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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章

6.蚊帳の外

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 結果的にエリオットは、バッシュの「できることリスト」──それもプロ並みに──に、ひとの髪を洗うことも付け加えることになった。

 はじめ、濡れた手がうなじに触れたときだけびくっとしたが、伝染するようにバッシュが固まったのかおかしくて、ふたりで目を合わせて笑ってしまった。そのあとは、だいぶ地毛が伸びて来たとはいえ、まだ染めて痛んでいる部分に指を絡ませることもなかったし、大きな手で包み込むように頭皮のマッサージまでされたので、このまま湯の中に溶けてしまうんじゃないかと思うほど気持ちがよかった。もしかしたら、次の次の、その次くらいだったら、目を閉じていても平気かもしれない。

 エリオットはバスタブの淵にかけた両腕に顎をのせて、肘までシャツを上げたバッシュが手を拭くのを眺めた。ロルフが吐き出したのとシャワーで濡れたせいで、白い光沢のある布地が所々体に貼りつき、しなやかな筋肉の形と淡い肌の色を浮かび上がらせている。

「なぁ」
「なんだ?」
「あんたも入る?」
「……それは誘ってるのか?」
「そうかもね」

 小首をかしげたエリオットを数秒見つめたバッシュは、また腕を拭く作業に戻り、それが終わると手にしていたタオルをエリオットに投げ渡した。

「投げやりなセックスは後悔するからやめておけ」

 頭にかぶったタオルの下で、エリオットは唇の内側を噛む。まだジョークではぐらかされたほうがマシだった。

 あぁ、クソ。こいつ大嫌いだ。

「のぼせないうちに出ろよ」

 バッシュは靴下を突っ込んだ革靴を片手に下げて、裸足のまま洗面所から出て行った。

 エリオットはみじめな気分でバスタブから上がると、体の水滴をぬぐって服を着た。胴がグレーで腕が黒の七分丈Tシャツに、エリオットが好きなちょっと大きめのスウェットパンツ。色気のかけらもない。

 新しいバスタオルを首にかけてベッドルームへ行くと、バッシュはグラスをふたつ載せた盆をサイドチェストに置いているところだった。濡れたシャツは、イェオリが用意したであろう黒いTシャツとリブパンツに変わっていた。このままランニングにでも行けそうなほどスポーティーだ。風呂はいいのかと尋ねると、朝にシャワーを使うつもりだという。あすも仕事なのにここへ来たのは、ナサニエルとのことを気にかけてくれているからだろう。

「グレープフルーツとレモネード、どっちがいい?」
「……グレープフルーツ」

 後ろ手に閉めた扉にもたれ、所在なく足の指を丸めたりほどいたりする。ふてくされた子どものような態度だ。現に、バッシュは「仕方ないやつ」みたいな顔でこちらを見ている。

 エリオットがその場から動かないので、ベッドの下からルームシューズを引っ張り出したバッシュがそばまでやって来た。

「履かせてやろうか?」
「自分で履く」

 エリオットの足元に屈んでルームシューズを揃えたバッシュが、片手を差し出す。

 あんたは英国紳士コリン・ファースか。

 そもそも、ヒールなんてまったくない底の薄いスリッパのようなものだから、足を入れるのに支えなどいらないけれど、せっかくのチャンスを見過ごす必要もない。エリオットは素直にその手を掴んだ。

 手を引かれるままベッドに連れて行かれ、座るように促される。マットレスに埋まるようにして腰かけると、バッシュは首からタオルを抜き取ってエリオットの髪を拭き始めた。きょうはずいぶんサービスがいい。

 洗ってもらうときとは逆に前かがみになったエリオットは、膝のあいだに置いた両手に目を落とし、ぽつりといった。

「ニールはさ、優しいんだよ」
「そうか」
「それにすごく強いと思う」

 奔放な両親の生活も、叔母家族の将来も壊さない選択をしたナサニエル。それでもしたたかに立ち回り、人脈を築いて自分の居場所を作っている。家族や世の中を恨んでも不思議じゃない境遇の中にあって、だれかのための助力を惜しまない彼の人間性には驚嘆するばかりだ。

 ただひとつエリオットを打ちのめしたのは、ナサニエルの人生に、自分がほとんど関与していなかったという事実だった。
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