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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章
13.売った覚えはないけど買われてた
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「あなた、オルブライト公爵と仲が悪いの?」
キャロルの明け透けな言葉は、室内に走った緊張を難なく和らげた。
「殿下が執行部会に出席されたと、うわさでは聞きましたが、その関係ですか?」
「あなたがやり込めたのは、カニングハム公爵よね? どこでオルブライト公爵の恨みを買ったのよ」
カニングハム公爵が論戦で王子に負けたというニュースは、特大のサプライズとして貴族会を駆け巡った。ナサニエルも数時間であらましを把握していたし、ダニエルたちも当たり前に周囲から聞いているだろう。けれど、その後のアンドルーとのやり取りは、エリオット本人と侍従たちしか知り得ない。
エリオットは首をひねり、ダニエルの頭越しに自分の侍従を見やって尋ねる。
「あのとき、オルブライト公の機嫌を損ねたとしたら、理由はなんだと思う?」
いつ見ても水仙のように凛とした姿勢を崩さないイェオリは、数秒沈黙してから淡い唇を開いた。
「求められた握手をなさらなかったこと、彼の持論に同意なさらなかったこと、『アンディ』とお呼びにならなかったこと──」
よどみなく挙げるイェオリの隣から、ケンカ売ったのか? と目で問うバッシュに、向こうが勝手に買ったんだ、と反論する。
「それから、公爵は周囲の方をうまくいなしていると自負していらっしゃるようでした。真正面からカニングハム公爵に勝負を挑み、勝ちをさらった殿下に思うところがあってもおかしくはないかと」
あぁ、それが一番デカい気がする。
執行部会で存在感を示したエリオットに、「調子に乗るなよ」とか思っていても不思議じゃない。
キャロルが不機嫌に唸った。
「わたしの『浮気』をでっち上げて、あなたの足を引っ張ろうとしたってこと?」
「もしくは、マクミラン家が求婚してた相手を、おれが横取りしたってストーリーかも」
どちらにせよ、成婚の儀の『天使』フィーバーで跳ね上がったエリオットの評判を、少し落としてやろうという嫌がらせだろう。
カニングハム公爵がフォスター女伯爵を利用したように、アンドルーもキャロルとダニエルを利用した。
「頭の回る権力者ってこれだから嫌だわ」
「だな」
「えぇ……」
憤然とキャロルがいい、エリオットとダニエルは深く頷いた。
「でもさキャロル、頭の回らない権力者もダメじゃない?」
「そういうひとは、ゾンビになるか恐竜に食べられるか、部下に撃たれるって決まってるからいいの」
「なるほど」
映画の世界ではね。
「よろしゅうございますか、殿下」
アンドルーとの一幕に立ち会っていたベイカーは、新たに付け加えられた背景を加味した上で、エリオットたちの会話に介入した。
「事態の収拾に関しまして、ひとつ問題が」
「どんな?」
「事情を聴いているライターですが、我々は傷害教唆容疑を取り下げる条件で、撮影した写真の破棄を求めるつもりでした。しかし学生たちを注意のみで釈放するとなれば、その取引は成立いたしません」
卵事件はなかったことになる。それなら共犯──主犯ともいえる──でなくなるライターの手元に残るのは、いかにもお忍びのエリオットとキャロル、そしてダニエルのスリーショット。
事件のことも黙っていろ、写真も破棄しろ、ではライターに得がない。記事にしようと思えば、その写真だけでいくらでも書ける。以前のパレードの記者のようにはいかないだろう。
「彼を釈放すれば、数時間でネットに記事が流れるでしょう」
しかし永久にライターを閉じ込めておける塔や牢獄は存在しない。ならば対策を考えるしかないのだが。
「また、わたしとのデートってことにしたら?」
キャロルが最も現実的な案を出す。
「でも、今回はあいだにダニエルがいる」
「そうだったわ。……じゃあ、ダニエルは元からの友人ってことで押し通せない?」
「うーん……」
「おそれながら、殿下」
老侍従は、控えめに否定した。
「この場合、事実がどうであったかは、さほど意味をなさないかと存じます」
「どういうこと?」
「くだんの記者がどこから撮影していたか定かではございませんが、話題を集めるために使うとなれば、おそらくお三方がご一緒に写っているものを選びます。恋人同士と目されているおふたりと、マクミラン氏の関係はだれもが知りたがりましょう。そしてその関係は、スキャンダラスであるほど、より真実味を増します」
「おれとキャロルも、友人だなんてのはだれも思ってないもんな」
「さようです」
ひとは自分の信じたいものを信じるし、仮に信じていなくても、娯楽は楽しい方がいいにきまっている。だから無責任なひとたちの指先ひとつで、面白おかしく拡散されていくのだ。
「記事が出たら、フェアの会場に記者たちが殺到するわね。わたしたちがどんな様子だったか、レコーダー片手に聞き回るわ」
「参加者たちにとっては、自分たちが陥っている苦境を主張する絶好の機会になるな。でも開発反対の機運が高まったら、ダニエルはいまよりもっと苦労する」
こんなときでも自分を擁護するエリオットの言葉に、ダニエルは目を見開いた。横からキャロルが、「彼、そういうひとなの」と耳打ちしている。
それお人好しって意味?
