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訳あり王子と秘密の恋人 第二部 第一章
3.きっかけは
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たぶん、お前が初めて箱庭へ入った日だな。
監督役の大人に連れられてやって来た小さな少年は、大きな目を一杯に開いて辺りを見回しながら、石のように体をこわばらせていた。すでに「変なやつ」のレッテルを貼られ自由を謳歌していたバッシュは、少し離れたところで「えらく変なやつが来たな」と思っていた。たぶん、そこにいただれよりも年下であろう少年は、それでも年が近いグループへ入れられたが、群がって来るほかの子どもたちに完全に怯えていた。
さっさと退場させればいいのにと眺めていたら、急にバッシュと同い年くらいのグループのほうへ走って行って──。
「コケたんだよ、お前」
「あー……」
記憶にはないが、あり得る話だ。たぶん、年かさのグループにサイラスがいたのを見つけて、助けてもらおうとしたのだろう。
「よく覚えてるな、そんなこと」
いくら年上でも、当時はまだ彼だって子どもだったのに。
「バカ言え。あれがお前だって分かってから、必死こいて掘り起こしたんだ」
バッシュは人差し指でこめかみを叩いた。
それは何というか、とても嬉しい反面、自分が覚えていないことだから落ち着かない。
エリオットは熱くなった首の後ろをさすった。
「その、おれがコケたのが、どうやって志望動機に繋がるわけ?」
「あぁ、そのあとだ。年長のガキどもがそれ見て笑ったんだ。まぁ、あまりにも見事なコケっぷりだったのかもしれないけどな。すぐに駆け寄っただれか──たぶんサイラスさまだと思うが──に連れられて箱庭を出て行くまで。おれは、それが猛烈にムカついた」
「同情した?」
「いや、お前のことは正直、どんくさい奴だなと思っただけだ」
ひどい。
やや冷静になって、エリオットは続きを促した。この話がどこに行きつくのか分からないけれど、バッシュがこんなに長くしゃべるのは、フラットの屋上で隠していた肩書を告白したとき以来だ。
「お前が王子だなんて知らなかったけど、あんなふうにひとを笑うのは、ろくな人間じゃないことは知ってた」
だてに帰国子女をやっていない。父親の派遣先では、言葉や民族の違いで、バッシュは圧倒的なマイノリティに立っていた。あんな小さな箱庭の中で、同じ国に住む相手をあざ笑うことの無意味さとバカバカしさを、すでに認識していたのだ。
「一度そうやって気付いてしまうと、子どもの目にもいろいろと見えて来るもんだ。けど、さすがに貴族のボンボンどもをぶん殴るわけにもいかないし、じゃあどうするかと考えた。あいつらが後生大事にしている権威とやらで殴るには、どうしたらいいのかってな」
「あ、なんか分かって来た」
「貴族よりずっと権威のある人間が、この国にはいる。しかも、その人物が信頼を寄せる側近は、貴族でなくても努力次第で登用されるんだ。『陛下とお近づきになりたければ、おれを通せ』と奴らに言える、唯一の仕事が王宮侍従だった」
「なかなかのトンデモな動機だな」
本当にそんな物言いをすれば即クレームが飛んできて懲戒必至だろうし、実際は侍従も儀礼に従って貴族に敬意を払わなければならない。しかしエリオットが面会する相手の選出をイェオリに一任していることを思えば、王族とお近付きになりたいという者ほど侍従を蔑ろにできくなるのは事実だろう。
「でもそれって、子どものころの話だろ? そのあと何カ国も住んで、それこそほかの国でそのまま働こうとかは思わなかった?」
「逆だな」
「逆?」
「どこの国もそれなりに楽しかったけど、何年暮らしても、結局は『よそ者』でしかない。シルヴァーナに帰って来て、だれからもそんな扱いを受けなくなったことで、余計にそれを感じた。だから一度は自分が『よそ者』でないところで、基盤を持ちたかった」
バッシュはそこで、少し恥ずかしそうに目元をかいた。
「そのころに、サイラスさまの立太子に関する報道が多く流れるようになって、このひとはシルヴァーナという国、そのものになっていくんだろうな、と思った。それで子供のころ、貴族のボンボンどもをぶん殴る方法を考えたことを思い出して」
安定した公務員で、自分のルーツを体現している王室に深く関わり、かつ子供のころの野望を果たせる仕事か。
