205 / 332
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章
8.一方通行
しおりを挟む
「ただ、助けるかどうかっていってもさ。おれは正直なところ、フォスター女伯爵にあんまりいい感情を持ってないんだよな」
ベイカーは驚いたように、白っぽくなった眉を上げた。
「フォスター女伯爵とご面識が?」
「ないけど、だからこそっていうか……」
紹介されたことはないから、話しだってしたことがない。だから直接聞いたわけではないけれど、ナサニエルが田舎のカントリーハウスで隠居みたいな生活をしている理由に、家族との不仲があるのは察していた。
エリオットの前で、ナサニエルはいつも母親のことを「あのひと」と呼ぶ。
「ではまず、ナサニエルさまとお話しをなさってはいかがですか。もしあの方が助力を求められたなら、あなたさまはそうなさるのでしょう?」
「……うん」
そうしてもいいと言われたことで、少しほっとした。
エリオットは机を見回して、パンツのポケットを叩き、ようやくスマートフォンをどこかへ置きっぱなしにしてきたことに気付いた。たぶん枕の下か、ドローイングルームの肘掛け椅子の上だ。
「ベイカー、ニールに繋げる?」
「あちらの執事を通してよろしければ」
「いいけど、屋敷じゃなくて執事の連絡先知ってるのか?」
「以前、丁寧なごあいさつをいただきました」
「側近同士で『うちの坊ちゃんをよろしく』なんて言い合ってないだろうな」
「めっそうもごさいません。あちらは『若さまを』、わたくしは『殿下を』と」
「いってんじゃねーか!」
ライティングマットをひっくり返す勢いでツッコむエリオットの相手をイェオリに任せ、ベイカーは内ポケットから取り出したスマートフォンで迷いなく番号をタップした。
「──わたくし、リトル・カルバートンのベイカーでございます」
コールを待つわずかな沈黙のあと、ベイカーが名乗る。
「エリオット王子より火急の命にて、ご連絡をいたしました。殿下がナサニエル殿をお召しでございます。お繋ぎいただけますでしょうか」
丁寧ながら、断ることを許さない口調で問いかけたベイカーは、数秒沈黙してから「けっこう」と頷き、スマートフォンを机の天板に置いた。エリオットは手を伸ばし、スピーカーに切り替える。
『やあ、ハニー。侍従を通しての電話なんて初めてじゃない? スマホをなくしたのかい?』
「ニール」
電話口に出たナサニエルは、あまりに普通で、エリオットは数舜言葉に詰まり、尋ねる声は不機嫌になった。
「……どうして最近、電話してこないんだ?」
『寂しかった? ほらきみ、彼と彼女との三角関係で忙しそうだったし』
「言い忘れてたけど、この通話はオープンだ」
『おっと、じゃあ張り切って口説かなきゃね』
「そうじゃないだろ」
いつが最後だ?
しゃべりながら考える。
「ニールから電話もらったの、キャロルと美術館に行った日が最後だ。おれからの電話には出ても、ニールからはかけて来なくなった」
『そうかな』
「とぼけるなよ。貴族会の動きに気付いてたんだろ」
不穏なものを察知していたなら。それが、自分の家の不名誉を予感させるものだったから、ナサニエルはエリオットを巻き込むまいとして、距離を置いたんじゃないのか。
エリオットがさらに質すと、ナサニエルはため息をついた。
『分かった、いうよ。たしかにぼくは、レディ・キャロルの話題集めに貴族会に探りを入れて、執行部の画策を知った。あのひとの危機もね。だから、余計な波風を立てないように、ぼくからきみへは連絡をしなかった。これでいいかい?』
いいわけあるか。
『貴族会のやることは放っておきなよ。そうすれば、きみは委員長なんて厄介な立場から抜けられる。ぼくならそうするね』
「このままじゃ、フォスターの家は貴族会での信用をなくす。疎遠になってるのは分かるけど、それも放っておくの?」
『ぼくは、本邸のことには干渉しないよ。没落しかけているとしてもね』
きっぱりと、ナサニエルが告げた。
冷たささえ感じるかたくなな意志は、エリオットとは関係のないところへ向けられているように思える。
「ニール、おれは友達として、はいそうですかって引き下がれない。うちに来て、その理由をちゃんと話してよ。来ないなら、うちに群がってるパパラッチを引き連れてそっちに乗り込むから」
『そこにいる侍従がさせないよ。それに、きみはそんなことしない』
精いっぱいの脅しも、ナサニエルはどこ吹く風だ。じゃあね、と──こんな状況でさえ──リップ音を残して通話が切れる。
「取り付く島もない、とはこのことですね」
黒くなった画面を見下ろして、眉を寄せたイェオリがいった。彼が不機嫌を表情に出すのは珍しい。
というか、初めて?
貴重だな、とイェオリを眺めていると、スマートフォンを懐にしまったベイカーが「念のために申し上げますが」と忠告した。
「この状況でナサニエルさまをお訪ねになるのは、おやめになったほうがよいでしょう。フォスター家との繋がりがあるとなれば、彼らは手のひらを返してエリオットさまと女伯爵の共謀を主張するかもしれません」
「あくまで被害者でいろって?」
「事実、エリオットさまはご身分を利用されたお立場です。彼らと同じ舞台に立つ必要はございません」
同情票で押し上げてもらっても嬉しくないけど。
「ニールはああいってたけど、おれは放っておきたくない。フォスター女伯爵に落ち度があったなら相応の処分は覚悟する。でもそうじゃないなら、ニールとの付き合いに水を差されるのは嫌だ」
いまのところ、長年の「友人」は彼だけだ。
エリオットが両手を机にのせると、侍従たちはそろって頷いた。
「ベイカーは、執行部の内部が一枚岩なのかそうじゃないのか調べて。だれが中心になってフォスター女伯爵を切ることにしたのか知りたい」
「承知いたしました」
「イェオリは、ニールについて探ってきて」
「フォスター女伯爵ではなく?」
「おれの秘書にならないかって勧誘したとき、ニールはおれの弱みになりたくないって断って来た。あの交友関係のことかと思ってたけど、今回の件を考えるとほかになにかありそうな気がする」
周りをいくら掘り返したところで、真実なんて本人から聞かなければ分からない。でも当の本人がそれを拒否しているなら、できるのはやはり事情を探ることだけだ。ナサニエルはエリオットの十年近くのほとんど──もちろんエリオットが話した分も含めて──を知っているのに、自分のことは秘密だなんてフェアじゃない。
なんて、積極的になったもんだな。
環境がひとを作るとはよくいったものだ。たった数ヶ月、それっぽい扱いをされただけで、自分がいかにも支配階層的で、配慮に欠けた行動をしていることに呆れながら、エリオットは腰を上げた。
仕方ない。ナサニエルがいう「高潔な愚かさ」で押し通せるのは、彼自身のように、それを好んでくれる相手だけだ。
ベイカーは驚いたように、白っぽくなった眉を上げた。
「フォスター女伯爵とご面識が?」
「ないけど、だからこそっていうか……」
紹介されたことはないから、話しだってしたことがない。だから直接聞いたわけではないけれど、ナサニエルが田舎のカントリーハウスで隠居みたいな生活をしている理由に、家族との不仲があるのは察していた。
エリオットの前で、ナサニエルはいつも母親のことを「あのひと」と呼ぶ。
「ではまず、ナサニエルさまとお話しをなさってはいかがですか。もしあの方が助力を求められたなら、あなたさまはそうなさるのでしょう?」
「……うん」
そうしてもいいと言われたことで、少しほっとした。
エリオットは机を見回して、パンツのポケットを叩き、ようやくスマートフォンをどこかへ置きっぱなしにしてきたことに気付いた。たぶん枕の下か、ドローイングルームの肘掛け椅子の上だ。
「ベイカー、ニールに繋げる?」
「あちらの執事を通してよろしければ」
「いいけど、屋敷じゃなくて執事の連絡先知ってるのか?」
「以前、丁寧なごあいさつをいただきました」
「側近同士で『うちの坊ちゃんをよろしく』なんて言い合ってないだろうな」
「めっそうもごさいません。あちらは『若さまを』、わたくしは『殿下を』と」
「いってんじゃねーか!」
ライティングマットをひっくり返す勢いでツッコむエリオットの相手をイェオリに任せ、ベイカーは内ポケットから取り出したスマートフォンで迷いなく番号をタップした。
「──わたくし、リトル・カルバートンのベイカーでございます」
コールを待つわずかな沈黙のあと、ベイカーが名乗る。
「エリオット王子より火急の命にて、ご連絡をいたしました。殿下がナサニエル殿をお召しでございます。お繋ぎいただけますでしょうか」
丁寧ながら、断ることを許さない口調で問いかけたベイカーは、数秒沈黙してから「けっこう」と頷き、スマートフォンを机の天板に置いた。エリオットは手を伸ばし、スピーカーに切り替える。
『やあ、ハニー。侍従を通しての電話なんて初めてじゃない? スマホをなくしたのかい?』
「ニール」
電話口に出たナサニエルは、あまりに普通で、エリオットは数舜言葉に詰まり、尋ねる声は不機嫌になった。
「……どうして最近、電話してこないんだ?」
『寂しかった? ほらきみ、彼と彼女との三角関係で忙しそうだったし』
「言い忘れてたけど、この通話はオープンだ」
『おっと、じゃあ張り切って口説かなきゃね』
「そうじゃないだろ」
いつが最後だ?
