244 / 334
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章
7.相互理解もだいじ
しおりを挟む
バッシュとイェオリを連れて応接間に戻ると、ぴりりとした空気が肌に刺さった。せっかくほぐしてもらった気分がまた重くなる。
ありがたいことに、ダニエルはスタッフに対して貴族的な態度だった。つまり、そこにいる「その他大勢」に注意を払わないということだ。
自分の周りで多くのひとが働いているのが当たり前で、その顔ぶれが変わろうがひとりひとりの名前を知らなかろうが、とくに気にしない。おかげで、日々エリオットが王子らしく振る舞うための自信をくれるバッシュが、本来担当でない第二王子の屋敷にいても不思議に思わないし、立ち会う理由も問われなかった。──キャロルには、「あなただけずるい」という顔で睨まれたけれど。
ところが、見慣れない顔に敏感に反応したのが一頭。エリオットに続いて足取り軽く戸口をくぐったルードが、初対面の人物と、思い切り威嚇してしまい、やや気まずい人物がいることに気付いて急停止する。
「ルード」
エリオットが名前を呼ぶと、少し考えるように首を振ったあと、ふたりからできるだけ離れた壁際を回って側まで来た。人間の子どもみたいな行動に、エリオットだけでなく、それを見つめていたキャロルもダニエルも、ついほほ笑んでしまった。ようやく、暗澹としていた空気が緩む。
「キャロル、座らない?」
ルードのふわふわの背中と腹を撫で、お返しに濡れた鼻先でキスされながらエリオットは言う。
「……そうね」
キャロルも加わり、三人は低いテーブルの三方を囲むかたちで腰を落ち着けた。侍従ふたりは、ダニエルの背後に控える。客の視界に入らないようにというよりは、万が一、彼がなにかしようとしたとき、即座に取り押さえるためだ。会場での警護官たちもそうだったが、エリオットの場合は有事の際に抱えたり覆いかぶさったりして守ることができないので、元凶をいち早く制圧するほうが被害を最小限にできる。
「マクミラン卿──ダニエル?」
「は、はい殿下」
「さっきの騒ぎについてはひとまず報告を待つとして、あなたとキャロルについての話に戻っていいかな」
「えぇ」
頷いたダニエルは、ジャケットのボタンを外して椅子に座り直した。
「最初に確認したいんだけど、あなたに彼女との結婚の意志はないんだな?」
「ありません。……あ、いえ、失礼。レディ・キャロルに魅力がないと言いたいわけではなく、その対象ではないという意味で……」
なるほど。
「じゃあこっちも手の内を晒すけど、おれと彼女は付き合ってない。報道を否定したことはないけど、少なくとも世間や、あなたが思ってるような関係じゃない」
「付き合ってない?」
さっきとは逆だ。まるで信じられないという顔で、ダニエルがエリオットとキャロルを交互に見る。
「ではなぜ、報道に友人同士だと反論なさらなかったんです?」
「あなたのせいよ」
叩きつけるようにキャロルが言い、ダニエルはびくっと肩を揺らす。大男が叱られてへこんでいる姿はどうにも気が抜けるが、話が進まないのでエリオットはキャロルを制すると、ふたりが恋人のふりをすることになった経緯を、ダニエルに説明した。
マクミラン家からバジェット家へ結婚話が持ち込まれ、表立って断れないキャロルがエリオットに助けを求めたこと。求婚しながら挨拶すらなく、デートにも誘われないため、家柄目的だと判断していたこと。そして、エリオットとの交際報道が出ても反応がなく、諦めたのかと思っていたところに今回の誘いがきて、目的が分からず不安だったから会場にいてくれるように頼み、エリオットが了承したこと。
裏側の取引については、完全にエリオットとキャロルの問題なので割愛したが、一連の流れを聞いたダニエルは両手で顔を覆ってうなだれた。
「一体どこからお話しすればいいのか……」
くぐもった、弱り切った声でダニエルが言う。
エリオットは聖人でもなんでもないが、キャロルよりはこの問題を外側から見ている自覚はある。そしてにらみを利かせる恋人と、膝の上に頭をのせる癒し効果抜群の相棒もいる。少なくとも、彼女よりはダニエルに優しくできるだろう。
「最初から話してくれるとありがたいな。──つまり、あなたが『最初』だと思うところから」
