202 / 332
訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章
5.そろそろ来ると思ってた
しおりを挟む
ボールとルードが跳ねる音に混じって、礼儀正しいノックが聞こえた。半分開いた扉から、イェオリが入って来る。
「あ、イェオリ、聞いて。ファンド決めた!」
「さようですか。どういった分野か、お尋ねしても?」
「動物と自然の保護。詳しくはまだ未定」
肘をついて起き上がったエリオットの側まで来たイェオリが、会釈をしてからにこりと笑う。
「エリオットさまらしい、よい方向性かと存じます」
「まぁ、その、思いついたのはおれじゃないけど」
もごもごと付け加えると、イェオリは意味ありげな視線をバッシュへ向けた。
「おれは席を外すか?」
それで、侍従が手ぶらでないことに気付いた。いつものタブレットと、白い封筒。
「用件は?」
「貴族会からの通知が参りました」
「それか」
ボール遊びに満足したルードが暖炉のほうへ歩いて行った。脇にあるステンレスの器から水を跳ね飛ばしながら飲む音がする。
エリオットは「どっこいしょ」と立ち上がり、数歩離れた長椅子に移動して隣を指す。
「おれだけ聞いたって、どうせあとから話すんだから一緒に聞け」
二度手間になるのは面倒だ、というと、バッシュはイェオリから封筒を受け取ってエリオットの左隣へ腰を下ろした。別チームの人間として境界を示しておきながら、手を出していいとなったら当然のように世話を焼くんだから。
「おかしなところはなさそうだな」
なにか仕掛けられているのを疑っているのか、天井の照明に透かしてから、封筒をエリオットに渡した。貴族会にとっては、自分たちの保身のために劇薬を仕込んでエリオットを亡き者にしようとしていても不思議じゃないが。
「私的な書簡ではありませんので、開封させていただきました。安全は確認済みです」
イェオリが当然のようにいうので、少なくとも暗殺の心配はなさそうだ。ヘインズ公爵宛て。公的な肩書が印刷された封筒を裏返し、開封した跡のあるフラップに指を滑り込ませた。
貴族会からのラブレターは、やはり紙もそれっぽいものだった。少し厚めの白い紙に、貴族会の紋章が金で箔押しされている。
「なんだって?」
中身に目を通したエリオットに、バッシュが尋ねる。
「執行部会に出席してくれって依頼」
なんか、思ってたのと違う。
「執行部会って実質、貴族会のG7みたいなもんだろ。総会よりはましだけど、なんで一個ずつの委員会を飛び越えてそんなことになるわけ?」
「今回の件については、トップ会議の決定事項として一気に片付けようって腹だろう」
「つまり?」
「それぞれの委員会でお前を招いて、幹部が数人ずつ責任を取らされるのは困る。だからだれかひとり全体の責任者を仕立て上げて、いけにえにするとかな」
変わり身の早さ半端ねーな。
見事なしっぽ切りのお手本だ。エリオットが編集者なら、政治学の初歩テキストに載せてもいい。厄介な相手を味方にしたかったら、そいつの前でだれかを指さして叫べばいい。「あいつが敵だ!」。
エリオットは便せんを封筒に戻し、イェオリに目をやった。
「だれの首を切るつもりなんだろ」
「確認いたします。今夜中にはご報告を」
「あしたのミーティングでいいよ」
せっかくの休日を、最後まで邪魔されてなるものか。
「承知いたしました。それではあす、ご報告申し上げます」
またバッシュ経由で封筒を預かったイェオリは、エリオットの不純な考えなどお見通しだろうが、それを丁寧に微笑みに変えて頭を下げた。
イェオリが下がると、のそのそとルードが近寄って来る。
「あ、待てルー……」
エリオットは慌てて椅子の上に避難ようとしたが、遅かった。上機嫌なルードが膝に顎をのせる。長い舌ですくい上げるときに弾き飛ばした水で、びしょびしょに濡れた顎を。
「あー……」
綿のボトムスに広がるしっとりしたシミに、エリオットは額を手で覆い、バッシュが気の毒げな笑いをのどに詰まらせて咳き込んだ。
「あ、イェオリ、聞いて。ファンド決めた!」
「さようですか。どういった分野か、お尋ねしても?」
「動物と自然の保護。詳しくはまだ未定」
肘をついて起き上がったエリオットの側まで来たイェオリが、会釈をしてからにこりと笑う。
「エリオットさまらしい、よい方向性かと存じます」
「まぁ、その、思いついたのはおれじゃないけど」
もごもごと付け加えると、イェオリは意味ありげな視線をバッシュへ向けた。
「おれは席を外すか?」
それで、侍従が手ぶらでないことに気付いた。いつものタブレットと、白い封筒。
「用件は?」
「貴族会からの通知が参りました」
「それか」
ボール遊びに満足したルードが暖炉のほうへ歩いて行った。脇にあるステンレスの器から水を跳ね飛ばしながら飲む音がする。
エリオットは「どっこいしょ」と立ち上がり、数歩離れた長椅子に移動して隣を指す。
