箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章

8.敵ではないけれど味方でも

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 会議が終わると、カニングハム公爵はさっと広間を出て行った。その他のメンバーたちも、蜘蛛の子を散らすように退散する。唯一、タウンゼント公爵だけがエリオットのもとへやって来て、「久しぶりに、楽しい会議だったよ」といった。

 そして、遊び飽きたおもちゃのように、退出するだれもが興味を失ったフォスター女伯爵が最後に残った。

「殿下……」

 彼女は、すねのあたりまであるスカートの裾が床につきそうなくらい、深く膝を曲げた。

 いつの間にかベイカーが傍に立っていて、エリオットは座ったままフォスター女伯爵を見上げる。

「勘違いしないでもらいたいのですが、あなたを守ったつもりはありません」
「けれど結果的に、わたくしの家を守ってくださいました」

 エリオットの庇護に感謝しているとしたら、大きな間違いだ。

「それは、あなたの姉が、そして甥が受け継ぐべきものだったはず」

 初めてフォスター女伯爵の口元に浮かんだ笑みが、色をなくして凍り付く。

「……家より男を選んだ姉です。わたくしは未来を奪われました」
「だから、自分が甥から奪うことも正当だと?」

 両親と、人生を。

「あの子は、十分わたくしに復讐していますわ。たちの悪い『友人』たちと付き合って……」
「欠けたものを埋めようとしているだけだ」

 言い募るフォスター女伯爵を、エリオットは遮った。

「あなたが奪ったものを返してやりたいけど、彼はそれを望まない。だからわたしは、この件を口外しません。わたしがあなたに求めることはただ一つ。彼がなにをしてどんな地位に就こうが、このまま彼を放っておいてください」

 お引き取りを、とベイカーが扉を示す。

 フォスター女伯爵は、なんとか事態を好転させるすべはないかと考えているようだった。秘密を知られているとはいえ、実質的にエリオットが彼女を擁護したのは事実だ。今後、ことあるごとにカニングハム公爵から捨て駒にされることが予想される以上、公爵に匹敵する後ろ盾がほしいのだろう。しかしエリオットが貝のように押し黙ったままいると、やがて説得を諦めて去って行った。

「……はぁ」

 端を揃えた紙の束を置いて、エリオットは深いため息をつく。

「お見事でした、殿下」

 カニングハム公爵の席に打ち捨てられた、繰上勅書と上申書の写しを丁寧にフォルダに収めたベイカーは笑顔だった。

「父さんとイェオリのおかげだよ」

 エドゥアルドが召喚状についてほのめかさなければ、そしてイェオリがなんでもない会話を貴族会の運営規定に結び付けなければ、こんなにうまく事は運ばなかった。

「MVPはイェオリだな」
「わたくしが、なにか?」

 目を上げると、フォスター女伯爵が出て行った扉から、イェオリの涼やかな顔がのぞいていた。広間の外で待っていてくれたらしい。

「イェオリ~」
「お疲れさまでした」

 あぁ、癒される。

 歩み寄ってきたイェオリは、片手を上げたエリオットとハイタッチをするフリをした。

「イェオリのお手柄って話」
「ありがとうございます。しかし、わたしが差し出口をせずとも、きっと殿下はうまく対処なさいましたよ」
「いやいや、まさか」

 エリオットは肩をすくめる。まだ椅子にふんぞり返っているのは、偉そうにしているわけじゃなく、気が抜けたついでに腰も抜けたからだった。手の感覚もないし両足もぷるぷるしていて、立ち上がったら生まれたての小鹿みたいになること請け合いだ。

 早く治れ~と念じながら、エリオットは両手をこすり合わせる。

「おれのこと買いかぶりすぎだと思う」
「いいえ」

 淡い微笑みを浮かべながら、反面、イェオリはきっぱりと否定した。

「以前、ピッツ女伯爵の読書会へおいでになったときのことを、覚えていらっしゃいますか?」
「キャロルと会ったときな」
「えぇ。殿下はわたしのために、子爵へ立ち向かってくださいました。あなたさまは、だれかのために強くあれる方だと、わたしは信じております」

 エリオットは両手で目をおさえ、テーブルに突っ伏した。

「……おれの侍従がまぶしい」
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