216 / 334
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章
10.侍従は何でも知っている
しおりを挟む
「十分で首相との謁見です、陛下」
ランディハム女史が戸口から告げる。
もうそんな時間か。
床に伏せていたルードに声をかけて立ち上がったエリオットに、「途中まで一緒に行こう」とエドゥアルドも腰を上げた。
「貴族会に出席するというのは本当か? もめていると聞いて母さんも心配している」
「もめてるんじゃないよ。これからもめる予定ってだけで」
笑うべきか心配するべきか迷っているエドゥアルドへ、エリオットはこれまでの経緯と執行部会に呼ばれたことを簡単に説明した。きっかけとなったキャロルのことは抜きで。
「委員長のことは、父さんも知らなかった?」
「残念ながら、わたしのところまで回って来るような貴族会の文書は、執行部代表者のサインしかない」
「そこの代表だけは別のひとにしてたってことか」
完全な計画的犯行だ。
執務室から出て女史の机がある前室を通り抜けながら、エドゥアルドは憂いの深そうな目でエリオットを見る。
「おじいさまと話しは?」
「したよ」
マイルズには、すでに電話をしている。引退してからあまり貴族たちに目を光らせていなかったことを謝られたが、本来ならエリオットが自分で監視していなければいけなかったことなので、祖父を責めることはできない。
「あそこは小さいけど厄介な、もうひとつの政府みたいなものだっていってた」
「そう。議会と同じく、わたしは直接関与できない厄介な場所だ」
国王と王妃は貴族ではないから、彼らの意思決定機関である貴族会に口を出すことができない。公爵の称号を持つサイラスも、立太子と同時に貴族会での発言権を放棄している。ミシェルも王太子妃として戴冠したときに。つまり現在のところ、家族の中で貴族会に参加し発言できるのはエリオットしかいなかった。
最後まで岩のように生真面目な表情を崩さない秘書に見送られて廊下に出ると、警護官ふたりと侍従がひとり加わり、ちょっとした集団ができる。エドゥアルドは警護官を先に歩かせ、エリオットが好きなだけ距離を取れるようにしてくれた。
「せめて、オブザーバーとして、わたしも出席できればよかったんだが」
エドゥアルドがいる前では、貴族たちも下手なことは言えないだろう。一瞬、自分のうしろからにらみを利かせる父親の姿を想像してみて、エリオットはすぐにその考えを捨てる。
父兄参観かよ。
「ベイカーが同席してくれるから、最悪なことにはならないと思う」
「それは心強い」
エドゥアルドは最後尾を歩くベイカーを振り返った。
「ベイカー、息子はどうかな」
「はい、陛下。才気に恵まれて思慮深く、周囲の者への愛情もお持ちになる、素晴らしいご子息です。少々こだわりが強くていらっしゃるところも、わたくしが初めてお仕えした、お若いころの陛下を思い出します」
「わたしは頑固だったか?」
「ヘインズ公爵家のお茶会で王妃陛下に一目惚れなさって、ほかの方に隣の席をお譲りにならなかったり、お誕生日の贈り物をどうしても直接お渡しになると仰って、王妃陛下の通われる大学へお忍びでいらしたこともありましたね」
どっちも侍従がたしなめたり止めたりしただろうことは、容易に想像できる。
どれだけ母さんにベタ惚れだったんだ。
自分は絶対に、比べられるほど頑固じゃない。
「記憶力も健在でなによりだ。今後も息子をよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
生き字引って恐ろしいな。
別れ際にもう一度ルードを撫で、「大人しくて賢い子だ」と絶賛したエドゥアルドは、なぞかけでもするようにこういった。
「文書室の召喚状だが、なぜ三年も見つけられなかったんだろうね?」
角を曲がる背中が見えなくなるまでそこにいたエリオットは、首を回してベイカーを見る。
「……いまの、どういう意味だと思う?」
「分かりかねますが、おそらく重要なことかと」
「だよな」
ヒントのつもりなら、もっと分かりやすくいってほしい。
自分は百戦錬磨かもしれないけど、こっちは初心者なんだからさ。