唇を尖らせたエリオットに、ダニエルは敬意を持った眼差しを向けた。
「わたしと親しいとなれば、殿下のお立場に差し障ります。殿下が都市開発の利権に絡んでいると思われたら、国民の反感を買う恐れが」
「それもあった……」
ダニエルのいうとおりだ。恋愛がらみの三角関係より、国民向けにはそっちのほうが頭の痛い問題だったりする。
王族というのは、空港や福祉施設のオープニングセレモニーに呼ばれてテープカットをすることはあっても、開発の段階で表立って関わることはほとんどない。市民と対立する側としてのイメージを持たれることは、エリオットにはマイナスでしかなかった。
たかが写真、されど写真。
どこまで広がるか分からない影響が、その場にいる全員の頭を悩ませ始めたとき。
空気を読まないほど明朗なノックの音に続き、戸口からクレイヴが現れた。
「失礼いたします。殿下にお客さまです」
「客?」
はい、と頷いたクレイヴが告げる。
「ナサニエル・フォスターさまが、いらっしゃいました」
キャロルの明け透けな言葉は、室内に走った緊張を難なく和らげた。
「殿下が執行部会に出席されたと、うわさでは聞きましたが、その関係ですか?」
「あなたがやり込めたのは、カニングハム公爵よね? どこでオルブライト公爵の恨みを買ったのよ」
カニングハム公爵が論戦で王子に負けたというニュースは、特大のサプライズとして貴族会を駆け巡った。ナサニエルも数時間であらましを把握していたし、ダニエルたちも当たり前に周囲から聞いているだろう。けれど、その後のアンドルーとのやり取りは、エリオット本人と侍従たちしか知り得ない。
エリオットは首をひねり、ダニエルの頭越しに自分の侍従を見やって尋ねる。
「あのとき、オルブライト公の機嫌を損ねたとしたら、理由はなんだと思う?」
いつ見ても水仙のように凛とした姿勢を崩さないイェオリは、数秒沈黙してから淡い唇を開いた。
「求められた握手をなさらなかったこと、彼の持論に同意なさらなかったこと、『アンディ』とお呼びにならなかったこと──」
よどみなく挙げるイェオリの隣から、ケンカ売ったのか? と目で問うバッシュに、向こうが勝手に買ったんだ、と反論する。
「それから、公爵は周囲の方をうまくいなしていると自負していらっしゃるようでした。真正面からカニングハム公爵に勝負を挑み、勝ちをさらった殿下に思うところがあってもおかしくはないかと」
あぁ、それが一番デカい気がする。
執行部会で存在感を示したエリオットに、「調子に乗るなよ」とか思っていても不思議じゃない。
キャロルが不機嫌に唸った。
「わたしの『浮気』をでっち上げて、あなたの足を引っ張ろうとしたってこと?」
「もしくは、マクミラン家が求婚してた相手を、おれが横取りしたってストーリーかも」
どちらにせよ、成婚の儀の『天使』フィーバーで跳ね上がったエリオットの評判を、少し落としてやろうという嫌がらせだろう。
カニングハム公爵がフォスター女伯爵を利用したように、アンドルーもキャロルとダニエルを利用した。
「頭の回る権力者ってこれだから嫌だわ」
「だな」
「えぇ……」
憤然とキャロルがいい、エリオットとダニエルは深く頷いた。
「でもさキャロル、頭の回らない権力者もダメじゃない?」
「そういうひとは、ゾンビになるか恐竜に食べられるか、部下に撃たれるって決まってるからいいの」
「なるほど」
映画の世界ではね。
「よろしゅうございますか、殿下」
アンドルーとの一幕に立ち会っていたベイカーは、新たに付け加えられた背景を加味した上で、エリオットたちの会話に介入した。