「おれだけ聞いたって、どうせあとから話すんだから一緒に聞け」
二度手間になるのは面倒だ、というと、バッシュはイェオリから封筒を受け取ってエリオットの左隣へ腰を下ろした。別チームの人間として境界を示しておきながら、手を出していいとなったら当然のように世話を焼くんだから。
「おかしなところはなさそうだな」
なにか仕掛けられているのを疑っているのか、天井の照明に透かしてから、封筒をエリオットに渡した。貴族会にとっては、自分たちの保身のために劇薬を仕込んでエリオットを亡き者にしようとしていても不思議じゃないが。
「私的な書簡ではありませんので、開封させていただきました。安全は確認済みです」
イェオリが当然のようにいうので、少なくとも暗殺の心配はなさそうだ。ヘインズ公爵宛て。公的な肩書が印刷された封筒を裏返し、開封した跡のあるフラップに指を滑り込ませた。
貴族会からのラブレターは、やはり紙もそれっぽいものだった。少し厚めの白い紙に、貴族会の紋章が金で箔押しされている。
「なんだって?」
中身に目を通したエリオットに、バッシュが尋ねる。
「執行部会に出席してくれって依頼」
なんか、思ってたのと違う。
「執行部会って実質、貴族会のG7みたいなもんだろ。総会よりはましだけど、なんで一個ずつの委員会を飛び越えてそんなことになるわけ?」
「今回の件については、トップ会議の決定事項として一気に片付けようって腹だろう」
「つまり?」
「それぞれの委員会でお前を招いて、幹部が数人ずつ責任を取らされるのは困る。だからだれかひとり全体の責任者を仕立て上げて、いけにえにするとかな」
変わり身の早さ半端ねーな。
見事なしっぽ切りのお手本だ。エリオットが編集者なら、政治学の初歩テキストに載せてもいい。厄介な相手を味方にしたかったら、そいつの前でだれかを指さして叫べばいい。「あいつが敵だ!」。
エリオットは便せんを封筒に戻し、イェオリに目をやった。
「だれの首を切るつもりなんだろ」
「確認いたします。今夜中にはご報告を」
「あしたのミーティングでいいよ」
せっかくの休日を、最後まで邪魔されてなるものか。
「承知いたしました。それではあす、ご報告申し上げます」
またバッシュ経由で封筒を預かったイェオリは、エリオットの不純な考えなどお見通しだろうが、それを丁寧に微笑みに変えて頭を下げた。
イェオリが下がると、のそのそとルードが近寄って来る。
「あ、待てルー……」
エリオットは慌てて椅子の上に避難ようとしたが、遅かった。上機嫌なルードが膝に顎をのせる。長い舌ですくい上げるときに弾き飛ばした水で、びしょびしょに濡れた顎を。
「あー……」
綿のボトムスに広がるしっとりしたシミに、エリオットは額を手で覆い、バッシュが気の毒げな笑いをのどに詰まらせて咳き込んだ。
17
お気に入りに追加
437
あなたにおすすめの小説
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
αなのに、αの親友とできてしまった話。
おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。
魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。
だけれど、春はαだった。
オメガバースです。苦手な人は注意。
α×α
誤字脱字多いかと思われますが、すみません。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
第一王子から断罪されたのに第二王子に溺愛されています。何で?
藍音
BL
占星術により、最も国を繁栄させる子を産む孕み腹として、妃候補にされたルーリク・フォン・グロシャーは学院の卒業を祝う舞踏会で第一王子から断罪され、婚約破棄されてしまう。
悲しみにくれるルーリクは婚約破棄を了承し、領地に去ると宣言して会場を後にするが‥‥‥
すみません、シリアスの仮面を被ったコメディです。冒頭からシリアスな話を期待されていたら申し訳ないので、記載いたします。
男性妊娠可能な世界です。
魔法は昔はあったけど今は廃れています。
独自設定盛り盛りです。作品中でわかる様にご説明できていると思うのですが‥‥
大きなあらすじやストーリー展開は全く変更ありませんが、ちょこちょこ文言を直したりして修正をかけています。すみません。
R4.2.19 12:00完結しました。
R4 3.2 12:00 から応援感謝番外編を投稿中です。
お礼SSを投稿するつもりでしたが、短編程度のボリュームのあるものになってしまいました。
多分10話くらい?
2人のお話へのリクエストがなければ、次は別の主人公の番外編を投稿しようと思っています。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる