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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第二章

3.公然の秘密と本当の秘密

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「やってくれたね」

 ふたりだけでハウスのバックガーデンに出るなり、ナサニエルがいった。

「まったく。だれが天使のようなきみに、悪魔のような悪知恵を吹き込んだんだい? パンチしてやる」

 スラックスのポケットに両手を突っ込んで仁王立ちするナサニエルに、エリオットは顎を上げて応戦した。

「言葉に気を付けろよ。おれはその悪魔を心から愛してるんだ」
「なんてことだ。天使と悪魔が手を組んで、ハルマゲドンでも防ごうっていうの?」

 ナサニエルが天を仰ぐ。

「きょうの朝一番で、『陛下からお茶に呼ばれたからエスコートして』って電話がかかって来た、ぼくの身にもなってくれないかな」
「断ってもよかった」
「断れないよ。ジュリアの息子はまだ未成年だし、ほかにエスコートできるひとがいない。だから、ぼくみたいなのが必要なんだよ。親族の手前、再婚なんて考えていなさそうな、だれが見ても遊び相手でそこそこ血統のいい男がね」

 それを知っていてローウェル夫人に目を付けたなら、やはりバッシュは悪魔かもしれない。エリオットも共犯だが。

「家族仲はいいようなこといってたのに」
「ローウェル家とは全く関係のない相手と再婚されて、爵位と資産が持って行かれるなんてことになっても?」
「そりゃ話は別だな」

 エリオットが歩き出すと、ナサニエルも諦めたように足を踏み出した。低く刈り込んだシルバープリペットの生垣に沿って、枕木が埋められた遊歩道を進む。

「……ニールについて、調べてもらった」
「なにか面白いことが分かった?」
「本邸のほうでは、ずいぶん嫌われてるんだな」
「フォスター家のお荷物だからね、ぼくは」
「養子ってだけで?」

 背後で苦く笑う気配がする。

「この話をするために、侍従たちを連れて来なかったのかい?」

 エリオットは答えられなかった。きわめてセンシティブな話になると分かっていたから、侍従たちには遠慮してもらったのだけれど、間違ってもそれを誠意だと胸を張れない。

「話し合えっていったのはニールだろ」
「話し合えとはいったけど、そうしたところで分かり合えるとはいってないよ」
「それを判断するためには、話さなきゃならない。おれはニールが背中を押してくれたから、あいつとこじれずにすんだ」
「あぁ、ぼくはうかつにも、きみに成功体験を与えてしまったわけだ」

 ちょっとした広場まで来ると、エリオットは噴水を囲むレンガに腰を下ろした。ポンプで吸い上げられた水が、石像の女神が抱える瓶から二段に重なった器に流れ落ちている。噴き上げ式のような派手さはないけれど、蛇口から出るような水量でとぽとぽと溜まっていく様子は、いくら眺めていても飽きないだろう。でもいまは、友人に向き合わなければ。彼のことを嗅ぎまわったと伝えた以上、この話をなかったことにはできないから。

 思い切って見上げると、ナサニエルはまっすぐエリオットを見つめていた。その瞳に怒りや失望の色はなく、穏やかにエリオットの言葉を待っている。

 イェオリが報告に来たのは、きのうの夜だった。

 接触をはかったフォスター家のスタッフは、あきらかにナサニエルを嫌っていた上に、それを隠すこともなかったという。彼の話によると、ナサニエルはフォスター女伯爵の実子ではない。それどころかフォスター家が古くから付き合のある病院前に捨てられた赤ん坊で、哀れに思って女伯爵が養子にしたのに、その恩を忘れて放蕩を重ねているのが許しがたい。らしい。

「ダメもとで軽く探りを入れるだけのつもりだったのに、雇い主の家族についてぺらぺらしゃべるから、職業倫理に欠けてるって怒ってた」
「彼らしいね」

 ナサニエルはポケットに手を入れたまま、肩をすくめた。

「イェオリを使って調べさせたのはおれだからな」
「彼を責めるつもりはないよ。きみのこともね」

 そこで、ようやくナサニエルも噴水の淵に座った。両足を投げ出すように腰かけ、体をひねって水草が浮かぶ水面に指先をくぐらせる。

「おおむね事実だ。ぼくは実の母に捨てられて、あのひとに拾われた。──正確にいうと拾ったのは病院のスタッフだけど。まぁ、そういうことになってる」

 つまり、真実はそうじゃない。

「実の母は、だれ?」
「あのひと……フォスター女伯爵の姉だよ」
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