「事態の収拾に関しまして、ひとつ問題が」
「どんな?」
「事情を聴いているライターですが、我々は傷害教唆容疑を取り下げる条件で、撮影した写真の破棄を求めるつもりでした。しかし学生たちを注意のみで釈放するとなれば、その取引は成立いたしません」
卵事件はなかったことになる。それなら共犯──主犯ともいえる──でなくなるライターの手元に残るのは、いかにもお忍びのエリオットとキャロル、そしてダニエルのスリーショット。
事件のことも黙っていろ、写真も破棄しろ、ではライターに得がない。記事にしようと思えば、その写真だけでいくらでも書ける。以前のパレードの記者のようにはいかないだろう。
「彼を釈放すれば、数時間でネットに記事が流れるでしょう」
しかし永久にライターを閉じ込めておける塔や牢獄は存在しない。ならば対策を考えるしかないのだが。
「また、わたしとのデートってことにしたら?」
キャロルが最も現実的な案を出す。
「でも、今回はあいだにダニエルがいる」
「そうだったわ。……じゃあ、ダニエルは元からの友人ってことで押し通せない?」
「うーん……」
「おそれながら、殿下」
老侍従は、控えめに否定した。
「この場合、事実がどうであったかは、さほど意味をなさないかと存じます」
「どういうこと?」
「くだんの記者がどこから撮影していたか定かではございませんが、話題を集めるために使うとなれば、おそらくお三方がご一緒に写っているものを選びます。恋人同士と目されているおふたりと、マクミラン氏の関係はだれもが知りたがりましょう。そしてその関係は、スキャンダラスであるほど、より真実味を増します」
「おれとキャロルも、友人だなんてのはだれも思ってないもんな」
「さようです」
ひとは自分の信じたいものを信じるし、仮に信じていなくても、娯楽は楽しい方がいいにきまっている。だから無責任なひとたちの指先ひとつで、面白おかしく拡散されていくのだ。
「記事が出たら、フェアの会場に記者たちが殺到するわね。わたしたちがどんな様子だったか、レコーダー片手に聞き回るわ」
「参加者たちにとっては、自分たちが陥っている苦境を主張する絶好の機会になるな。でも開発反対の機運が高まったら、ダニエルはいまよりもっと苦労する」
こんなときでも自分を擁護するエリオットの言葉に、ダニエルは目を見開いた。横からキャロルが、「彼、そういうひとなの」と耳打ちしている。
それお人好しって意味?
唇を尖らせたエリオットに、ダニエルは敬意を持った眼差しを向けた。
「わたしと親しいとなれば、殿下のお立場に差し障ります。殿下が都市開発の利権に絡んでいると思われたら、国民の反感を買う恐れが」
「それもあった……」
ダニエルのいうとおりだ。恋愛がらみの三角関係より、国民向けにはそっちのほうが頭の痛い問題だったりする。
王族というのは、空港や福祉施設のオープニングセレモニーに呼ばれてテープカットをすることはあっても、開発の段階で表立って関わることはほとんどない。市民と対立する側としてのイメージを持たれることは、エリオットにはマイナスでしかなかった。
たかが写真、されど写真。
どこまで広がるか分からない影響が、その場にいる全員の頭を悩ませ始めたとき。
空気を読まないほど明朗なノックの音に続き、戸口からクレイヴが現れた。
「失礼いたします。殿下にお客さまです」
「客?」
はい、と頷いたクレイヴが告げる。
「ナサニエル・フォスターさまが、いらっしゃいました」
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