しゃべりながら考える。
「ニールから電話もらったの、キャロルと美術館に行った日が最後だ。おれからの電話には出ても、ニールからはかけて来なくなった」
『そうかな』
「とぼけるなよ。貴族会の動きに気付いてたんだろ」
不穏なものを察知していたなら。それが、自分の家の不名誉を予感させるものだったから、ナサニエルはエリオットを巻き込むまいとして、距離を置いたんじゃないのか。
エリオットがさらに質すと、ナサニエルはため息をついた。
『分かった、いうよ。たしかにぼくは、レディ・キャロルの話題集めに貴族会に探りを入れて、執行部の画策を知った。あのひとの危機もね。だから、余計な波風を立てないように、ぼくからきみへは連絡をしなかった。これでいいかい?』
いいわけあるか。
『貴族会のやることは放っておきなよ。そうすれば、きみは委員長なんて厄介な立場から抜けられる。ぼくならそうするね』
「このままじゃ、フォスターの家は貴族会での信用をなくす。疎遠になってるのは分かるけど、それも放っておくの?」
『ぼくは、本邸のことには干渉しないよ。没落しかけているとしてもね』
きっぱりと、ナサニエルが告げた。
冷たささえ感じるかたくなな意志は、エリオットとは関係のないところへ向けられているように思える。
「ニール、おれは友達として、はいそうですかって引き下がれない。うちに来て、その理由をちゃんと話してよ。来ないなら、うちに群がってるパパラッチを引き連れてそっちに乗り込むから」
『そこにいる侍従がさせないよ。それに、きみはそんなことしない』
精いっぱいの脅しも、ナサニエルはどこ吹く風だ。じゃあね、と──こんな状況でさえ──リップ音を残して通話が切れる。
「取り付く島もない、とはこのことですね」
黒くなった画面を見下ろして、眉を寄せたイェオリがいった。彼が不機嫌を表情に出すのは珍しい。
というか、初めて?
貴重だな、とイェオリを眺めていると、スマートフォンを懐にしまったベイカーが「念のために申し上げますが」と忠告した。
「この状況でナサニエルさまをお訪ねになるのは、おやめになったほうがよいでしょう。フォスター家との繋がりがあるとなれば、彼らは手のひらを返してエリオットさまと女伯爵の共謀を主張するかもしれません」
「あくまで被害者でいろって?」
「事実、エリオットさまはご身分を利用されたお立場です。彼らと同じ舞台に立つ必要はございません」
同情票で押し上げてもらっても嬉しくないけど。
「ニールはああいってたけど、おれは放っておきたくない。フォスター女伯爵に落ち度があったなら相応の処分は覚悟する。でもそうじゃないなら、ニールとの付き合いに水を差されるのは嫌だ」
いまのところ、長年の「友人」は彼だけだ。
エリオットが両手を机にのせると、侍従たちはそろって頷いた。
「ベイカーは、執行部の内部が一枚岩なのかそうじゃないのか調べて。だれが中心になってフォスター女伯爵を切ることにしたのか知りたい」
「承知いたしました」
「イェオリは、ニールについて探ってきて」
「フォスター女伯爵ではなく?」
「おれの秘書にならないかって勧誘したとき、ニールはおれの弱みになりたくないって断って来た。あの交友関係のことかと思ってたけど、今回の件を考えるとほかになにかありそうな気がする」
周りをいくら掘り返したところで、真実なんて本人から聞かなければ分からない。でも当の本人がそれを拒否しているなら、できるのはやはり事情を探ることだけだ。ナサニエルはエリオットの十年近くのほとんど──もちろんエリオットが話した分も含めて──を知っているのに、自分のことは秘密だなんてフェアじゃない。
なんて、積極的になったもんだな。
環境がひとを作るとはよくいったものだ。たった数ヶ月、それっぽい扱いをされただけで、自分がいかにも支配階層的で、配慮に欠けた行動をしていることに呆れながら、エリオットは腰を上げた。
仕方ない。ナサニエルがいう「高潔な愚かさ」で押し通せるのは、彼自身のように、それを好んでくれる相手だけだ。
17
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
αなのに、αの親友とできてしまった話。
おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。
魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。
だけれど、春はαだった。
オメガバースです。苦手な人は注意。
α×α
誤字脱字多いかと思われますが、すみません。
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる