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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第五章

4.思わぬ横槍

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 情報が少なすぎて先入観すら持てなかったダニエル・マクミランだが、エリオットの目には、もう飼い主に叱られた大型犬が身をすくめているようにしか思えない。
 彼には危惧した貴族的な横暴さなどかけらもなく、キャロルに怯えてさえいるようだった。

 これが、立場を利用して王族に結婚を迫っている人物の態度だろうか。

 なんか、だいぶ想像と違うんだけど。

 そっとつばの下から覗くと、ダニエルの顔は赤から蒼白へと変わっていて、倒れやしないかと心配になった。

「あの、この求こ──いえ、今回のお話は、わたしの両親がバジェット家へ申し入れたことなんです。ですからきょうは、誤解を与えたお詫びとご説明にと……」
「ご両親が勝手にしたことだから、ご自分は関係ないとおっしゃりたいの?」
「いえ、だから誤解なんです……」
「その誤解という言葉、好きじゃないわ。怒っている原因と責任をわたしに押し付けてる」

 詰め寄るキャロルに、ダニエルはブラウンに近いブロンドの髪を揺らして首を振った。

「……も、申し訳ありません。ですが、あなたは殿──お付き合いされている方がおいでになるようでしたし、まさかこのお話がそちらで本気にされているとは思っていなかったんです。先日、両親がオルブライト公爵へこの件で相談したと聞き、話しが大きくなっているのに驚いてしまって……」

 ふざけないで、ぶっ飛ばすわよ。というキャロルの心の声が聞こえてきそうだ。拍子抜けしたこともあるだろうが、行き場を失った警戒心が、いつもより彼女をけんか腰にしているように見えた。

 このままでは、警護官はキャロルからダニエルを守ることになりかねない。ちょうどこちらに向かってくる七、八人ほどの学生っぽいグループが目に入り、彼らにこんな会話を聞かせるわけにもいかなかった。

「こちらハリネズミ、作戦変更」

 袖のマイクに告げると、エリオットはため息をついて立ち上がった。

「取り込み中、申し訳ないんだけど」

 あえてフランクに割り込んだエリオットを、キャロルは「邪魔しないで」というふうに睨む。そしてダニエルは、救い主でも現れたような顔で。

 最初、彼はエリオットが誰なのか分からなかったようだ。首からスタッフ証を下げていたし、とにかく誰でもいいからキャロルの軍行を止めてくれと願っていたからかもしれない。キャスケットのつばを持ち上げて「少しいいかな、マクミラン卿」と話しかけられ、ようやく目の前にいるのが王子だと気付く。

「殿──」
「はい、黙って。見れば分かると思うけどお忍びだから」

 一歩後ずさったダニエルに片手を上げて、エリオットはくぎを刺す。スマートフォンのバイヴレーションかというくらい細かく頷くダニエルをひとまず黙らせると、戦闘力の高そうなヒールで仁王立ちするキャロルに向き直る。

「キャロル、気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着いて」
「だって……」
「場所を変えよう、ここじゃ目立つ」

 エリオットが自分の肩越しに後ろを指さすと、キャロルとダニエルがようやく近付いて来る集団に気付き──その顔が同時にこわばった。

『後方!』

 警護官の声に振り返る。飛んでくるなにかが見えて、反射的に両腕で顔をかばう。茶色いボールみたいな物体は、伸ばされたイェオリの手で地面にたたき落とされた。しかし間髪入れずに飛んできたもうひとつが、彼のジャケットの肩あたりに当たって砕け、どろりとした液体が広がる。

「イェオリ!」
「ただの卵です。ご心配なく」

 一瞬だけエリオットにほほ笑んだイェオリが、次の瞬間には「警護!」と怒鳴る。すでに、会場に紛れていた警護官たちが茶色い物体──卵を投げつけたらしい若者に殺到していた。突然の乱闘に一般の来場者たちが悲鳴を上げて、ガーデンブースは騒然となる。

 さらに、立ち尽くすエリオットたちを、激しいシャッター音が襲った。

 どこから現れたのか、男がこちらにカメラのレンズを向けている。明らかに、お祭りを楽しみに来た市民じゃない。

「ここを離れましょう」

 イェオリが有無を言わせない声で促す。汚れたジャケットを脱がないのは、「次」に備えて両手を空けておくためか。女性警護官も、キャロルの肩を抱えるようにして走り出す。

「あなたも来てください」

 ひとり残してもいけないダニエルも連れて、数人の警護官たちに囲まれたエリオットは、訳が分からないままカメラと混乱から遠ざかった。
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