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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章
9.気持ちは分かる
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紳士らしく席を立ってキャロルを見送ったダニエルは、椅子に戻るなり疲れ果てたように肩を落とした。
慣れない仕事を押し付けられ、両親が勝手に進めた──らしい──結婚話の相手は最新鋭の迎撃システムを備えていて、見ず知らずの若者に卵まで投げつけられた上に王子と話しをさせられれば、それはだれでもそうなる。
「おれの勘違いだったら申し訳ないんだけどさ」
エリオットは椅子から身を乗り出して、テーブルに置かれたボウルに手を伸ばす。お茶と一緒に用意された白い陶器の入れ物には、露店で買ったものの食べる暇のなかったナッツが盛られている。
ふんふんと鼻を寄せるルードからボウルをガードしつつ、メープルシロップのかかった甘い皮つきアーモンドをかじって、エリオットは尋ねた。
「おれ、夏の終わりにサー・ブランシェールの工房へキャロルと行ったんだけど、あのときダニエルもいたよな?」
「えっ……」
ダニエルは目を見張って、椅子ごと少し後ろへ下がる。そこにいたバッシュに「大丈夫ですか?」と椅子をおさえられ、口の中でもごもごと謝罪の言葉を呟いた。いたずらを見つかった子どもみたいだ。
「帰りがけ、野次馬の中にやけに背の高いひとがいるのが目についてさ。顔まで見えなかったけど、侍従からもらった資料についてた写真に雰囲気が似てたから、もしかしてと思ってたんだ」
たしかハウスの夕食に招かれた日だったと思うが、ベイカーからダニエルのプロフィールを送ってもらったのだ。しかし添付されていた写真は学生時代のもので、しかも彼にピントがあっていなかったからはっきりとした顔までは分からなかった。
「キャロルに助けてくれって頼まれてから、あなたのことを侍従に軽く調べてもらったんだ。といってもプロフィールくらいだけど。でも写真がぜんぜんなかったみたいでさ」
侍従が調査してこれだから、この時代に、よく写真に写らずに生きて来られたものだと、エリオットはじつに感心した。うらやましい限りだ。
「おれは、あなたが透明マントを持ってるんじゃないかと疑ってるんだけど」
「透明マント……? ハリー・ポッターの、ですか?」
「そう。透明マントがあったら、野次馬やカメラマンに見られずに堂々と歩けるのにって、子どものころから思ってた。──それで、透明マントは持ってる?」
「い、いえ……残念ながら、魔法の道具は持っていません。ただ、目立つことや写真が苦手で逃げ回っていたら、フォトフレームに飾るものがないと嘆かれるようになってしまいまして」
「分かる。おれも逃げ回ってたから、母や兄の後ろに隠れてる写真ばかり国民にシェアされてる」
ぽかんと口を開けたダニエルは、エリオットの傾げた小首になんとかジョークを読み取った。それから、エリオットが自分を攻撃しようとしているわけではないらしいことも。
ようやく、少しだけ上体が持ち上がって背筋が伸びる。
「……おっしゃるとおり、わたしはあの場にいました」
「偶然、じゃないよな?」
「はい。あの日、わたしが所属している大学の研究室に集まっていた教授たちのひとりが、殿下がレディ・キャロルと『デート』されていると、SNSの投稿をいくつか見せてくれまして」
「気になって見に来た?」
「不躾にも……。わたしはあまり世情に明るくなく、ちょうどそのころ両親からバジェット家へ結婚を申し込んだと聞かされたばかりで」
それで、大学からさほど離れていない工房前の野次馬に混ざって、様子を見に来たと。
「おふたりは親し気でしたし、当然この結婚話は流れるだろうと思っていました。わたし自身が承知していないことですし、こちらが先だと言い出すなんて、分をわきまえないさや当てはしないだろうと」
エリオットは頷いて同意を示した。
よかった。ダニエルが常識の通じる相手で。
「しかし研究室で井戸端会議って、大学教授っていうのは暇なのか?」
「暇といいますか……うちの教授がもてなし好きで、研究室がほかの教授たちのお茶飲み場のようになっていまして。なかには、殿下のファンのような教授が」
「あ、もしかしておれとキャロルの『デート』を教えたのって、ゴードン教授?」
「はい。お知り合いですか?」
「個人的に、ちょっと長い付き合いで」
「そうなのですか。教授は殿下とレディ・キャロルの交際報道を、とても喜んでいましたよ。なんというか……親戚の子のことのように」
「はは……」
友達を作るのも難しいと嘆いてた教え子に恋人ができたとなれば、あの教授なら喜んでくれそうだ。
「おれにはなにもいってこないのに」
「ご自分が殿下のプライベートについて、個人的な感情を申し上げるのは失礼だと思われたのでは?」
「ありがたいけど、破局報道が出たらがっかりさせるな」
「あぁ、それは……そうですね」
ことの発端が自分であることを思い出したのか、ダニエルのトーンが落ちる。
「それで、あなたは?」
「わたしが、なんです?」
「キャロルはあなたを知らなかったけど、あなたはキャロルを知ってるようだったから」
王族メンバーである、という以外で。
分かりやすく、ダニエルの目が泳いだ。どうしたものかと視線を動かすと、彼の後ろでバッシュが手のひらで押さえるしぐさをした。少し待てって?