ダニエルは顔から離した両手で膝頭を握ると、天井を見上げて大きく息をついた。
ありがたいことに、ダニエルはスタッフに対して貴族的な態度だった。つまり、そこにいる「その他大勢」に注意を払わないということだ。
自分の周りで多くのひとが働いているのが当たり前で、その顔ぶれが変わろうがひとりひとりの名前を知らなかろうが、とくに気にしない。おかげで、日々エリオットが王子らしく振る舞うための自信をくれるバッシュが、本来担当でない第二王子の屋敷にいても不思議に思わないし、立ち会う理由も問われなかった。──キャロルには、「あなただけずるい」という顔で睨まれたけれど。
ところが、見慣れない顔に敏感に反応したのが一頭。エリオットに続いて足取り軽く戸口をくぐったルードが、初対面の人物と、思い切り威嚇してしまい、やや気まずい人物がいることに気付いて急停止する。
「ルード」
エリオットが名前を呼ぶと、少し考えるように首を振ったあと、ふたりからできるだけ離れた壁際を回って側まで来た。人間の子どもみたいな行動に、エリオットだけでなく、それを見つめていたキャロルもダニエルも、ついほほ笑んでしまった。ようやく、暗澹としていた空気が緩む。
「キャロル、座らない?」
ルードのふわふわの背中と腹を撫で、お返しに濡れた鼻先でキスされながらエリオットは言う。
「……そうね」
キャロルも加わり、三人は低いテーブルの三方を囲むかたちで腰を落ち着けた。侍従ふたりは、ダニエルの背後に控える。客の視界に入らないようにというよりは、万が一、彼がなにかしようとしたとき、即座に取り押さえるためだ。会場での警護官たちもそうだったが、エリオットの場合は有事の際に抱えたり覆いかぶさったりして守ることができないので、元凶をいち早く制圧するほうが被害を最小限にできる。
「マクミラン卿──ダニエル?」
「は、はい殿下」
「さっきの騒ぎについてはひとまず報告を待つとして、あなたとキャロルについての話に戻っていいかな」
「えぇ」
頷いたダニエルは、ジャケットのボタンを外して椅子に座り直した。
「最初に確認したいんだけど、あなたに彼女との結婚の意志はないんだな?」
「ありません。……あ、いえ、失礼。レディ・キャロルに魅力がないと言いたいわけではなく、その対象ではないという意味で……」
なるほど。
「じゃあこっちも手の内を晒すけど、おれと彼女は付き合ってない。報道を否定したことはないけど、少なくとも世間や、あなたが思ってるような関係じゃない」
「付き合ってない?」
さっきとは逆だ。まるで信じられないという顔で、ダニエルがエリオットとキャロルを交互に見る。
「ではなぜ、報道に友人同士だと反論なさらなかったんです?」
「あなたのせいよ」
叩きつけるようにキャロルが言い、ダニエルはびくっと肩を揺らす。大男が叱られてへこんでいる姿はどうにも気が抜けるが、話が進まないのでエリオットはキャロルを制すると、ふたりが恋人のふりをすることになった経緯を、ダニエルに説明した。
マクミラン家からバジェット家へ結婚話が持ち込まれ、表立って断れないキャロルがエリオットに助けを求めたこと。求婚しながら挨拶すらなく、デートにも誘われないため、家柄目的だと判断していたこと。そして、エリオットとの交際報道が出ても反応がなく、諦めたのかと思っていたところに今回の誘いがきて、目的が分からず不安だったから会場にいてくれるように頼み、エリオットが了承したこと。
裏側の取引については、完全にエリオットとキャロルの問題なので割愛したが、一連の流れを聞いたダニエルは両手で顔を覆ってうなだれた。
「一体どこからお話しすればいいのか……」
くぐもった、弱り切った声でダニエルが言う。
エリオットは聖人でもなんでもないが、キャロルよりはこの問題を外側から見ている自覚はある。そしてにらみを利かせる恋人と、膝の上に頭をのせる癒し効果抜群の相棒もいる。少なくとも、彼女よりはダニエルに優しくできるだろう。
「最初から話してくれるとありがたいな。──つまり、あなたが『最初』だと思うところから」
ダニエルは顔から離した両手で膝頭を握ると、天井を見上げて大きく息をついた。
28
お気に入りに追加
447
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる