箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章

11.スタンドアップ

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 仕事で行き詰ったら走りに行くと言うバッシュとは対照的に、エリオットは自室の床に仰向けで転がっていた。シーリングローズにぶら下がるシャンデリアに向かってゴムボールを投げ、落ちて来るそれをキャッチしてはまた投げる。

 先ほどまでそのボールで遊んでいたルードは、エリオットに頭を載せられても迷惑そうな顔ひとつせずラグに伏せていた。

 不思議なものだ。すぐ脇に投げ出された足の爪や、耳元に寄せられた牙のほうが、よほど危険がありそうなのに、エリオットは同じひとの手のほうが怖い。その手はエリオットを打ち、晒し、弄ったから。でも、バッシュの手は違う。温め、支え、愛してくれた。

 エリオットにとって、バッシュの手に「触れたい」と、「愛されたい」は同義だ。

 じゃあ、おれは?

 両手でボールを受け止め、目を閉じる。そして思い返した。

 サイラスのデスクにあった家族写真。バッシュの部屋の見切れたポスター。腕時計を見る、イェオリの穏やかな横顔。

「──よし」

 エリオットは立ち上がった。勢いをつけすぎて、くらりと目が回る。寝不足と鉄分不足だ。ちっとも学習しないんだから。
 一緒に来るかと声をかけるも、重しがなくなったルードは伸びをして寝室へ行ってしまったので、ひとりでドローイングルームを出る。

 照明をつけたままにしてくれている廊下は、夜でも不自由はない。
 ただやはり、足音が昼間よりも高い天井に響く気がする。聞くひともいないだろうに、エリオットはゆっくり足を運んだ。

 幼いころの家庭教師によると、リトル・カルバートン宮殿の建設は十九世紀。ときの王が、他国から嫁いでくる王妃のために作らせた庭園付きの離宮で、そのときどきで王族の住まいや迎賓館として使用されたりしてきた。

 その外観を説明するとき、もっとも伝わりやすいのが「ダウントンアビーにそっくり」だろう。つまりヴィクトリアン様式の古い屋敷だ。ロココを主に取り入れて女性的な優雅さを誇る王宮やハウスより、ネオゴシックに寄っている内装はやや男性的。シックで落ち着きのある仕様になっている。

 現在、エリオットが居住しているのは広い屋敷の一角でしかなく、引っ越してきてから二ヶ月近く経っても、中を覗いていない部屋がたくさんあった。ルードの探検に付き合って、ようやくすべてのフロアを回ったくらいだ。

 かすかに軋む木の階段を一階までおりて向かったのは、侍従たちの事務所。いつもなら用があれば内線かスマートフォンで連絡を入れるが、なんとなく歩きたかった。

 きょうの当番はだれだったかなと考え、覗けば分かるなとドアノブを回す。

「だれかいるー?」
「うわ、殿下」
「……」

 またか。
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