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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章
6.世間は狭い
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翌朝。出勤するバッシュを見送ってから書斎へ顔を出したエリオットは、そこにイェオリだけでなくベイカーがいるのを見て、あまり好ましくない事態を悟った。
近頃は新米の執事候補の教育に忙しく、エリオットの身の回りはイェオリたちに任せているベイカーが、わざわざ姿を見せたのだからそれなりのことだ。
「おはよう」
「おはようございます、エリオットさま」
エリオットはベンチではなくデスクのほうへ座ると、侍従ふたりにも椅子を持って来て座るようにいった。どうしてか、カルバートン──それにハウスや王宮──には、人よりたくさんの椅子がある。彼らはその通りにした。ベイカーはクッション入りのチェアに浅く腰かけ、イェオリが膝の上でタブレットの電源を入れる。
「まず、よいご報告から申し上げます。サー・ブランシェール氏とのアドバイザー契約が正式に締結されました。これにより、いまからでも、氏をスタイリストとして召喚できます」
「じゃあ、スーツをいくつか発注しておいて。しばらくは広告塔になっていいだろ」
「えぇ、よろしゅうございます。それから、ロイヤルファンドの方針をお決めになられたと伺いましたが」
「問題があった?」
いえいえ、とベイカーは首を振った。
「とてもよい活動かと存じます。ただ、本格的に準備を始める前に、国王陛下へお話をなさるのがよろしいでしょう」
「父さんに?」
「陛下のご承認をいただいたという事実があるのとないのでは、周囲の受け止め方も変わってまいります。その後の手続きや人員の確保にも、少なからず影響があるでしょうから」
後ろ盾を確保しておけということか。
「それに、あなたさまはもちろん尊重されるべき大人でいらっしゃいますが、我が子の大きな決断に少しも関われないのは、父親として寂しくお感じになられるかもしれません」
「なんか、実感こもってない?」
「僭越ながら、わたくしも父親でございますので」
茶目っ気のあるウィンクを投げられて、エリオットは笑った。息子どころか孫が三人いて、家族はみなベイカーの仕事に理解を持っていることも知っているが、多忙な身で苦労も多かっただろう。
「いつがいい? ランチかディナー?」
「公式に面会を申し込みます。こういったことは、足跡を残すことも肝要です」
「分かった」
「イェオリ、陛下へアポイントを」
「はい」
すでにイェオリは端末の上で指を滑らせている。あちらの侍従が管理しているエドゥアルドのスケジュールに、息子との面会をねじ込んでいるのだろう。ものの数分で申請用のフォームを入力して、イェオリは端末のカバーを閉じた。
さて、本題か。
「エリオットさま、貴族会についてですが」
「悪い報告?」
「少なくとも、吉報とは申し上げられません。イェオリが調べましたところ、エリオットさまが複数の委員長となられていた件につきまして、執行役員会は事務手続き上のミスにより、ご本人へ通達が届かなかったと主張するつもりのようです」
「それが通ると、本気で思ってるのか?」
ベイカーはまれに見る厳しい表情で続けた。
「手続きの責任者が認めれば、押し通すでしょう」
「その責任者っていうのが、トカゲのしっぽか。だれだった?」
「フォスター女伯爵です」
ベイカーとイェオリが、じっとこちらを見ている。
「……フォスター?」
のろのろと、エリオットは聞き返した。
「ナサニエル・フォスターさまの、お母君です」
近頃は新米の執事候補の教育に忙しく、エリオットの身の回りはイェオリたちに任せているベイカーが、わざわざ姿を見せたのだからそれなりのことだ。
「おはよう」
「おはようございます、エリオットさま」
エリオットはベンチではなくデスクのほうへ座ると、侍従ふたりにも椅子を持って来て座るようにいった。どうしてか、カルバートン──それにハウスや王宮──には、人よりたくさんの椅子がある。彼らはその通りにした。ベイカーはクッション入りのチェアに浅く腰かけ、イェオリが膝の上でタブレットの電源を入れる。
「まず、よいご報告から申し上げます。サー・ブランシェール氏とのアドバイザー契約が正式に締結されました。これにより、いまからでも、氏をスタイリストとして召喚できます」
「じゃあ、スーツをいくつか発注しておいて。しばらくは広告塔になっていいだろ」
「えぇ、よろしゅうございます。それから、ロイヤルファンドの方針をお決めになられたと伺いましたが」
「問題があった?」
いえいえ、とベイカーは首を振った。
「とてもよい活動かと存じます。ただ、本格的に準備を始める前に、国王陛下へお話をなさるのがよろしいでしょう」
「父さんに?」
「陛下のご承認をいただいたという事実があるのとないのでは、周囲の受け止め方も変わってまいります。その後の手続きや人員の確保にも、少なからず影響があるでしょうから」
後ろ盾を確保しておけということか。
「それに、あなたさまはもちろん尊重されるべき大人でいらっしゃいますが、我が子の大きな決断に少しも関われないのは、父親として寂しくお感じになられるかもしれません」
「なんか、実感こもってない?」
「僭越ながら、わたくしも父親でございますので」
茶目っ気のあるウィンクを投げられて、エリオットは笑った。息子どころか孫が三人いて、家族はみなベイカーの仕事に理解を持っていることも知っているが、多忙な身で苦労も多かっただろう。
「いつがいい? ランチかディナー?」
「公式に面会を申し込みます。こういったことは、足跡を残すことも肝要です」
「分かった」
「イェオリ、陛下へアポイントを」
「はい」
すでにイェオリは端末の上で指を滑らせている。あちらの侍従が管理しているエドゥアルドのスケジュールに、息子との面会をねじ込んでいるのだろう。ものの数分で申請用のフォームを入力して、イェオリは端末のカバーを閉じた。
さて、本題か。
「エリオットさま、貴族会についてですが」
「悪い報告?」
「少なくとも、吉報とは申し上げられません。イェオリが調べましたところ、エリオットさまが複数の委員長となられていた件につきまして、執行役員会は事務手続き上のミスにより、ご本人へ通達が届かなかったと主張するつもりのようです」
「それが通ると、本気で思ってるのか?」
ベイカーはまれに見る厳しい表情で続けた。
「手続きの責任者が認めれば、押し通すでしょう」
「その責任者っていうのが、トカゲのしっぽか。だれだった?」
「フォスター女伯爵です」
ベイカーとイェオリが、じっとこちらを見ている。
「……フォスター?」
のろのろと、エリオットは聞き返した。
「ナサニエル・フォスターさまの、お母君です」
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