箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
211 / 334
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章

5.アヒルとバスタイム

しおりを挟む
 フェリシアは、エリオットが仲違いした友人との関係修復をはかっていると理解しているようだった。「うまく行った?」と尋ねられ、「まぁまぁ」としか答えられなかったけれど。
 いっそフォスター家の事情について知っているか聞こうかとも思った。でももし知っていたら、ナサニエルの受けた仕打ちを黙認していたことになる。母はそんなことを許さないひとだが、結局確かめられなかったのは、エリオットが臆病だったからだ。だからカルバートンに逃げ帰り、自分の部屋のバスルームにエリオットはいる。白とグレーがマーブル模様を描く、人工大理石のタイルに据え置かれたホーロー製のバスタブ──金色の猫足つき──に、泡まみれで。

 天井から落ちて来た水滴が鼻先に当たって、エリオットはため息をついた。

 手の中で黄色いアヒルのおもちゃをこねながら膝を延ばし、つるつるしたバスタブの側面に足の裏をつけた。プルメリアの香りがする泡から、つま先だけがのぞく。

 入浴剤の量が多すぎたかもしれない。

 普段シャワーですませることが多いエリオットは、バスタブに湯を張ることもほとんどない。それがきょう、夕食のあとで思い付きのように「風呂入ろうかな」とか呟いたら、洗面所にバスセットが用意されていた。
 タオルや着替えと一緒に、泡風呂用の入浴剤とアヒルのおもちゃがかごに入っていたのは、間違いなくベイカーの仕業だ。子どものころに、おもちゃや泡に気を取られているうちに丸洗いされていたから。
 それでもせっかく用意してくれたのだからと、ちゃんと説明書通りに入浴剤をシャワーで泡立て、スマートフォンの代わりにゴムのアヒルを持ち込んだ。

 まぁ、たまには悪くない。

 ぬるめの湯でのぼせないようにしながらアヒルと戯れていると、ベッドルームに繋がる洗面所のドアがノックされた。

「エリオット?」

 バッシュの声だ。

「ずいぶん長風呂みたいだが、生きてるか?」
「生きてるよ。入れば?」

 少し間があり、洗面所の扉の蝶番が軋む音がした。濡れたタイルを踏む靴音。そして、バスタブを囲むカーテンを取り去りバッシュが現れる。彼は顎まで泡に包まれたエリオットを見下ろし、ひとまず恋人がバスタブの底に沈んでいなかったことにほっとしたあと、「オフィーリアにしては温かそうだな」といった。

「庭に小川を引いてもらおうかな」
「柳の側は避けてくれよ」
「うちの庭に柳はない」
「なら安心だ」

 ワイシャツとスラックス姿のバッシュに、エリオットは尋ねる。

「仕事サボっていいのかよ」
「退勤がてら、こっちに混ざってたお前宛ての書簡を届けに来たんだ。さっきイェオリに渡したから、きょうの仕事は終わりだ」
「それで、おれの世話を焼きにきたってわけ?」
「それはもうライフワークだからな。髪を洗ってやろうか?」

 バッシュは洗面所のラックから厚手のタオルを取って来ると、バスタブの淵にかけてそこに腰を下ろす。片足ずつ膝にのせて脱いだ革靴にグレーの靴下を突っ込み、スラックスのすそをふくらはぎまで上げて折った。

「服が濡れる」
「イェオリに着替えを頼んだから問題ない」
「あっそ」

 エリオットは泡の中に隠していた両手を引き上げる。その手に捕まれていたものを見て、バッシュが両眉を上げた。

「かわいらしいお友達だな」
「ロルフだ。外見に騙されてると後悔するぞ」

 丸々とした黄色いおもちゃのアヒルは、両手でぎゅっとお腹をへこませると、尖ったくちばしから勢いよくお湯を吹きだして、バッシュのシャツを濡らした。

「こら、よせ」

 エリオットの手から取り上げたアヒルを、骨董品を鑑定するようにあちこち眺めてから床に置く。

「年季が入ってるな。あちこち剥げてる」
「それはベイカーが最初にくれたやつ。小さいころ風呂があんまり好きじゃなくて、ご機嫌取りにベイカーがどんどん増やして、バスタブがアヒルだらけだった」

 エリオットはもぞもぞと体の向きを変える。幅が狭いので膝を抱え、バッシュが座っている長手側にもたれてへりから仰向けに頭を出した。天井からぶら下がる飴色のランプを、真下から見上げる。それから、ヒスイカズラ色の瞳も。

「閉じてないと、目にシャンプーが入るぞ」
「見えないのは怖いからやだ」
「そうか。なら開けてろ」

 バッシュは軽く応じて、博物館で見たことのある昔の電話みたいな形のシャワーヘッドを手に取った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

処理中です...