箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章

12.いちはん深いところに触れて※

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 金糸のような細い髪を両手で梳きながら、深く深く唇を重ねる。バッシュが大きな手でエリオットの肩、肩甲骨を包み、連続する背骨の数を数えながら背中を降りていく。そして、窺うようにそっと尻を撫でた。

 彼が望んでいることが分かる。決して自分から口にしないであろうことも。だから、エリオットは尋ねた。

「入れたい?」
「……あぁ。でも、お前に無理はさせたくない」

 掠れた声でバッシュが答えた。どこまでも物分かりのいい耳元に、そっと秘密を囁く。

「……練習してたっていったら?」

 喉に触れていた唇が離れて、猛々しい瞳がエリオットに据えられた。

「なにでだ?」
「は?」

 バッシュの指が、双丘のあいだを滑り、つつましやかな窄まりを押す。

「んっ──なにって?」
「なにで練習したんだ?」
「……自分の指に決まってるだろ!」

 エリオットは真っ赤になって怒鳴った。

 こいつ、前も同じようなことで詰めて来たよな?

 初めての夜、必要だろうと差し出したジェルを、過去にだれかと使ったことがあるのかと邪推された。まさにこのときのような状態を予測したナサニエルからの差し入れ──プレゼント?──だったのだが、あれも本当は気に入らないようだった。

 いまいち、こいつの嫉妬ポイントが分かんねー。

「ひ、ひとりでしたときとか、ちょっと触ってただけ!」
「おれのために?」
「そうだよ悪いか」

 バッシュはエリオットにキスをした。
 膨らんだ頬を両手で挟み、ほんのわずかの隙間をぎゅっと引き寄せて。柔らかなキャラメルを味わうように唇を食み、何度も舌を舐める。そのキスは激しく、力任せで、最後まで残っているはずの彼らしい鋼の理性が、溢れ出る情熱でついに溶かされてしまったみたいだった。

 好きなだけキスを堪能すると、呼吸まで飲まれて息も絶え絶えなエリオットをひょいとわきへどけて、バッシュはサイドチェストをあさり始めた。

 出て来たのは、ジェルのボトルと、コンドーム。さすが手配に抜かりのない侍従だ。

「……やっぱりムッツリだな、あんた」

 エリオットがいうと、バッシュは苦く笑った。

「エチケットだろ。……ベイカーには内緒にしてくれ。こんなもの持ち込んでるなんてバレたら殺される」
「むしろ『お気遣いありがとうございます』とか言いかねないから黙ってる」

 なんて滑稽だろうとエリオットは思った。昼間の明るい光が差し込むシーツの上に裸で座り込んで、ジェルとコンドームを吟味しているなんて。一方で、キルトに料理を広げたピクニックを思い出しもする。セックスだって、なにも特別じゃない。バッシュと重ねていく日常のひとつだ。

 きょうは最後まで──そこまで行きつけるとして──「上」でいさせてくれるらしい。胡坐をかいた膝に向かい合わせでエリオットを座らせたバッシュは、ジェルをまとわせた左手で、また芯を持ち始めた前を包み込んだ。太く存在を主張する自分のものと一緒に。

 うわ、これ入るの?

「エリオット?」
「……ジェルが冷たいから、びっくりしただけ」

 思わず身震いしたのをごまかして、エリオットはバッシュの首に抱き着いた。そんな強がりなどお見通しだろうが、いまだけは見逃してくれる。本当にダメだったら、こんなしおらしい抵抗じゃすまないからだ。

 ジェルでぬるつく右手が、胸からわき腹をかすめて後ろに回る。硬く閉じたひだを押し上げるように、ゆっくりバッシュの指が入って来た。

「んん……」

 ぞくぞくと、さざ波が立つようにそこから体中へ鳥肌が走った。思わず反り返るエリオットの胸に、口付けが這う。

「大丈夫だ」
「うん……」

 胸の小さな尖りに硬い性器、それから後ろの入り口。すべてを一緒に触られて、どこに集中すればいいのかも分からない。くすぐったいのと、気持ちいいのと、拭いきれない違和感で頭がぐちゃぐちゃだ。