ランディハム女史が戸口から告げる。
もうそんな時間か。
床に伏せていたルードに声をかけて立ち上がったエリオットに、「途中まで一緒に行こう」とエドゥアルドも腰を上げた。
「貴族会に出席するというのは本当か? もめていると聞いて母さんも心配している」
「もめてるんじゃないよ。これからもめる予定ってだけで」
笑うべきか心配するべきか迷っているエドゥアルドへ、エリオットはこれまでの経緯と執行部会に呼ばれたことを簡単に説明した。きっかけとなったキャロルのことは抜きで。
「委員長のことは、父さんも知らなかった?」
「残念ながら、わたしのところまで回って来るような貴族会の文書は、執行部代表者のサインしかない」
「そこの代表だけは別のひとにしてたってことか」
完全な計画的犯行だ。
執務室から出て女史の机がある前室を通り抜けながら、エドゥアルドは憂いの深そうな目でエリオットを見る。
「おじいさまと話しは?」
「したよ」
マイルズには、すでに電話をしている。引退してからあまり貴族たちに目を光らせていなかったことを謝られたが、本来ならエリオットが自分で監視していなければいけなかったことなので、祖父を責めることはできない。
「あそこは小さいけど厄介な、もうひとつの政府みたいなものだっていってた」
「そう。議会と同じく、わたしは直接関与できない厄介な場所だ」
国王と王妃は貴族ではないから、彼らの意思決定機関である貴族会に口を出すことができない。公爵の称号を持つサイラスも、立太子と同時に貴族会での発言権を放棄している。ミシェルも王太子妃として戴冠したときに。つまり現在のところ、家族の中で貴族会に参加し発言できるのはエリオットしかいなかった。
最後まで岩のように生真面目な表情を崩さない秘書に見送られて廊下に出ると、警護官ふたりと侍従がひとり加わり、ちょっとした集団ができる。エドゥアルドは警護官を先に歩かせ、エリオットが好きなだけ距離を取れるようにしてくれた。
「せめて、オブザーバーとして、わたしも出席できればよかったんだが」
エドゥアルドがいる前では、貴族たちも下手なことは言えないだろう。一瞬、自分のうしろからにらみを利かせる父親の姿を想像してみて、エリオットはすぐにその考えを捨てる。
父兄参観かよ。
「ベイカーが同席してくれるから、最悪なことにはならないと思う」
「それは心強い」
エドゥアルドは最後尾を歩くベイカーを振り返った。
「ベイカー、息子はどうかな」
「はい、陛下。才気に恵まれて思慮深く、周囲の者への愛情もお持ちになる、素晴らしいご子息です。少々こだわりが強くていらっしゃるところも、わたくしが初めてお仕えした、お若いころの陛下を思い出します」
「わたしは頑固だったか?」
「ヘインズ公爵家のお茶会で王妃陛下に一目惚れなさって、ほかの方に隣の席をお譲りにならなかったり、お誕生日の贈り物をどうしても直接お渡しになると仰って、王妃陛下の通われる大学へお忍びでいらしたこともありましたね」
どっちも侍従がたしなめたり止めたりしただろうことは、容易に想像できる。
どれだけ母さんにベタ惚れだったんだ。
自分は絶対に、比べられるほど頑固じゃない。
「記憶力も健在でなによりだ。今後も息子をよろしく頼むよ」
「かしこまりました」
生き字引って恐ろしいな。
別れ際にもう一度ルードを撫で、「大人しくて賢い子だ」と絶賛したエドゥアルドは、なぞかけでもするようにこういった。
「文書室の召喚状だが、なぜ三年も見つけられなかったんだろうね?」
角を曲がる背中が見えなくなるまでそこにいたエリオットは、首を回してベイカーを見る。
「……いまの、どういう意味だと思う?」
「分かりかねますが、おそらく重要なことかと」
「だよな」
ヒントのつもりなら、もっと分かりやすくいってほしい。
自分は百戦錬磨かもしれないけど、こっちは初心者なんだからさ。
27
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。




【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる