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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第六章
2.ちゃぶ台返したその後に
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その言葉が聞きたかった、というように、ナサニエルは両手を広げてほほ笑む。
「だから、ぼくはきみのことが大好きなんだよ」
どうやら、初めからエリオットが大人しくしているとは思っていなかったらしい。
「だってきみ、負けず嫌いじゃないか」
そういった友人は、テーブルからトマトとバジルのミニタルトを摘まんで口に入れた。
「おれが?」
「そうだよ。最近はそれが表に出て来たって感じかな。──だれの影響とはいわないけど」
おれか、という目で、バッシュがナサニエルを睨む。
まぁ、エリオットの最近の変化については、彼がほとんどの理由を占めているのは間違いない。
自信たっぷりで、プライドが高く、筋の通らないことが嫌いな恋人のおかげで、エリオットの内に秘めていた──かどうかは怪しい──積極的な部分が引き出されているとしたら、それはそう悪いことでもない気がする。
むしろ、ちょっといい気分だ。
「それで」すっかり聞き役に徹していたキャロルがいった。
「わたしにできることがあるなら、なんだってするつもりだけど、結局あなたはこの状況をなんとかできるの?」
「なんとかしようと思ってる。彼次第だけどね」
ナサニエルは脚を組んで、何杯目かになるお茶にミルクを注ぐエリオットに向き直った。
「エリオット、きみのファンドの一環で、グリーンプロジェクトを支援する気はない? つまり、自然とか環境に関するファンドって意味たけど」
驚いたエリオットは、ピッチャーを傾けすぎて危うくミルクをあふれさせるところだった。カップのふちのぎりぎりまで注がれたミルクによって、琥珀色がかき消されてしまった紅茶から目を上げ、エリオットは答える。
「……自然と動物の保護をメインにしようと思ってたところ」
パチン、と上機嫌にナサニエルが指を鳴らした。
「さすがだよ、マイディア。ぼくら通じ合ってるね」
エリオットは「うん」と「んー」の間くらいの音を出す。
ベイカーがカップを取り換えようとするのを断って、ホットミルクに近いミルクティーをひと口飲んだ。
「それ、陛下の承認は取れてるかい?」
「一応、話しはしてある」
「反対はされなかった?」
「うん」
詳細はまだなにも決まっていないけれど、口頭でもエドゥアルドの了承を得ているから、この方向で行くことはほぼ決まっている。
「なら話は早いよ。きみを説得する手間も省けた」
「説得?」
ミルクの海からなんとかスミレの香りを探し出そうと、エリオットは額にしわを寄せる。
「困ったときの貴族の常とう手段、なんだか知ってる?」
「マウントとって黙らせる」
「まぁ、それもあるけど。それじゃあ反感を買うよね」
ナサニエルが、キャロルから順番に全員を見回した。クイズ番組の出題者のように、正解の書かれたカードを伏せてにやにやしている。
自信なさげながら答えたのは、意外にもダニエルだった。
「……あの、問題を、なにか別のものとすり替えることですか?」
「正解!」
「あぁ」
思わず声が出た。
机をひっくり返す。執行部会で、思わぬエリオットの攻撃をかわしたカニングハム公爵の手だ。
「さすがは同胞」
「いえ、そんな」
拍手を贈られたダニエルが、恥ずかし首を振る。同胞、などといわれたのは初めてなのかもしれない。
「上の兄や姉が、よくやるんです。おかげで兄弟げんかに勝てたことがありません」
不憫だ。
ナサニエルは両肩を上下させると、エリオットへ笑顔を向ける。
「この状況で机をひっくり返せるのは、きみしかいない。きみたちのスリーショットなんかよりも大きなニュースを作って、そちらに目を向けさせればいいんだよ」
「大きなニュース?」
「エリオット王子の、ロイヤルファンド立ち上げの記者発表とスピーチをやろう。明日、ガーデンフェアの会場で」
「……は?」
エリオットの漏らした一音以外、しばらくの間だれも言葉を発しなかった。ナサニエルの提案がどういう意味なのか、考えていたからだ。
記者発表についてはエドゥアルドもいっていた。なるべく考えないようにしていたし、最悪、広報からの発表で逃げ切れないかと目論んでもいた。それをいきなりあす、あんな騒ぎのあった場所で?
