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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章
7.バッシュ
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「悲しいか?」
手を止めることなく、バッシュが問う。エリオットは首を振った。目頭がにじんできて、慌てて瞬きをする。
「悔しい」
思い返せば、エリオットはずっとナサニエルに頼って来た。ヘインズ家の屋敷から外へ出られたのは、彼が「うちに遊びに来なよ」と誘ってくれたからだし、ふさぎ込むくせのあるエリオットを、いつだって笑いながら励ましてくれた。バッシュとのことだってそうだ。
彼がいなければ、引きこもりの公爵と侍従という関係で終わっていた。だからこそ、ナサニエルのことは大事な友人だと思っていた。
でもナサニエルは、エリオットの助けが必要だったことなど一度もない。
「傲慢だって分かってるし、自業自得だよ。ニールが話さないのに甘えて、自分からぜんぜん知ろうとしてこなかったし、いつも自分のことばっかり聞いてもらってた。でもさ」
悔しいのだ。どうしたって。
「……前から思っていたが、お前はなんというか、感情の消化に時間のかかるやつだな」
心の内を吐き出すエリオットに対するバッシュの反応は、やや空気を読まないものだった。
「とろくて悪かったな」
低く唸ると、彼は柔らかいじゅうたんに座り込んでエリオットに向き合った。バスタオルがベールのように顔を覆っているから、バッシュの形のいい鼻梁やプライドの高そうな頬骨、そしていつまでも見飽きない瞳がエリオットの視界のすべてになった。
「負の感情にも、逃げずにちゃんと向き合ってるってことだ。反発や言いわけで目をそらしたり、気付かなかったことにもできるのに、そうしない。お前は勇敢だ」
溜め込んで自家中毒ぎみになるのは考えものだけどな、とバッシュは眉を下げて苦笑した。
胡坐をかいた膝がエリオットのすねにくっつきそうなほど近付いて、バッシュが両手を上に向ける。長い指を備えた分厚い掌に、迷わず自分の手を重ねた。
甲に薄く浮いた血管を親指でなぞりながら、バッシュはやや下から覗き込んでくる。
「こんな言葉がある。『本当に助けを必要としていて、しかも助けてもらう用意のできた人しか、あなたは助けることができないと知りなさい』」
「……だれの言葉?」
「アイリーン・キャディ」
……それ知ってるぞ。ちょっとスピリチュアルなひとじゃなかったか。
「神が語りかけて来た気がしたら早めに言えよ。夢だって教えてやるから」
「おれはいたって現実主義だ」
言葉に感銘を受けるのと、本人に心酔するのは別らしい。
「もし仮に、お前がフォスターの過去になんの関りもなかったとして、この先もそうであるわけじゃない。彼女は『多くの愛を送りなさい』『その人が助けを求めて来る時、そこにいてあげなさい』ともいっている」
「ただ愛を送るって……助けを求められるまで、なにもするなってこと?」
メッセージアプリを立ち上げて、ハートマークを送るのか? それともテキストで「アイラブユー」? あとはなんだ、ビデオチャットで投げキッスとか?
「そうじゃない」
おかしそうに笑うのが、手のひらに伝わって来る。
「そのときのために、自分にできることをするんだ。お前が何かをしたいと思うなら、それはフォスターのためになるんだと信じて」
それにな、とバッシュは続けた。
「傷の癒し方はひとそれぞれだ。おれはフォスターの心情までは知らない。でも、お前が他人を寄せ付けないことで自分を守ろうとしたように、おれにはフォスターが、他人に必要とされ、求められることで自分を守っているんじゃないかと思うことがある。だからといって、そんなものはどちらがより傷付いたとか、どちらがより優れているかを測る指標にはならないだろう? 抱えた傷は違っても、お前たちは道を外れず善良に生きて来たことを誇っていいし、できなかったことを恥じなくていい」
虚飾などかけらもないバッシュの賛辞は、エリオットの──そしてナサニエルの人生をも、軽々と肯定して見せた。
本人が口にしたように、ナサニエルのことはたいして知らないだろうから、「お前のせいじゃない」とか「友だちがいのない奴だな」と、エリオットの肩を持つことだってできたはずだ。けどバッシュは、彼がエリオットの大事にしている友人だから、比べたりしないでふたりの傷を同じ重さで受け入れてくれる。
エリオットは握った手を振りほどくと、驚くバッシュの胸に飛び込んだ。一瞬動きを止めた太い腕が、すぐに力強く背中を抱き返す。
もう何度目か分からないほど、彼のことが好きだと思った。
