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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章
4.執行部会
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現実のカニングハム公爵は、名前の印象のとおり気取り屋に見えた。
モノクルが似合いそうな鷲鼻が、気位の高さを象徴しているようだし、リストで見た写真と寸分たがわぬ整いすぎたブラウンの髪は、二週間に一度はハサミを入れているに違いない。けれど金に飽かして不摂生をするタイプではないようで、ダブルのスーツに包まれた体に中年太りの気配はなかった。
王宮にいくつもある広間のひとつ。貴族会執行部が、会議のたびに使う部屋に現れたエリオットを迎えて貴族たちが起立する中、最後に悠然と腰を上げた態度だけで、彼が執行部の中心となっているのはよく分かった。
目が合わないうちに視線を逸らしたエリオットは、舌が張り付きそうに渇いた喉で唾を飲み込む。先導するベイカーの足元だけを見つめて室内に足を踏み入れた。
一歩進むたびに意地悪な床板がきしみ、声高にエリオットの存在を主張する。
天板がつるつるとした大きな楕円のテーブルには、芸術的にアレンジされた花かごが三つ、等間隔に置かれている。その暖炉を背にした一番奥が、エリオットに用意された証言台だった。
両サイドに人が来ない席は、考えるまでもなくベイカーの根回しによるものだろう。席次的にも本日の主役という役割的にも中央に座るのがふさわしいのに、ぐるりと部屋を回り込むエリオットへの疑問は、テーブルを囲む貴族たちのフォーマルなスーツや首に巻かれたスカーフ、そして儀礼的な微笑みの下へ巧妙に隠されている。
それでも雄弁な視線を一身に受けるエリオットは、背中に嫌な汗がにじむのを感じた。ここでつまずこうものなら、子どもの頃の悪夢の再来だ。きょうは家に連れて帰ってくれるサイラスもいないというのに。
早足になりつつもなんとか足をもつれされることなく、自分の身長くらいある高い背もたれの椅子にたどり着くことに成功する。まずは一安心だ。
しかし、ベルベットのクッションを堪能するより先に、執行部代表のサザーランド伯爵からメンバー紹介が始まった。
エリオットを含めて公爵が四人、伯爵が三人、侯爵ふたりに子爵と男爵がひとりずつ。そして、テーブルから離れた壁際に、女性がひとり座っていた。喪服のような黒いアンサンブルを身につけ、膝の上できつく手を握っている。フォスター女伯爵だ。
エリオットはその白いおもてに、ナサニエルとの共通点を探そうとした。けれど彼女の表情は石像のように硬く凝っていて、友人の穏やかな表情とはまったく重ならなかった。唯一、菫色の瞳だけが彼女たちの血のつながりを示していたが、それも伏せられたままエリオットに向けられることはない。
その悲壮な双眸は、ここで自らの身にふりかかるであろう不幸を見つめているようだった。
「──それから、彼がオルブライト公爵です」
メンバーの名前を告げられるごと、自動人形のように頷いていたエリオットは、タウンゼント公爵──ミシェルの父親だ──の次に紹介されたオルブライト公爵を見て、つかの間フォスター女伯爵の存在を忘れた。そして、ベイカーが彼の動向を「読めない」といった理由も同時に理解する。
壮年の公爵ふたりに挟まれたオルブライト公爵は、どう高く見積もっても三十手前と思われる青年だったのだ。
親や祖父母ほど年代の違う貴族たちの中で、目をつけられず波風を立てないためには、自己主張をせず長いものに巻かれるのが最適な処世術なのかもしれない。しかしそれは裏を返せば、時流をよく読んで立ち回る賢さがあるということだ。エリオットはほかよりもほんの数秒長くブルネットの青年を見て頷いた。
最後に紹介されたカニングハム公爵が芝居がかったしぐさで会釈をし、さっそく会議が始まる。
序盤はほぼ予想通りの展開だった。テーブルに用意された報告書をもとに、サザーランド伯爵からもっともらしい説明がなされる。各委員会がヘインズ公爵を委員長に選出した当時から現在までの経過と、貴族会への召喚手続きにおいて一部に看過できない過失があったものの、委員長の不在が理由で、重大な事態に発展した事案はなかったという内容だ。
エリオットはテーブルの下で手袋をした両手を組み、貼りつくように背もたれに体を押し付けながらそれを聞いていた。少しサイズの大きな白手袋は、バッシュからの借り物。侍従はいつでも白手袋を携帯することが規則で決まっていて、それは仕事から直行してきたバッシュも例外ではない。一番の安定剤であるあの男をここへ持って来ることができないかわりに、エリオットはこれで両手を包み込んだ。
本当はいますぐ逃げ出したいけれど、この薄い白手袋が勇気をくれる。
そうしているうちに、サザーランド伯爵の長々とした言いわけが終わった。
「えー、つまり我々の意図しないこととはいえ、ヘインズ公に多大なご迷惑をおかけしたことにつきまして、寛大なるお心でお許しいただき、また今後もその役職にとどまっていただけるようお願い申し上げるために、本日はお招きした次第です」
「事情はよく分かりました。委員長不在のあいだも、貴族会の運営に停滞を生じさせなかったあなた方の努力に感謝します。しかし、わたしは立場上、貴族会の意思決定に直接関与する役割からは距離を置くべきだと考えています」
エリオットが打ち合わせ通りの発言をすると、フォスター女伯爵の対角線上の壁際に座ったベイカーが、「よくできました」というように頷いた。
