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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第四章

5.忘れてた

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「あなたに見てもらいたいものがあって」

 そう言いながらキャロルがハンドバッグから取り出したのは、薄い封筒だった。

「開けても?」
「えぇ」

 すでにここでのルールを理解したキャロルは、バッシュに封筒を渡す。エリオットはキャロル宛の表書きの筆跡に覚えがないことを確認して、バッシュが抜き出した中身を覗き込んだ。

「チケット?」

 短冊のような長方形の紙で、色はオレンジ。いかにも素人仕事といったデザインで、植物やスコップのイラスト、イベント名と日時が印刷されている。

「……ハープダウンガーデンフェア?」
「の、入場チケット。ゲスト用の」
「おれを誘ってるわけじゃないよね?」
「誘われたのはわたし。──ダニエル・マクミランから」

 ほう?

 これまた新展開だ。アンドルーがバジェット家を説得する協力を蹴ったから、諦めたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

「マクミランはなんて?」

 まさか、チケットだけを送り付けてきたわけじゃあるまい。エリオットが視線を上げると、キャロルは困惑した様子で赤毛をかきあげた。

「そのままよ。一緒に入ってたメモには、『ご都合がよろしければ、ガーデンフェアをご一緒しませんか。そのときに一度お話を』って」
「それは……デートじゃないの?」
「やっぱりそうなの?」

 ふたりは前かがみになって囁き合い、そして同時にバッシュを見た。

「いや、おれに聞かれても」

 バッシュが肩をすくめる。

 それはそうなんだけど。

 しっかりしろよ、というように、バッシュの膝がエリオットにぶつかった。すかさずキャロルに見とがめられて、「いちゃつかないで」と怒られる。彼女の後ろで、イェオリが笑ったのをごまかしたらしい、小さな咳払いをした。

 エリオットはため息をつき、握った手を少しだけゆるめて、バッシュの人差し指の爪の形をなぞった。言わずもがな、厄介ごとの予感がする。

 それを裏付けるように、キャロルは焦燥のにじんだ目でエリオットに訴えた。

「お願いエリオット、一緒に来て」
「キャロル……」

 思わず天井を仰ぐ。

「だって、彼はわたしたちが世間でどう報道されてるか知ってるのよ? そのうえで堂々とデートに誘ってくるなんて、何を考えてるか分からなくて怖いじゃない」
「彼が報道を知らないって可能性もゼロじゃないだろ。ほら、アーミッシュかもしれないって、キャロルもいってたじゃないか」
「それはそれでどうかしてるわ。そんなおかしなひとに直接会うなら、だれかに一緒にいてもらった方が安心でしょ?」
「聞く限り、散歩して話をってことなんだから、穏便な誘いに思えるけど」
「あなた、自分はひとに触れられるのが怖いのに、わたしには何をするか分からない男と、ふたりきりで散歩しろっていうの?」
「きみには警護官がいるだろ」
「そういうことじゃないのよ」

 じゃあどういうことだ。

「ストップ」

 開こうとしたエリオットの口をふさいで、紛争調停人が割り込んだ。

「キャロル、状況を整理させてください。まず、あなたはダニエル・マクミランの誘いを受けるつもりなんですね?」
「えぇ、受ける。ようやくむこうが動いたんだから、この機会に求婚自体を断りたいの」
「断るだけなら、正式に手紙を書くという方法もあります」
「それは、誠意に欠けるでしょう? この先、顔も合わせず結婚にこぎつけようとするなら、わたしだって逃げ切ってやろうと思ってたけど、こうして会うつもりはあるみたいだし」
「会ってこじれる可能性もあるでしょう。あなたもそれを危惧している」
「すべての人間が、話せば分かり合えるなんて思わない。ただ、どういう思惑だとしても、ダニエルがわたしの人生に関わる事柄を握っているのは確かなんだから、その整理はつけなくちゃ」
「……だから、荒事にならないように保険がほしいと」

 お茶や食事に呼ばれるより、人目のあるガーデンフェアならある程度は安心だが、逆になにかがあったときに注目を集めるのも避けたい。万が一の場合にエリオットがいれば、ダニエルへの牽制にもなる。常識的な判断ができるなら、王子の前で醜態は晒さないはずだ。

 そこまでは、エリオットも理解できる。しかし、ここまで直接的な干渉は想定外だ。公の場での「匂わせ」とはわけが違う。

 もういっそ貴族会に提訴してもらって答申を出したほうが、国民の目につかないだけいくらかマシなんじゃないか。

 あ、駄目だ。もう委員長じゃねーんだった。

 エリオットは空いている手で額を覆った。

 貴族会の意思決定に関わらないと宣言してしまった以上、エリオットは執行部以外の委員会で意見を述べる機会がない。キャロルに有利な判断をするよう働きかけるとしても、委員会で力を持つカニングハム公爵はじめ執行部員たちは、自分たちを危機に陥れたエリオットに対して協力しようという気になるだろうか。

 図らずも自分の首を絞めたことに気付いたエリオットだったが、いまさらどうにもならない。

「エリオット」

 黙り込んだエリオットの手を、バッシュが揺らした。

「厄介なことになったら手を引くと、事前に彼女にはいったはずだろう」

 なぜそれを知っているのか、という顔でキャロルが眉を寄せる。

 ツーカーで悪いな。

 バッシュを見上げて、ヒスイカズラ色の、さらに濃い瞳の中に映る自分が笑っているのを確かめた。

「おれはそうしたくないって、あんたが一番よく知ってるくせに」

 エリオットは首を傾け、頭をぐりぐりとバッシュの肩に押し付ける。

「分かったわ」とキャロル。

「あなたたち、実はわたしのこと嫌いでしょ」
「よくお気付きで」

 バッシュがわざとらしくウィンクして見せた。

「彼の初めてのロマンスを奪われたことは、一生恨むから覚悟してください」
「いいわよ、わたしはそれを一生の自慢にするから」

 あんたたち、実は仲いいだろ。

「いい恋人と友達を持って幸せだよ、おれは」

 今度こそ、イェオリが噴き出した。
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