バッシュの首筋に頬をぴったり押し付けて、エリオットは呟く。
「……前から思ってたけど、あんたって最高だな」
含み笑いとキスが耳元に落ちて来た。
「本当に思ってたか?」
「三分くらい前からね」
手を止めることなく、バッシュが問う。エリオットは首を振った。目頭がにじんできて、慌てて瞬きをする。
「悔しい」
思い返せば、エリオットはずっとナサニエルに頼って来た。ヘインズ家の屋敷から外へ出られたのは、彼が「うちに遊びに来なよ」と誘ってくれたからだし、ふさぎ込むくせのあるエリオットを、いつだって笑いながら励ましてくれた。バッシュとのことだってそうだ。
彼がいなければ、引きこもりの公爵と侍従という関係で終わっていた。だからこそ、ナサニエルのことは大事な友人だと思っていた。
でもナサニエルは、エリオットの助けが必要だったことなど一度もない。
「傲慢だって分かってるし、自業自得だよ。ニールが話さないのに甘えて、自分からぜんぜん知ろうとしてこなかったし、いつも自分のことばっかり聞いてもらってた。でもさ」
悔しいのだ。どうしたって。
「……前から思っていたが、お前はなんというか、感情の消化に時間のかかるやつだな」
心の内を吐き出すエリオットに対するバッシュの反応は、やや空気を読まないものだった。
「とろくて悪かったな」
低く唸ると、彼は柔らかいじゅうたんに座り込んでエリオットに向き合った。バスタオルがベールのように顔を覆っているから、バッシュの形のいい鼻梁やプライドの高そうな頬骨、そしていつまでも見飽きない瞳がエリオットの視界のすべてになった。
「負の感情にも、逃げずにちゃんと向き合ってるってことだ。反発や言いわけで目をそらしたり、気付かなかったことにもできるのに、そうしない。お前は勇敢だ」
溜め込んで自家中毒ぎみになるのは考えものだけどな、とバッシュは眉を下げて苦笑した。
胡坐をかいた膝がエリオットのすねにくっつきそうなほど近付いて、バッシュが両手を上に向ける。長い指を備えた分厚い掌に、迷わず自分の手を重ねた。
甲に薄く浮いた血管を親指でなぞりながら、バッシュはやや下から覗き込んでくる。
「こんな言葉がある。『本当に助けを必要としていて、しかも助けてもらう用意のできた人しか、あなたは助けることができないと知りなさい』」
「……だれの言葉?」
「アイリーン・キャディ」
……それ知ってるぞ。ちょっとスピリチュアルなひとじゃなかったか。
「神が語りかけて来た気がしたら早めに言えよ。夢だって教えてやるから」
「おれはいたって現実主義だ」
言葉に感銘を受けるのと、本人に心酔するのは別らしい。
「もし仮に、お前がフォスターの過去になんの関りもなかったとして、この先もそうであるわけじゃない。彼女は『多くの愛を送りなさい』『その人が助けを求めて来る時、そこにいてあげなさい』ともいっている」
「ただ愛を送るって……助けを求められるまで、なにもするなってこと?」
メッセージアプリを立ち上げて、ハートマークを送るのか? それともテキストで「アイラブユー」? あとはなんだ、ビデオチャットで投げキッスとか?
「そうじゃない」
おかしそうに笑うのが、手のひらに伝わって来る。
「そのときのために、自分にできることをするんだ。お前が何かをしたいと思うなら、それはフォスターのためになるんだと信じて」
それにな、とバッシュは続けた。
「傷の癒し方はひとそれぞれだ。おれはフォスターの心情までは知らない。でも、お前が他人を寄せ付けないことで自分を守ろうとしたように、おれにはフォスターが、他人に必要とされ、求められることで自分を守っているんじゃないかと思うことがある。だからといって、そんなものはどちらがより傷付いたとか、どちらがより優れているかを測る指標にはならないだろう? 抱えた傷は違っても、お前たちは道を外れず善良に生きて来たことを誇っていいし、できなかったことを恥じなくていい」
虚飾などかけらもないバッシュの賛辞は、エリオットの──そしてナサニエルの人生をも、軽々と肯定して見せた。
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エリオットは握った手を振りほどくと、驚くバッシュの胸に飛び込んだ。一瞬動きを止めた太い腕が、すぐに力強く背中を抱き返す。
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「……前から思ってたけど、あんたって最高だな」
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「本当に思ってたか?」
「三分くらい前からね」
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