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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章
9.自由なようで
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「……記者発表?」
不穏な単語だ。
「わたしたちの活動は積極的に公表し、国民の理解と支持を得る必要がある。ロイヤルファンドの立ち上げ時には、記者を集めて会見するのが通例だ」
「それ……おれが記者に向かってしゃべるの?」
会見室でフラッシュを浴びる想像だけで及び腰になるエリオットに、エドゥアルドは息子の非社会性を思い出したらしい。咳払いと一緒に「もちろん」と言葉を継ぐ。
「他に方法はある。ファンドのとりまとめ役に任せるとか、サイラスがコメントを出したときのように、王宮の広報官を通すとかね」
「……ちょっと考えさせてもらえる?」
年内いっぱいくらい、と心の中で付け加える。
なにせファンドのとりまとめ役すら決まっていないのだ。ずっと前から候補はいるが、いまのままでは彼が受けてくれる可能性はほぼない。
しかしエリオットは、その懸念とは別のことを口にした。
「ラスのコメントって言えば、側近の登用について読んだんだけど」
「あぁ、侍従武官の?」
「そう。なんていうか、けっこう……率直だったよね」
エドゥアルドは肩を揺らすようにして笑う。足を組み替え、膝の上で手を組んだ。
武官を側近に任命した件についてサイラスが発表したコメントは、リバーハウスに行って以来、記者に質問される機会がなかったので実のところすっかり忘れていて、エリオットが読んだのはつい最近だ。
冒頭で側近の人事は議会の承認を得ており、法律的な問題はないと明確にしたあとは、家族での食事のあとエリオットに語ったこととおおむね同じだった。もう少し国民向けに言葉は選んでいたけれど、最後にはエドゥアルドに後悔をほのめかした一文もしっかり存在していた。
「『新たな視点を得る場へ、わたしを送り出してくれた国王に感謝しています』って、微妙に嫌味じゃない?」
「従軍経験のないわたしへの?」
それを、古い視点だと批判しているようにもとれる。エドゥアルドは気にしていないようだから、エリオットがうがった見方をしているだけで、言葉通りの意味しかないのかもしれないけれど。
侍従がまとめた世論の反応は上々で、どの新聞もニュース番組も、既存の慣例を廃し新しい王室像を示そうとするサイラスを歓迎していた。一部に根深い疑念を抱く保守派は残るだろうが、彼らの論調も「軍事を掌握してクーデターを企てる危険分子」から「正論に酔う理想家」くらいに変わってきている。サイラスを攻撃しすぎると、彼が掲げた「王室が平等に関わるべき国民」に、軍人は含まれないと主張しているように見えるからだ。
体験談で国民の支持を集めながら、人権を盾に反対派も押さえ込んでみせたサイラスの手腕は見事といえるだろう。
「ラスって、セールスマンか、でなきゃ詐欺師にでも転職できるんじゃないかと思う」
「詐欺師か。たしかにサイラスは演説上手だ。しかし考えてみれば、わたしたちは国と王室をPRするセールスマンともいえるかもしれないぞ?」
国内外問わず、愛想と伝統と権威を駆使して働くセールスマンか。
「でも、映画のお約束の話まで入れるのは余計だよ」
エリオットは鼻にしわを寄せる。初めてカルバートンの廊下を爆走する掃除機と対面した、ルードのような顔。
「お前が『死亡フラグ』といったくだりかい?」
まさか自分の発言がジョークとして盛り込まれるとは思わなかった。話の掴みとしてはいいかもしれないけれど、王太子の声明としては砕けすぎじゃないか。
エドゥアルドは目を細め、退屈してエリオットの手を甘噛みするルードに目を落とした。あわよくば自分も仲間に入りたいと思っていそうな様子だ。
犬好きは遺伝だな。
妻と瓜二つの瞳で己を見るエリオットに軽く咳払いして、エドゥアルドはいった。
「サイラスは王太子だが、それ以前にいち個人だ。他者を侮辱したり傷つけるものではない発言は、当然ながら容認される」
それから、政見を述べるものでない限りは。
エリオットがフェリシアに似ている分、サイラスは父親からその造作の多くを受け継いでいる。口にする言葉もよく似ているとエリオットは思ったが、エドゥアルドの口調には兄の聞く者に問うような鋭さより、訴えるような柔らかさがあった。