「ニール、それは……」
「ちょっと無茶ってものじゃない?」
いいよどむエリオットの言葉を、キャロルが継ぐ。いくらサプライズにしたって、無茶が過ぎるというものだ。
しかしナサニエルは自分の提案によほどの自信があるのか、余裕の笑みを浮かべたまま袖をずらして腕時計に目を落とす。
「もう少し待ってくれるかな。たぶんそろそろ──」
「失礼いたします」
再び、クレイヴが戸口に現れる。きょうは大忙しだ。
「オールドリッチさま、クィンさま、およびブレアムさまがいらっしゃいました」
いや、だれだよ。
「だから、ぼくはきみのことが大好きなんだよ」
どうやら、初めからエリオットが大人しくしているとは思っていなかったらしい。
「だってきみ、負けず嫌いじゃないか」
そういった友人は、テーブルからトマトとバジルのミニタルトを摘まんで口に入れた。
「おれが?」
「そうだよ。最近はそれが表に出て来たって感じかな。──だれの影響とはいわないけど」
おれか、という目で、バッシュがナサニエルを睨む。
まぁ、エリオットの最近の変化については、彼がほとんどの理由を占めているのは間違いない。
自信たっぷりで、プライドが高く、筋の通らないことが嫌いな恋人のおかげで、エリオットの内に秘めていた──かどうかは怪しい──積極的な部分が引き出されているとしたら、それはそう悪いことでもない気がする。
むしろ、ちょっといい気分だ。
「それで」すっかり聞き役に徹していたキャロルがいった。
「わたしにできることがあるなら、なんだってするつもりだけど、結局あなたはこの状況をなんとかできるの?」
「なんとかしようと思ってる。彼次第だけどね」
ナサニエルは脚を組んで、何杯目かになるお茶にミルクを注ぐエリオットに向き直った。
「エリオット、きみのファンドの一環で、グリーンプロジェクトを支援する気はない? つまり、自然とか環境に関するファンドって意味たけど」
驚いたエリオットは、ピッチャーを傾けすぎて危うくミルクをあふれさせるところだった。カップのふちのぎりぎりまで注がれたミルクによって、琥珀色がかき消されてしまった紅茶から目を上げ、エリオットは答える。
「……自然と動物の保護をメインにしようと思ってたところ」
パチン、と上機嫌にナサニエルが指を鳴らした。
「さすがだよ、マイディア。ぼくら通じ合ってるね」
エリオットは「うん」と「んー」の間くらいの音を出す。
ベイカーがカップを取り換えようとするのを断って、ホットミルクに近いミルクティーをひと口飲んだ。
「それ、陛下の承認は取れてるかい?」
「一応、話しはしてある」
「反対はされなかった?」
「うん」
詳細はまだなにも決まっていないけれど、口頭でもエドゥアルドの了承を得ているから、この方向で行くことはほぼ決まっている。
「なら話は早いよ。きみを説得する手間も省けた」
「説得?」
ミルクの海からなんとかスミレの香りを探し出そうと、エリオットは額にしわを寄せる。
「困ったときの貴族の常とう手段、なんだか知ってる?」
「マウントとって黙らせる」
「まぁ、それもあるけど。それじゃあ反感を買うよね」
ナサニエルが、キャロルから順番に全員を見回した。クイズ番組の出題者のように、正解の書かれたカードを伏せてにやにやしている。
自信なさげながら答えたのは、意外にもダニエルだった。
「……あの、問題を、なにか別のものとすり替えることですか?」
「正解!」
「あぁ」
思わず声が出た。
机をひっくり返す。執行部会で、思わぬエリオットの攻撃をかわしたカニングハム公爵の手だ。
「さすがは同胞」
「いえ、そんな」
拍手を贈られたダニエルが、恥ずかし首を振る。同胞、などといわれたのは初めてなのかもしれない。
「上の兄や姉が、よくやるんです。おかげで兄弟げんかに勝てたことがありません」
不憫だ。
ナサニエルは両肩を上下させると、エリオットへ笑顔を向ける。
「この状況で机をひっくり返せるのは、きみしかいない。きみたちのスリーショットなんかよりも大きなニュースを作って、そちらに目を向けさせればいいんだよ」
「大きなニュース?」
「エリオット王子の、ロイヤルファンド立ち上げの記者発表とスピーチをやろう。明日、ガーデンフェアの会場で」
「……は?」
エリオットの漏らした一音以外、しばらくの間だれも言葉を発しなかった。ナサニエルの提案がどういう意味なのか、考えていたからだ。
記者発表についてはエドゥアルドもいっていた。なるべく考えないようにしていたし、最悪、広報からの発表で逃げ切れないかと目論んでもいた。それをいきなりあす、あんな騒ぎのあった場所で?
「ニール、それは……」
「ちょっと無茶ってものじゃない?」
いいよどむエリオットの言葉を、キャロルが継ぐ。いくらサプライズにしたって、無茶が過ぎるというものだ。
しかしナサニエルは自分の提案によほどの自信があるのか、余裕の笑みを浮かべたまま袖をずらして腕時計に目を落とす。
「もう少し待ってくれるかな。たぶんそろそろ──」
「失礼いたします」
再び、クレイヴが戸口に現れる。きょうは大忙しだ。
「オールドリッチさま、クィンさま、およびブレアムさまがいらっしゃいました」
いや、だれだよ。
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