこに、小さいけど植物園も建造される。クィンはその広報担当」
「フォスター氏からご提案をいただいて、すぐに上層部へ諮りました。もちろん、その場で了承が取れております」
「……なんの了承?」
「わたくしたちの計画の、名誉総裁就任への要請です」

 赤い口紅をひいたクィンの唇が、ふわりと笑みを作った。

「殿下、ご公務への復帰第一号の事業として、わたくしたちと一緒に植物園の入る公園を作りませんか」

 もしかしたら、いろいろありすぎたなかでも、きょう一番の驚きだったかもしれない。意識が現実逃避しかけるエリオットの頭をよぎったのは、くだらない言葉だけ。

 ──エリオット記念公園?

「うそだろ……」
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