「まぁ、貴族どもに頭を下げなくていい首相を目指すって手もあったが、政治家になるには時間と金がかかりすぎるからやめたな」
なにその早く殴りたいから、みたいな選択理由。
「でも早く侍従になりたかったわりには、クレッグストン辞めてまで留学したんだ」
「バイトしながらいろんなひとに話を聞いたら、本気で侍従を目指すなら大学のレベルも大事だと分かった。クレッグストンが悪いわけじゃないが、箔はいくつあってもいいだろう」
それで一度アルバイトを中断して、イギリスの名門に入り直したと。
最初にフットマンとして働き始めてから、大学を出るまでも数に入れるなら、侍従になるために十年下積みをしたという彼の言葉は嘘ではない。
一途というか、執念深いというか、だな。
「まぁ、実際にやってみたら、とんでもなく忙しくて、ボンボンどもをぶん殴るどころじゃなくなった。いまは常に自分のベストを要求される仕事が楽しいから、もうそのへんはおまけみたいなもんだな」
監督役の大人に連れられてやって来た小さな少年は、大きな目を一杯に開いて辺りを見回しながら、石のように体をこわばらせていた。すでに「変なやつ」のレッテルを貼られ自由を謳歌していたバッシュは、少し離れたところで「えらく変なやつが来たな」と思っていた。たぶん、そこにいただれよりも年下であろう少年は、それでも年が近いグループへ入れられたが、群がって来るほかの子どもたちに完全に怯えていた。
さっさと退場させればいいのにと眺めていたら、急にバッシュと同い年くらいのグループのほうへ走って行って──。
「コケたんだよ、お前」
「あー……」
記憶にはないが、あり得る話だ。たぶん、年かさのグループにサイラスがいたのを見つけて、助けてもらおうとしたのだろう。
「よく覚えてるな、そんなこと」
いくら年上でも、当時はまだ彼だって子どもだったのに。
「バカ言え。あれがお前だって分かってから、必死こいて掘り起こしたんだ」
バッシュは人差し指でこめかみを叩いた。
それは何というか、とても嬉しい反面、自分が覚えていないことだから落ち着かない。
エリオットは熱くなった首の後ろをさすった。
「その、おれがコケたのが、どうやって志望動機に繋がるわけ?」
「あぁ、そのあとだ。年長のガキどもがそれ見て笑ったんだ。まぁ、あまりにも見事なコケっぷりだったのかもしれないけどな。すぐに駆け寄っただれか──たぶんサイラスさまだと思うが──に連れられて箱庭を出て行くまで。おれは、それが猛烈にムカついた」
「同情した?」
「いや、お前のことは正直、どんくさい奴だなと思っただけだ」
ひどい。
やや冷静になって、エリオットは続きを促した。この話がどこに行きつくのか分からないけれど、バッシュがこんなに長くしゃべるのは、フラットの屋上で隠していた肩書を告白したとき以来だ。
「お前が王子だなんて知らなかったけど、あんなふうにひとを笑うのは、ろくな人間じゃないことは知ってた」
だてに帰国子女をやっていない。父親の派遣先では、言葉や民族の違いで、バッシュは圧倒的なマイノリティに立っていた。あんな小さな箱庭の中で、同じ国に住む相手をあざ笑うことの無意味さとバカバカしさを、すでに認識していたのだ。
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「あ、なんか分かって来た」
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「でもそれって、子どものころの話だろ? そのあと何カ国も住んで、それこそほかの国でそのまま働こうとかは思わなかった?」
「逆だな」
「逆?」
「どこの国もそれなりに楽しかったけど、何年暮らしても、結局は『よそ者』でしかない。シルヴァーナに帰って来て、だれからもそんな扱いを受けなくなったことで、余計にそれを感じた。だから一度は自分が『よそ者』でないところで、基盤を持ちたかった」
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「そのころに、サイラスさまの立太子に関する報道が多く流れるようになって、このひとはシルヴァーナという国、そのものになっていくんだろうな、と思った。それで子供のころ、貴族のボンボンどもをぶん殴る方法を考えたことを思い出して」
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