箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章

4.目からうろこ

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 思いがけない話題を挟みながらも、休日はゆっくりとすぎていった。昼間の情報番組は、タブロイド紙と似たり寄ったりの芸能ニュースで盛り上がっている。

「お前、自分のことをSNSで調べたりするのか?」

 そうしないことを推奨するようなトーンで、バッシュが尋ねた。

「エゴサのこと?」

 エリオットはべっと舌を出す。

「自分からダメージ受けに行くほど、マゾじゃないね」

 メディアの報道に関しては、侍従たちが持って来てくれる各紙や各番組の録画で確認するが、ネットについては広報部の管轄だ。国内外の一個人の意見など追いきれないし、偏った思想も氾濫していて意識調査の参考ていどにしかならない。もちろんエリオットも、自分とキャロルの不適切なコラージュやGIF動画がいたるところに転がっているのは知っているけれど、近寄らなければいいだけの話だ。

 その点、アカウントのコメント欄に直接送り付けられる、無礼で下世話なものをスルーできるキャロルは強い。不快でないはずがないのに。

 ようやくテトリスみたいな申請書の必要事項の入力欄を埋め終わったエリオットは、ラップトップを閉じて脇に置いた。

 テレビの話題は移り、動物特集になっている。リポーターが紹介している施設に、とても既視感があった。

「ルード、お前の実家だぞ」

 声をかけると、エリオットの膝の下に潜り込んで熱心にゴムボールを噛んでいたルードが、片耳だけを器用に動かした。顔を上げて、テレビに映るリバーハウスとインタビューを受けるあの女性スタッフを見る。そして「どこかでお会いしましたか?」というように首を傾げた。

「薄情なやつだ」
「しつけはちゃんと覚えてるのにな」

 エリオットはルードが転がしたボールを取って、部屋の隅に向かって投げた。途端に、膝の下からミサイルが発射されていく。

 我が子の「実家」に目を戻すと、やはりエリオットがルードを引き取ったのが話題になっているシェルターだと、テロップが貼られている。ただ、スタッフはやや疲れているように見えた。保護犬と王子のハートフルな話題が報道されてから、犬の譲渡を希望する市民が殺到したらしい。シェルター側は少ない人員で通常の仕事を捌きながら、本当に犬たちを幸せにしてくれる家庭かを調査するので、とにかく忙しくなった、とスタッフが答えている。

「ほしいっていってくるひとに、はいどうぞって渡すわけにはいかないもんな」

 エリオットでさえ、大型犬を飼う環境が整っているかスタッフの調査訪問を受けた──彼らはかなりおっかなびっくりだったが──し、飼育にあたってルードの健康管理と幸福に責任を持つと宣誓書にサインまでしている。

 それを一組ずつ行うのだから、現場はかなり大変なはずだ。

「寄付を増やしてスタッフ雇ってもらおうかな」
「いっそ、お前が動物愛護のファンドを作ればいいじゃないか」
「…………」

 しっぽを振り回しながらルードが戻って来る。しかしエリオットは、ばかみたいに口を開けてバッシュを見つめたまま放心していて、手元に落とされたボールにも気付かなかった。

 わふわふと鳴きながらじゅうたんをかくので、バッシュが代わりにボールを投げる。ボールが壁に当たって跳ね返る音で、ようやく我に返った。

「……その発想はなかった」
「本当か?」

 バッシュが目を丸くして顎を振る。

「一度も?」
「考えついてたら、こんなに悩んでねーよ」

 床に転がって、エリオットはぐしゃぐしゃと頭をかき回した。

 支援する分野は、なぜだか人に関わることじゃないと駄目かと思い込んでいた。

「そうだよ。母さんだって芸術振興を後押ししてるし、父さんもスポーツの国際大会とか推してんじゃん。面会の申請してくるのが途上国の支援とか、医療福祉とか、そういう『人』関係ばっかなんだもん、盲点だったー」
「その辺りも、おいおい関わってもいいとは思うがな。お前はもう少し、単純なところから始めたほうがいい」

 鳥の巣のようになったエリオットの髪を、バッシュが指先ですいた。

「それ、ラスにも言われた気がする」

 子どもとか動物とかから始めろと。

 エリオットは横目でラップトップを見た。

「……じゃあ、もしかして自然保護とかでもいいの?」
「いまのところ、それをメインにしているロイヤルファンドはないはずだな」
「マジかー」

 ふたたび戻って来たルードが、エリオットの腹にボールを落とした。
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