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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第四章

2.パンケーキパニック

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 夢を見ている、という意識は、わりといつもある。おかげで悪夢は目が覚めてからも引きずるし、いい夢の途中で起きてしまうともったいないと感じる。どちらにしても、あまりありがたいことじゃない。

 今回は、ひたすらパンケーキが運ばれてくる夢だった。長いコック帽をかぶったバッシュが、こんがり焼けたパンケーキを白い皿に二枚ずつ、食べても食べても次々とテーブルに運んでくる。「もう食べられない!」と叫んでも、バッシュのパンケーキ攻撃は止まらなくて、晩餐会で使うような端の見えないテーブルに、ずーっと皿が並んでいた。

──飽きるほど焼くなんて、アニーがいうからだ。

 しかも勝手にひとの夢に出演までしやがって。

 コックに転職したらしいバッシュは、また新しい皿を並べている。どこまでも続くテーブルに、パンケーキ、パンケーキ、パンケーキ。

──ホラーか!

 いくら愛があろうと夢だろうと、パンケーキを食べ続けるには限界がある。ついにエリオットはナイフとフォークを放り出して、ダイニングからの逃亡を図る。
 端が見えないテーブルがあるくらいだから、廊下へ通じる扉もずっとずっと遠くにある。満腹の腹を抱えて、エリオットは走った。

──いやおかしいだろ!

 足をもつれさせ、息が上がるほどに走りながら、なかなか近付いて来ない扉にエリオットは焦れた。まるでランニングマシンの上で延々と空回りしているようだ。

 扉に近付こうと必死になっているうちに、なにから逃げているのかすら、よく分からなくなってくる。気が付くと、あれだけ並んでいたパンケーキも長いテーブルも、コック姿のバッシュもどこかへ消えてしまっていた。あれ? と思って振り返ると、周りは薄暗い物置に変わっている。

 いつの間にか握っていたノブの感触に違和感を覚えて、エリオットは手元を見下ろす。薄暗いはずなのに、それははっきりと見えた。

 象の形をした、金のドアノブ。

 ぞっとした。

 こんなもの、この屋敷にあるはずがない。これはハウスのドアだ。十年前、エリオットが逃げ込んでヘクターに見つかった、あの部屋の。

 よろよろと後ずさった。数歩も行かないうちに、背中が壁にぶつかった。

 キィ……と音を立ててドアノブが回り、外からゆっくりと扉が開く。

 向こう側の暗がりから、手がのびて来る。男にしてはなめらかで、爬虫類のような白い手だ。

「リオ……」

 囁くような声に、ひっと息をのんだ。心臓が全速力で早鐘を打ち、全身から汗が噴き出す。これは夢だ。あの手はもうエリオットに触らない。そう分かっているのに、エリオットはゆらゆらと近付いて来る手から目をそらせなかった。

──夢だ、覚めろ。早く、早く!

「リオット……エリオット!」

 強く揺すぶられて、ハッとした。まず彫刻風のモールディングが目に入る。これはどこの天井だ? ダイニングか、あの部屋か。

「うなされてたわよ。大丈夫?」

 また体を揺さぶられた。耳元で、だれかの声がする。それに、やけに近くに見える、ブラウンの瞳。

 肩を揺すっているのは、手だ。生暖かい、気持ち悪い、ひとの手。

「ぁっ──」

 夢も現実もごちゃまぜのまま、エリオットは悲鳴を上げた。
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