同時に、メンバーたちが安堵するのが伝わって来る。ここで「では、要請通り委員長を続けます」などと言われたら、自分たちの権限が制限されてしまうからだ。
モノクルが似合いそうな鷲鼻が、気位の高さを象徴しているようだし、リストで見た写真と寸分たがわぬ整いすぎたブラウンの髪は、二週間に一度はハサミを入れているに違いない。けれど金に飽かして不摂生をするタイプではないようで、ダブルのスーツに包まれた体に中年太りの気配はなかった。
王宮にいくつもある広間のひとつ。貴族会執行部が、会議のたびに使う部屋に現れたエリオットを迎えて貴族たちが起立する中、最後に悠然と腰を上げた態度だけで、彼が執行部の中心となっているのはよく分かった。
目が合わないうちに視線を逸らしたエリオットは、舌が張り付きそうに渇いた喉で唾を飲み込む。先導するベイカーの足元だけを見つめて室内に足を踏み入れた。
一歩進むたびに意地悪な床板がきしみ、声高にエリオットの存在を主張する。
天板がつるつるとした大きな楕円のテーブルには、芸術的にアレンジされた花かごが三つ、等間隔に置かれている。その暖炉を背にした一番奥が、エリオットに用意された証言台だった。
両サイドに人が来ない席は、考えるまでもなくベイカーの根回しによるものだろう。席次的にも本日の主役という役割的にも中央に座るのがふさわしいのに、ぐるりと部屋を回り込むエリオットへの疑問は、テーブルを囲む貴族たちのフォーマルなスーツや首に巻かれたスカーフ、そして儀礼的な微笑みの下へ巧妙に隠されている。
それでも雄弁な視線を一身に受けるエリオットは、背中に嫌な汗がにじむのを感じた。ここでつまずこうものなら、子どもの頃の悪夢の再来だ。きょうは家に連れて帰ってくれるサイラスもいないというのに。
早足になりつつもなんとか足をもつれされることなく、自分の身長くらいある高い背もたれの椅子にたどり着くことに成功する。まずは一安心だ。
しかし、ベルベットのクッションを堪能するより先に、執行部代表のサザーランド伯爵からメンバー紹介が始まった。
エリオットを含めて公爵が四人、伯爵が三人、侯爵ふたりに子爵と男爵がひとりずつ。そして、テーブルから離れた壁際に、女性がひとり座っていた。喪服のような黒いアンサンブルを身につけ、膝の上できつく手を握っている。フォスター女伯爵だ。
エリオットはその白いおもてに、ナサニエルとの共通点を探そうとした。けれど彼女の表情は石像のように硬く凝っていて、友人の穏やかな表情とはまったく重ならなかった。唯一、菫色の瞳だけが彼女たちの血のつながりを示していたが、それも伏せられたままエリオットに向けられることはない。
その悲壮な双眸は、ここで自らの身にふりかかるであろう不幸を見つめているようだった。
「──それから、彼がオルブライト公爵です」
メンバーの名前を告げられるごと、自動人形のように頷いていたエリオットは、タウンゼント公爵──ミシェルの父親だ──の次に紹介されたオルブライト公爵を見て、つかの間フォスター女伯爵の存在を忘れた。そして、ベイカーが彼の動向を「読めない」といった理由も同時に理解する。
壮年の公爵ふたりに挟まれたオルブライト公爵は、どう高く見積もっても三十手前と思われる青年だったのだ。
親や祖父母ほど年代の違う貴族たちの中で、目をつけられず波風を立てないためには、自己主張をせず長いものに巻かれるのが最適な処世術なのかもしれない。しかしそれは裏を返せば、時流をよく読んで立ち回る賢さがあるということだ。エリオットはほかよりもほんの数秒長くブルネットの青年を見て頷いた。
最後に紹介されたカニングハム公爵が芝居がかったしぐさで会釈をし、さっそく会議が始まる。
序盤はほぼ予想通りの展開だった。テーブルに用意された報告書をもとに、サザーランド伯爵からもっともらしい説明がなされる。各委員会がヘインズ公爵を委員長に選出した当時から現在までの経過と、貴族会への召喚手続きにおいて一部に看過できない過失があったものの、委員長の不在が理由で、重大な事態に発展した事案はなかったという内容だ。
エリオットはテーブルの下で手袋をした両手を組み、貼りつくように背もたれに体を押し付けながらそれを聞いていた。少しサイズの大きな白手袋は、バッシュからの借り物。侍従はいつでも白手袋を携帯することが規則で決まっていて、それは仕事から直行してきたバッシュも例外ではない。一番の安定剤であるあの男をここへ持って来ることができないかわりに、エリオットはこれで両手を包み込んだ。
本当はいますぐ逃げ出したいけれど、この薄い白手袋が勇気をくれる。
そうしているうちに、サザーランド伯爵の長々とした言いわけが終わった。
「えー、つまり我々の意図しないこととはいえ、ヘインズ公に多大なご迷惑をおかけしたことにつきまして、寛大なるお心でお許しいただき、また今後もその役職にとどまっていただけるようお願い申し上げるために、本日はお招きした次第です」
「事情はよく分かりました。委員長不在のあいだも、貴族会の運営に停滞を生じさせなかったあなた方の努力に感謝します。しかし、わたしは立場上、貴族会の意思決定に直接関与する役割からは距離を置くべきだと考えています」
エリオットが打ち合わせ通りの発言をすると、フォスター女伯爵の対角線上の壁際に座ったベイカーが、「よくできました」というように頷いた。
同時に、メンバーたちが安堵するのが伝わって来る。ここで「では、要請通り委員長を続けます」などと言われたら、自分たちの権限が制限されてしまうからだ。
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