「痛くないか?」
「ぁ……ん、だいじょぶ……」

 浅い吐息で処理しきれない感情をなんとか逃がしているあいだに、バッシュはさらに指を増やしてくる。
 ぐっと奥まで探られて、エリオットは身悶えた。彼の手は大きい。それは指が長いということでもあって、自分では届かないところまで触れられるのだ。

 比喩でもなんでもなく、体の内側を侵食される感覚。これは絶対にバッシュにしかできないし、バッシュじゃなきゃいやだ。そして、ここに初めて触れるのが彼でよかったと、心から思う。

 問題なく抜き差しできるまで、さらにボトル半分のジェルを費やした。バッシュは巧みに快楽を引き伸ばして、エリオットに二度目の解放を許してくれなかったから、そのころには汗やジェルやでいたるところがぬるぬるになっていたし、熱い疼きが体の中で燻って、とにかく刺激がほしくてたまらなかった。けれど自分で前を触ろうとした手は、バッシュに掴まれてしまう。

「やだ、なんでっ……」
「もう一回イったら寝そうだからな、お前。さすがにここでお預けは辛いぞ」
「じゃあ早くして!」

 獰猛な笑みを浮かべたバッシュは、エリオットをしがみつかせたまま後ろへ倒れた。とにかくじっとしていられずに、エリオットは目の前の肩に歯を立てる。

「いてて……ったく、ルードかお前は」

 バッシュが小さなアルミの袋を破り、素早く準備を終えた。

「ほらエリオット。おれをファックしてくれ」

 耳元で囁かれる、甘い誘惑。

 いろいろとギリギリだったのが幸いして、エリオットは素直に腰を上げた。髪の毛一本分でも冷静だったなら、最後の最後で怖気づいていただろう。

 柔らかく熟れたひだに、薄い皮膜に覆われたバッシュの熱が触る。

 互いの体を共有する苦痛と、果てしない快感に、ふたりは同時に声を上げていた。

 いくら慣らしたとしても、いきなり最後までは入らない。それでもバッシュはリズムを覚えさせるように、浅いところをゆっくり行き来した。エリオットは拙く腰を揺すりながら、中にある彼の形をしっかり感じ取る。

 正直、もっとこう、感動みたいなものがあるかと思っていた。とんでもない大間違いだ。

 押し上げられたかと思えば沈み込む、嵐のような悦楽の中、汗ですべる互いの手を握りしめ、震える両足でバッシュの腰にしがみついて、繰り返される律動から振り落とされないようにするのが精いっぱい。

「んぅ、ぁ……あっ、ぁっ」

 にじんで揺れる視界で、バッシュの指が絡まる左手に、金の印章指輪が光っているのが見えた。

 過去にも、彼はだれかとこうしたことがあったんだろうか。この苦しくて、安らぎとは無縁の、ただ欲するままに相手をむさぼる行為を、それを許せるだけの相手と。

「大丈夫か?」

 荒い呼吸の合間に、腰を支えながらバッシュが問いかけて来る。ほかごとを考えていたのがバレたのかもしれない。

「へいき……」

 エリオットは震える膝で体を持ち上げ、落とす。いままでで一番、深いところまで飲み込んだ。じんっとしたしびれが、頭のてっぺんまで駆け抜ける。

「ああぁ……っ」

 尾を引くような声が漏れて、足の指がぎゅっと丸まった。

「クソッ──」

 狭い内奥に搾られ、バッシュが喉を晒して呻く。

 もっと欲しい。この瞬間、そしてこれから先、この男の全部を自分のものにしたい。

「ぁ、アニー……」
「つらいか?」
「ちがぅ……もっと……もっとして……」

 かすかに見開かれたヒスイカズラの瞳に、溢れ出る欲を見せつけてエリオットが動けば、バッシュの両手が双丘にかかり、激しい突き上げが始まった。

「あっ、うっ……あぁっ」

 ついに体を支えられなくなって覆いかぶさると、噛みつくようなキスで迎え入れられた。飽きることなく呼び続ける互いの名前や、言葉にならない甘やかな喘ぎは、誰にも聞かれることなく、それぞれの喉へと落ちていく。

「ゃ、あ、もう……イッ──」
「ん……」

 最後の瞬間は、バッシュの腕の中で迎えた。それは幸福な短い死にも似た陶酔で、エリオットは混ざり合う鼓動を聞きながら目を閉じた。
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