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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章

5.そろそろ来ると思ってた

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 ボールとルードが跳ねる音に混じって、礼儀正しいノックが聞こえた。半分開いた扉から、イェオリが入って来る。

「あ、イェオリ、聞いて。ファンド決めた!」
「さようですか。どういった分野か、お尋ねしても?」
「動物と自然の保護。詳しくはまだ未定」

 肘をついて起き上がったエリオットの側まで来たイェオリが、会釈をしてからにこりと笑う。

「エリオットさまらしい、よい方向性かと存じます」
「まぁ、その、思いついたのはおれじゃないけど」

 もごもごと付け加えると、イェオリは意味ありげな視線をバッシュへ向けた。

「おれは席を外すか?」

 それで、侍従が手ぶらでないことに気付いた。いつものタブレットと、白い封筒。

「用件は?」
「貴族会からの通知が参りました」
「それか」

 ボール遊びに満足したルードが暖炉のほうへ歩いて行った。脇にあるステンレスの器から水を跳ね飛ばしながら飲む音がする。
 エリオットは「どっこいしょ」と立ち上がり、数歩離れた長椅子に移動して隣を指す。

「おれだけ聞いたって、どうせあとから話すんだから一緒に聞け」

 二度手間になるのは面倒だ、というと、バッシュはイェオリから封筒を受け取ってエリオットの左隣へ腰を下ろした。別チームの人間として境界を示しておきながら、手を出していいとなったら当然のように世話を焼くんだから。

「おかしなところはなさそうだな」

 なにか仕掛けられているのを疑っているのか、天井の照明に透かしてから、封筒をエリオットに渡した。貴族会にとっては、自分たちの保身のために劇薬を仕込んでエリオットを亡き者にしようとしていても不思議じゃないが。

「私的な書簡ではありませんので、開封させていただきました。安全は確認済みです」

 イェオリが当然のようにいうので、少なくとも暗殺の心配はなさそうだ。ヘインズ公爵宛て。公的な肩書が印刷された封筒を裏返し、開封した跡のあるフラップに指を滑り込ませた。

 貴族会からのラブレターは、やはり紙もそれっぽいものだった。少し厚めの白い紙に、貴族会の紋章が金で箔押しされている。

「なんだって?」

 中身に目を通したエリオットに、バッシュが尋ねる。

「執行部会に出席してくれって依頼」

 なんか、思ってたのと違う。

「執行部会って実質、貴族会のG7みたいなもんだろ。総会よりはましだけど、なんで一個ずつの委員会を飛び越えてそんなことになるわけ?」
「今回の件については、トップ会議の決定事項として一気に片付けようって腹だろう」
「つまり?」
「それぞれの委員会でお前を招いて、幹部が数人ずつ責任を取らされるのは困る。だからだれかひとり全体の責任者を仕立て上げて、いけにえにするとかな」

 変わり身の早さ半端ねーな。

 見事なしっぽ切りのお手本だ。エリオットが編集者なら、政治学の初歩テキストに載せてもいい。厄介な相手を味方にしたかったら、そいつの前でだれかを指さして叫べばいい。「あいつが敵だ!」。

 エリオットは便せんを封筒に戻し、イェオリに目をやった。

「だれの首を切るつもりなんだろ」
「確認いたします。今夜中にはご報告を」
「あしたのミーティングでいいよ」

 せっかくの休日を、最後まで邪魔されてなるものか。

「承知いたしました。それではあす、ご報告申し上げます」

 またバッシュ経由で封筒を預かったイェオリは、エリオットの不純な考えなどお見通しだろうが、それを丁寧に微笑みに変えて頭を下げた。

 イェオリが下がると、のそのそとルードが近寄って来る。

「あ、待てルー……」

 エリオットは慌てて椅子の上に避難ようとしたが、遅かった。上機嫌なルードが膝に顎をのせる。長い舌ですくい上げるときに弾き飛ばした水で、びしょびしょに濡れた顎を。

「あー……」

 綿のボトムスに広がるしっとりしたシミに、エリオットは額を手で覆い、バッシュが気の毒げな笑いをのどに詰まらせて咳き込んだ。
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