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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章
8.面接に来たわけでは…
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国王エドゥアルドの秘書、ランディハム女史はベイカーと同年代に見えた。鎧をまとうように細身の体をツイードのスーツで固め、見事な白髪をシニヨンに結っている。赤いフレームの眼鏡はサイドがやや上がっていて、国王執務室の守護者としての厳格さを周囲に訴えていた。
なんとなく、「プラダを着た悪魔」を思い出した。
現れたエリオットにコマ送りできそうなほどきっちりと礼をした彼女は、その後ろから現れたルードに目を剥いた。
「まぁ、なんですその犬は」
「殿下がお飼いになっている、ピレニアン・マウンテンドッグのルードです」
同行したベイカーが告げるが、ランディハム女史は顎にしわを寄せた。
「それは存じております。なぜここへ? ここは国王陛下の執務室ですよ」
なるほど。ゲリラさえ叱りつけるだろうとサイラスに評された秘書には、ペットの持ち込みなど論外らしい。
ハーネスを付けたルードが窺うようにエリオットを見上げたとき、秘書室の奥の扉が開いた。
「あぁ、エリオット。時間通りだな。そろそろ来るころかと思ってね」
「父さん」
ひょっこり顔を出したのは、エリオットの父であり執務室の主であるエドゥアルドそのひとだった。秘書室の騒ぎが聞こえたわけではなく、ドアのところで息子の来訪を待ちわびていたらしい。
「そちらがルードか? 実物を見ると大きいね」
「陛下!」
いや、もしかすると息子よりそのペットを。
「モリー、息子にルードを連れて来るよう頼んだのはわたしだ。話題になっているようだから、会ってみたくてね」
「でしたら、事前に仰っていただかなくては」
「それはすまなかった。ゲスト用の入館証は必要かな?」
「いいえ、けっこうです」
その場にしゃがんでルードを手招きながら、エドゥアルドはランディハム女史の小言を鷹揚に受け流し、エリオットにウィンクしてみせた。
秘書の監視のもとルードとのグリーティングを楽しんだエドゥアルドは、エリオットたちを執務室へ通してソファを薦めた。エリオットがシルクのクッションに腰を下ろすと、ルードはぴったりと寄り添って膝に顎をのせる。どうも彼はこの姿勢が一番好きらしい。
以前訪れたときと同じように、大きな窓から自然光が入る執務室は明るかった。ベイカーが控えるドアの近くにソファーセットがあって、その奥に要塞のような執務机が鎮座している。背後の壁にはシルヴァーナの初代国王、アレクサンドル女王の肖像画が掲げられていた。エリオットは王笏と宝珠を手に玉座につく若き女王──しかし彼女が王として即位したのは四十代だったといわれている。創作もいいところだ──から、その子孫である父親に目を向けた。
善良が服を着ていると揶揄されるエドゥアルドは、女王と同じ見事なブロンドをなでつけ、いかめしくなりそうな四角い顔にはおおらかな笑みが浮かんでいる。
「えっと……ファンドの方向性を決めたんだ。その、まだ詳細とかはこれからなんだけど。ベイカーが、父さんに話したほうがいいって。だから……」
エリオットはゆらゆらと両手の指を動かしながら言い、最終的にルードの頭を撫でることで自分を落ち着かせた。
「動物と自然の保護をメインに活動しようと思ってる」
「なるほど」
低いテーブルを挟んで正面に座ったエドゥアルドは、肘掛けにもたれて嬉しそうに目を細めた。
「ここ数代、手薄になっていた活動だ。喜ぶひとが大勢いるだろう。ルードを飼ったことが決め手かな?」
「人間の勝手で、振り回される動物がいなくなればいいなと思って」
「いいだろう。植物のほうは? たしかいま、花の論文を書いていると聞いているよ」
「うん。デファイリア・グレイっていう名前で、ちょっと珍しい花なんだ。ロシアとかアジアとかに生息してる高山植物なんだけど、乾いてると白色なのに水に濡れると花びらが透き通って見えるんだよ。ヘインズの家にいたときから、こっちの気温でも咲くように改良してた。それを栽培種として登録することになってる」
「そうか、すごいじゃないか。あぁ、母さんが花束をもらったと喜んでいたな。あれは自分で育てたんだって?」
「前住んでたフラットの屋上で、庭を造ってたから。母さんにあげたのは、フラットの屋上で育ててたラベンダーと……あ、まあ、発展途上国とか貧困層の医療支援とかに比べたら、そんなに重要じゃないかもしれないけど」
オタクみたいにしゃべりすぎた。
尻すぼみになるエリオットに、エドゥアルドは笑い皺を深くする。
「動物や植物が、人間の後回しにされていい理由はない。どれも、我々が手分けをして関わっていく必要のあることに変わりないだろう。ただ、もう少し具体的に対象を絞ったほうがいいかもしれないな」
「具体的に?」
「保護活動の対象が絶滅危惧種なのか、犬や猫なのかで活動の規模は大きく変わるだろう?」
それはそうだ。植物の保護だって、研究のために温室をひとつ作るのと、ビアトリクス・ポターみたいに地方の土地を丸ごと買い上げるのではわけが違う。
「記者発表でも、なるべく具体的に話をしたほうが質問が少なくてすむ」
なんとなく、「プラダを着た悪魔」を思い出した。
現れたエリオットにコマ送りできそうなほどきっちりと礼をした彼女は、その後ろから現れたルードに目を剥いた。
「まぁ、なんですその犬は」
「殿下がお飼いになっている、ピレニアン・マウンテンドッグのルードです」
同行したベイカーが告げるが、ランディハム女史は顎にしわを寄せた。
「それは存じております。なぜここへ? ここは国王陛下の執務室ですよ」
なるほど。ゲリラさえ叱りつけるだろうとサイラスに評された秘書には、ペットの持ち込みなど論外らしい。
ハーネスを付けたルードが窺うようにエリオットを見上げたとき、秘書室の奥の扉が開いた。
「あぁ、エリオット。時間通りだな。そろそろ来るころかと思ってね」
「父さん」
ひょっこり顔を出したのは、エリオットの父であり執務室の主であるエドゥアルドそのひとだった。秘書室の騒ぎが聞こえたわけではなく、ドアのところで息子の来訪を待ちわびていたらしい。
「そちらがルードか? 実物を見ると大きいね」
「陛下!」
いや、もしかすると息子よりそのペットを。
「モリー、息子にルードを連れて来るよう頼んだのはわたしだ。話題になっているようだから、会ってみたくてね」
「でしたら、事前に仰っていただかなくては」
「それはすまなかった。ゲスト用の入館証は必要かな?」
「いいえ、けっこうです」
その場にしゃがんでルードを手招きながら、エドゥアルドはランディハム女史の小言を鷹揚に受け流し、エリオットにウィンクしてみせた。
秘書の監視のもとルードとのグリーティングを楽しんだエドゥアルドは、エリオットたちを執務室へ通してソファを薦めた。エリオットがシルクのクッションに腰を下ろすと、ルードはぴったりと寄り添って膝に顎をのせる。どうも彼はこの姿勢が一番好きらしい。
以前訪れたときと同じように、大きな窓から自然光が入る執務室は明るかった。ベイカーが控えるドアの近くにソファーセットがあって、その奥に要塞のような執務机が鎮座している。背後の壁にはシルヴァーナの初代国王、アレクサンドル女王の肖像画が掲げられていた。エリオットは王笏と宝珠を手に玉座につく若き女王──しかし彼女が王として即位したのは四十代だったといわれている。創作もいいところだ──から、その子孫である父親に目を向けた。
善良が服を着ていると揶揄されるエドゥアルドは、女王と同じ見事なブロンドをなでつけ、いかめしくなりそうな四角い顔にはおおらかな笑みが浮かんでいる。
「えっと……ファンドの方向性を決めたんだ。その、まだ詳細とかはこれからなんだけど。ベイカーが、父さんに話したほうがいいって。だから……」
エリオットはゆらゆらと両手の指を動かしながら言い、最終的にルードの頭を撫でることで自分を落ち着かせた。
「動物と自然の保護をメインに活動しようと思ってる」
「なるほど」
低いテーブルを挟んで正面に座ったエドゥアルドは、肘掛けにもたれて嬉しそうに目を細めた。
「ここ数代、手薄になっていた活動だ。喜ぶひとが大勢いるだろう。ルードを飼ったことが決め手かな?」
「人間の勝手で、振り回される動物がいなくなればいいなと思って」
「いいだろう。植物のほうは? たしかいま、花の論文を書いていると聞いているよ」
「うん。デファイリア・グレイっていう名前で、ちょっと珍しい花なんだ。ロシアとかアジアとかに生息してる高山植物なんだけど、乾いてると白色なのに水に濡れると花びらが透き通って見えるんだよ。ヘインズの家にいたときから、こっちの気温でも咲くように改良してた。それを栽培種として登録することになってる」
「そうか、すごいじゃないか。あぁ、母さんが花束をもらったと喜んでいたな。あれは自分で育てたんだって?」
「前住んでたフラットの屋上で、庭を造ってたから。母さんにあげたのは、フラットの屋上で育ててたラベンダーと……あ、まあ、発展途上国とか貧困層の医療支援とかに比べたら、そんなに重要じゃないかもしれないけど」
オタクみたいにしゃべりすぎた。
尻すぼみになるエリオットに、エドゥアルドは笑い皺を深くする。
「動物や植物が、人間の後回しにされていい理由はない。どれも、我々が手分けをして関わっていく必要のあることに変わりないだろう。ただ、もう少し具体的に対象を絞ったほうがいいかもしれないな」
「具体的に?」
「保護活動の対象が絶滅危惧種なのか、犬や猫なのかで活動の規模は大きく変わるだろう?」
それはそうだ。植物の保護だって、研究のために温室をひとつ作るのと、ビアトリクス・ポターみたいに地方の土地を丸ごと買い上げるのではわけが違う。
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