それが重ねた経験や年齢によるものなのか、目指すあり方の違いなのかは分からないけれど、彼らが自分の言葉に自信と責任をもっていることについては共通している。エリオットにも、それを求められる場が近付いていた。
不穏な単語だ。
「わたしたちの活動は積極的に公表し、国民の理解と支持を得る必要がある。ロイヤルファンドの立ち上げ時には、記者を集めて会見するのが通例だ」
「それ……おれが記者に向かってしゃべるの?」
会見室でフラッシュを浴びる想像だけで及び腰になるエリオットに、エドゥアルドは息子の非社会性を思い出したらしい。咳払いと一緒に「もちろん」と言葉を継ぐ。
「他に方法はある。ファンドのとりまとめ役に任せるとか、サイラスがコメントを出したときのように、王宮の広報官を通すとかね」
「……ちょっと考えさせてもらえる?」
年内いっぱいくらい、と心の中で付け加える。
なにせファンドのとりまとめ役すら決まっていないのだ。ずっと前から候補はいるが、いまのままでは彼が受けてくれる可能性はほぼない。
しかしエリオットは、その懸念とは別のことを口にした。
「ラスのコメントって言えば、側近の登用について読んだんだけど」
「あぁ、侍従武官の?」
「そう。なんていうか、けっこう……率直だったよね」
エドゥアルドは肩を揺らすようにして笑う。足を組み替え、膝の上で手を組んだ。
武官を側近に任命した件についてサイラスが発表したコメントは、リバーハウスに行って以来、記者に質問される機会がなかったので実のところすっかり忘れていて、エリオットが読んだのはつい最近だ。
冒頭で側近の人事は議会の承認を得ており、法律的な問題はないと明確にしたあとは、家族での食事のあとエリオットに語ったこととおおむね同じだった。もう少し国民向けに言葉は選んでいたけれど、最後にはエドゥアルドに後悔をほのめかした一文もしっかり存在していた。
「『新たな視点を得る場へ、わたしを送り出してくれた国王に感謝しています』って、微妙に嫌味じゃない?」
「従軍経験のないわたしへの?」
それを、古い視点だと批判しているようにもとれる。エドゥアルドは気にしていないようだから、エリオットがうがった見方をしているだけで、言葉通りの意味しかないのかもしれないけれど。
侍従がまとめた世論の反応は上々で、どの新聞もニュース番組も、既存の慣例を廃し新しい王室像を示そうとするサイラスを歓迎していた。一部に根深い疑念を抱く保守派は残るだろうが、彼らの論調も「軍事を掌握してクーデターを企てる危険分子」から「正論に酔う理想家」くらいに変わってきている。サイラスを攻撃しすぎると、彼が掲げた「王室が平等に関わるべき国民」に、軍人は含まれないと主張しているように見えるからだ。
体験談で国民の支持を集めながら、人権を盾に反対派も押さえ込んでみせたサイラスの手腕は見事といえるだろう。
「ラスって、セールスマンか、でなきゃ詐欺師にでも転職できるんじゃないかと思う」
「詐欺師か。たしかにサイラスは演説上手だ。しかし考えてみれば、わたしたちは国と王室をPRするセールスマンともいえるかもしれないぞ?」
国内外問わず、愛想と伝統と権威を駆使して働くセールスマンか。
「でも、映画のお約束の話まで入れるのは余計だよ」
エリオットは鼻にしわを寄せる。初めてカルバートンの廊下を爆走する掃除機と対面した、ルードのような顔。
「お前が『死亡フラグ』といったくだりかい?」
まさか自分の発言がジョークとして盛り込まれるとは思わなかった。話の掴みとしてはいいかもしれないけれど、王太子の声明としては砕けすぎじゃないか。
エドゥアルドは目を細め、退屈してエリオットの手を甘噛みするルードに目を落とした。あわよくば自分も仲間に入りたいと思っていそうな様子だ。
犬好きは遺伝だな。
妻と瓜二つの瞳で己を見るエリオットに軽く咳払いして、エドゥアルドはいった。
「サイラスは王太子だが、それ以前にいち個人だ。他者を侮辱したり傷つけるものではない発言は、当然ながら容認される」
それから、政見を述べるものでない限りは。
エリオットがフェリシアに似ている分、サイラスは父親からその造作の多くを受け継いでいる。口にする言葉もよく似ているとエリオットは思ったが、エドゥアルドの口調には兄の聞く者に問うような鋭さより、訴えるような柔らかさがあった。
それが重ねた経験や年齢によるものなのか、目指すあり方の違いなのかは分からないけれど、彼らが自分の言葉に自信と責任をもっていることについては共通している。エリオットにも、それを求められる場が近付いていた。
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