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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章

6.タヌキとキツネ

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「えー、では繰上勅書のほうですが……」

 エリオットとカニングハム公爵の一回戦が終了したと判断し、再び老眼鏡をかけたサザーランド伯爵は、次に書類に書かれていない事柄ではなく、書いてある部分について言及した。

「立会人として、オルブライト公爵がサインをされていますね。先代の公爵ですが」
「わたしの父が?」

 切れ長の目を瞬かせた青年へ、サザーランド伯爵は勅書の写しを差し出す。オルブライト公爵は、エドゥアルドのサインの上に書かれた筆跡をじっと見つめ、「間違いありませんね」と認めた。

「父が立会人を務めたことも初耳ですが」

 実はエリオットも、車の中でベイカーに教えられて初めて知った。というか、そもそも爵位の繰上げに公爵一名の立ち合いが必要なことも知らなかった。貴族の爵位は生涯制が暗黙の了解で、生前の継承はほとんど行われてこなかったし、この勅書が作成された場にエリオットはいなかったから仕方ないけれど。

 テーブルを滑るようにメンバーへ回された勅書を、最後に手にしたカニングハム公爵は、オルブライト公爵へ疑問を投げる。

「オルブライト公、父君がこんな重大な件に関わっていたと、聞いていないのかね」
「えぇ、残念ながら。父から話をお聞きになりたいのであれば、電話をしてみますか? 電波の繋がるところにいれば、ですが」

 エリオットが沈痛な表情を作ると、それに気付いたオルブライト公爵は咳払いをして椅子に座り直した。

「申し訳ありません、ヘインズ公爵。わたしの父は、母と一緒に世界一周旅行の最中なんです。いわゆる『早期退職』というやつで」

 なんだ、生きてんのか。

 天国に電波はないという、ブラックなジョークかと思った。

 エリオットはあっさり神妙な面持ちを保つのをやめた。逆にカニングハム公爵が、小指の印章指輪をさすりながら、この世の終わりとでもいいたげなため息をつく。

「嘆かわしい。我々が何世紀も受け継いできた貴族の責任と務めは、いつから軽々と若者へ投げ渡せるようになったのか」

 そんなもの、投げ渡された側に聞かれたって困る。
 エリオットは鼻じろんだが、盗み見たオルブライト公爵は困り顔のままだ。その横で、カニングハム公爵はさらに熱弁を振るった。

「爵位というものは、国王陛下から我々に与えられた信頼だ。扱いにはもっと慎重を期すべきではないか。我々は日々、社会への貢献を示すことで信頼に応えている。やむを得ず未成年が後継する場合に後見人がつくのは、それを不足なく継続するのに足る経験がないからだ」

 ことに公爵とは貴族の中でも果たすべき役割が大きく、責任は重い。社交界と距離を置いたり、父親が関わった文書についてすら知らない若者を、重鎮として扱うための飾りではない。

 この主張には、数名のメンバーが頷いた。自分たちは選ばれた階級の人間であり、中世から続く特権を、これからも維持していくべきだと信じているのだ。だから、婚姻に家柄を求めたりして、バジェット家とマクミラン家のような厄介な問題が持ち上がる。

 エリオットからすれば、その信頼を利用して行う「務め」とやらに、貴族会を私物化することを含んでいるのが、すでにバカらしい。

「レニー、きみの信条に配慮しなかったのは申し訳ないが」

 エリオットがうんざりしかけたとき、新たな発言者が現れた。サザーランド伯爵のひとつ向こうの席で、成り行きを眺めていたタウンゼント公爵だ。

「オルブライト公の繰上げに立ち会ったのはわたしだ。友の選択は歓迎するし、時代は変わる。若い者に未来を託すのも悪くないと思ってね」

 娘によく似た栗色の髪に似合う、グレーのストライプスーツを着たナイスミドルは、温厚そうな微笑みで同胞を痛烈に皮肉った。

「まぁ、わたしはもうしばらくこの地位に留まりたいかな。なんといっても、孫を優先で抱かせてもらえる」

 うわ、強烈。

 メンバーが笑い声を漏らすが、カニングハム公爵はぴくりと頬を震わせた。同年代の娘を持ちながら、王太子妃の座を掴めなかった賞レース脱落者には、この上ない嫌味だろう。

 そういうの、おれがいないところでやってくれないかな。

 もちろんミシェルはティアラのために送り込まれた刺客ではないし、タウンゼント公爵が娘の幸せを心から願う父親であることは知っているけれど、身内を権威のための道具のようにほのめかされると居心地が悪い。
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