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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第三章

1.戦闘用意

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「ごきげんよう、殿下」

 エリオットのスタイリストとなったブランシェールは、成婚の儀の朝や工房で会った日と同じ、やや高めのテンションでカルバートンへやって来た。どんな場でも変わらない人物がいるというのは、思った以上にほっとすることをエリオットは発見した。おかげで、自分がどれほど緊張しているのかも分かる。

 ブランシェールの初仕事は、王宮で開かれる貴族会の執行部会に出席するためのスーツ選びだった。

「サヴィル・ロウからの直送品ですよ」

 エリオットのワードローブが収められている衣裳部屋で吊るした衣装袋を開けるのは、頼れるお針子のメルだ。

 靴を履くためのスツールに腰かけて、エリオットは首を傾げた。

「あなたの工房のじゃないのか?」
「わたしも、己の分はわきまえてますからね。貴族というのは、伝統や格式が大好きでしょう」
「おれの家族も、それで生活している」
「失礼。つまりわたしが申し上げたかったのは──」
「新進気鋭の工房より、チャーチルの服を作ったテーラーのほうが、ハッタリが効く」
「そのとおりです」

 取り出されたのは、色の濃いネイビーのスーツだ。ストライプやチェックといった柄ものではないが、生地に上品な光沢がある。

「オーダーはちょっと時間が足りませんでしたので、以前お作りした衣装のサイズを元に、最も近いものを取り寄せました」

 同席するロダスとフランツが、満足そうな視線を交わし合った。どうやら合格らしいが、エリオットにはどのあたりがいいのかよく分からない。

「スーツの良し悪しは、装飾や柄ではなくサイズです。どんなセンスのいい色や生地を使って仕立てても、サイズが合わなければ途端に野暮ったくなりますよ」

 そのまま顔に出ていたらしいエリオットに、ブランシェールが講義してくれた。
 いいお手本があるじゃないですか、とロダスを手招いて側に立たせると、くるりと背中を向けさせる。

「まず、背中にシワが出ないこと。それから肩に無駄なゆとりがないこと。姿勢が良ければ、それだけで張りが出て美しい後ろ姿になります」

 姿勢が良ければ、ね。

 選帝侯の衣装のフィッテングでも、散々注意されたところだ。

「現在はスリムなシルエットがスタンダードですが、ボタンを留めたときにシワが寄らないのが、ジャケットとベストのジャストサイズです」

 こんな風に、と反転させたロダスのベストをブランシェールの指先がなぞる。

「他にも袖やウエストなど色々とありますが、侍従の方のスーツが色味的に地味でもサマになるのは、そういったポイントをおさえて自分に合ったサイズを身につけているからです」
「へぇ」
「ですから、殿下のスーツに余計な装飾は必要ありません。素材とサイズで勝負です」

 その素材とは生地のことなのか、それとも中身のエリオットを指しているのか。
 だとしたら勝負にならないと思う、とエリオットはこっそり心内で呟き、そんなことはお構いなしのブランシェールは「ご協力どうも」と、ロダスに向かって芝居がかった一礼をした。

「では侍従の方、シャツと靴を選ぶので、あるだけ並べていただけますか? シャツは白の無地で襟が丸くないものを。靴は黒でお願いします」

 ふたりは即座に動き出す。

 ブルーは卒業か?

 疑念を込めたエリオットの視線を正しく読み取ったブランシェールは、メルが差し出した小ぶりの箱を開けて見せる。丁寧に巻かれた、パステルブルーのネクタイだった。

「……シャツの襟が丸くないのは?」
「いつものラウンドカラーもお似合いですが、今回の殿下に求められるのは、穏やかさより自信とスマートさではないかと」

 エリオットに著しく欠ける要素だ。

 ものの数分で見本市のようになったシャツと靴を吟味するブランシェールを、エリオットは組んだ膝に頬杖をついて眺めた。

 楽しく仕事をするっていいな、と思う。仕事の中に楽しさを見出すことはあるかもしれないが、仕事を選ぶ自由がエリオットにはないからだ。それが王子として生きるということだし、安全なフラットを出ることを決めたのも自分自身なのだけれど。

「それでは殿下、いくつか合わせて行きましょうか」

 さほど時間をかけず、シャツと靴を数点ずつ選び出したブランシェールに呼ばれ、重い腰を上げた。今回は衝立がないので、ウォークインクローゼットがそのまま試着室になる。エリオットはスーツと数枚のシャツを抱えて扉を閉めると、大きなため息をついた。
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