まぁ、急かされると余計焦るもんな。
そもそも、自分がここまで冷静なままいられるのは、あきらかにダニエルがおたおたしているからだ。自分より慌てている相手を見ると落ち着くっていうあれ。
エリオットはいったんダニエルを放流することにして、ルードを膝もとに呼んだ。
慣れない仕事を押し付けられ、両親が勝手に進めた──らしい──結婚話の相手は最新鋭の迎撃システムを備えていて、見ず知らずの若者に卵まで投げつけられた上に王子と話しをさせられれば、それはだれでもそうなる。
「おれの勘違いだったら申し訳ないんだけどさ」
エリオットは椅子から身を乗り出して、テーブルに置かれたボウルに手を伸ばす。お茶と一緒に用意された白い陶器の入れ物には、露店で買ったものの食べる暇のなかったナッツが盛られている。
ふんふんと鼻を寄せるルードからボウルをガードしつつ、メープルシロップのかかった甘い皮つきアーモンドをかじって、エリオットは尋ねた。
「おれ、夏の終わりにサー・ブランシェールの工房へキャロルと行ったんだけど、あのときダニエルもいたよな?」
「えっ……」
ダニエルは目を見張って、椅子ごと少し後ろへ下がる。そこにいたバッシュに「大丈夫ですか?」と椅子をおさえられ、口の中でもごもごと謝罪の言葉を呟いた。いたずらを見つかった子どもみたいだ。
「帰りがけ、野次馬の中にやけに背の高いひとがいるのが目についてさ。顔まで見えなかったけど、侍従からもらった資料についてた写真に雰囲気が似てたから、もしかしてと思ってたんだ」
たしかハウスの夕食に招かれた日だったと思うが、ベイカーからダニエルのプロフィールを送ってもらったのだ。しかし添付されていた写真は学生時代のもので、しかも彼にピントがあっていなかったからはっきりとした顔までは分からなかった。
「キャロルに助けてくれって頼まれてから、あなたのことを侍従に軽く調べてもらったんだ。といってもプロフィールくらいだけど。でも写真がぜんぜんなかったみたいでさ」
侍従が調査してこれだから、この時代に、よく写真に写らずに生きて来られたものだと、エリオットはじつに感心した。うらやましい限りだ。
「おれは、あなたが透明マントを持ってるんじゃないかと疑ってるんだけど」
「透明マント……? ハリー・ポッターの、ですか?」
「そう。透明マントがあったら、野次馬やカメラマンに見られずに堂々と歩けるのにって、子どものころから思ってた。──それで、透明マントは持ってる?」
「い、いえ……残念ながら、魔法の道具は持っていません。ただ、目立つことや写真が苦手で逃げ回っていたら、フォトフレームに飾るものがないと嘆かれるようになってしまいまして」
「分かる。おれも逃げ回ってたから、母や兄の後ろに隠れてる写真ばかり国民にシェアされてる」
ぽかんと口を開けたダニエルは、エリオットの傾げた小首になんとかジョークを読み取った。それから、エリオットが自分を攻撃しようとしているわけではないらしいことも。
ようやく、少しだけ上体が持ち上がって背筋が伸びる。
「……おっしゃるとおり、わたしはあの場にいました」
「偶然、じゃないよな?」
「はい。あの日、わたしが所属している大学の研究室に集まっていた教授たちのひとりが、殿下がレディ・キャロルと『デート』されていると、SNSの投稿をいくつか見せてくれまして」
「気になって見に来た?」
「不躾にも……。わたしはあまり世情に明るくなく、ちょうどそのころ両親からバジェット家へ結婚を申し込んだと聞かされたばかりで」
それで、大学からさほど離れていない工房前の野次馬に混ざって、様子を見に来たと。
「おふたりは親し気でしたし、当然この結婚話は流れるだろうと思っていました。わたし自身が承知していないことですし、こちらが先だと言い出すなんて、分をわきまえないさや当てはしないだろうと」
エリオットは頷いて同意を示した。
よかった。ダニエルが常識の通じる相手で。
「しかし研究室で井戸端会議って、大学教授っていうのは暇なのか?」
「暇といいますか……うちの教授がもてなし好きで、研究室がほかの教授たちのお茶飲み場のようになっていまして。なかには、殿下のファンのような教授が」
「あ、もしかしておれとキャロルの『デート』を教えたのって、ゴードン教授?」
「はい。お知り合いですか?」
「個人的に、ちょっと長い付き合いで」
「そうなのですか。教授は殿下とレディ・キャロルの交際報道を、とても喜んでいましたよ。なんというか……親戚の子のことのように」
「はは……」
友達を作るのも難しいと嘆いてた教え子に恋人ができたとなれば、あの教授なら喜んでくれそうだ。
「おれにはなにもいってこないのに」
「ご自分が殿下のプライベートについて、個人的な感情を申し上げるのは失礼だと思われたのでは?」
「ありがたいけど、破局報道が出たらがっかりさせるな」
「あぁ、それは……そうですね」
ことの発端が自分であることを思い出したのか、ダニエルのトーンが落ちる。
「それで、あなたは?」
「わたしが、なんです?」
「キャロルはあなたを知らなかったけど、あなたはキャロルを知ってるようだったから」
王族メンバーである、という以外で。
分かりやすく、ダニエルの目が泳いだ。どうしたものかと視線を動かすと、彼の後ろでバッシュが手のひらで押さえるしぐさをした。少し待てって?
まぁ、急かされると余計焦るもんな。
そもそも、自分がここまで冷静なままいられるのは、あきらかにダニエルがおたおたしているからだ。自分より慌てている相手を見ると落ち着くっていうあれ。
エリオットはいったんダニエルを放流することにして、ルードを膝もとに呼んだ。
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