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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章
10.帰ってきたブーメラン
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「おれを傷つけるのは、自分でも許せないんだって。ロマンス小説に出てくる、いけ好かないカッコつけの騎士が言いそうじゃないか?」
ボウルをテーブルに置いて、エリオットが偏見に満ちた毒を吐く。ロマンス小説なんて手に取ったこともないけれど、映画やドラマだって、その手のセリフを口にするのは自己犠牲型のヒーローと相場は決まっている。
たまたま派遣された公爵の家を片付け、まともな食事を作るほどには世話焼きなバッシュだが、無私無欲な男ではない。エリオットを更生させようとしたのだって、初めは自分の出世のためだった。
それがなんだって、ああも頑ななんだか。
『あなた自身がおとぎ話の住人じゃない』
「それはキャロルもだろ」
『立場が違うって言わなかった? わたしが冠を奪いたかったら、最低でも十人は暗殺しなきゃならないけど、あなたはたったふたりでしょ』
当たり前のようにエリオットも暗殺対象として数えたキャロルは、「そろそろ自覚したほうがいいわよ」と進言した。
『ルードとの写真、いくつ「いいね」がついたか知ってる? 五日で二十万よ、二十万。わたしが投稿したアルウェンとのツーショットは、一番多いのでも十二万くらいなのに』
アルウェンはキャロルの飼っているキジトラだ。
あれだけ時間をかけたわりに、広報アカウントにアップされた写真は一枚だけだった。ウッドガーデンのグリーンを背景に、ブナの幹に絡みつく白いクレマチスの花の下で、地面に座るルードが傍らのエリオットを見上げている、シンプルで目に優しい構図だ。エリオットはややうつむいているから表情は隠れているが、ほほ笑んでいるらしい口元だけはちゃんと写っていた。よく見るとルードが片足でエリオットの靴を踏んでいて、それがまた愛くるしくて笑えるとウケている。
それから、エリオットがはいていた色の濃いパンツの効果で、寄り添ったルードの白い毛並みが強調されていて、そのふわふわ具合に悶絶するコメントも多く寄せられていた。悔しいので、そこまで考えてのチョイスかと尋ねてはいないが、まあそうだろう。
「キャロル、おれの話じゃなくてさ」
手持無沙汰にボールペンを取り、メモの端へルードの絵を描いていたエリオットは、そのままどこまでも脱線しそうになる話題を戻した。
『あぁ、忘れてた』
スピーカーから、ポーンと鍵盤を弾く音が聞こえる。レッスン室にあるピアノを、適当に叩いているのだろう。
『思ったんだけど』
同じ音を三回鳴らして、キャロルが言った。
『それって、臆病だからじゃない?』
「臆病?」
失礼ながら、エリオットは鼻で笑ってしまった。彼女の言葉が、バッシュにまるで似合わなかったからだ。弱気とか小心なんて形容とは、真逆にいるような男なんだ。そう口にしかけて、息を吸ったところで動きを止める。
待てよ?
キャロルはバッシュを知らない。エリオットが話してないし、探りを入れたところで特定はできないはずだ。でもだからこそ、先入観なく核心をついているのではないか。
それこそ直感で、エリオットはそう思った。
「それって、どういうこと?」
『だから、怖いんじゃない? たとえば……その一、自分の行動があなたを傷つけること。その二、そのことで自分が傷つくこと。その三、王子になにかあった場合の責任を問われること』
ほかにもあるかもしれないけど、思いつくのはそんなところだとキャロル。
『あなた、その相手とは身分を隠して付き合ってるの?』
「いや、知ってる」
『だったら候補三は除外していいかもね』
そもそも、いまさら怖気づくような相手なら、さっさと別れたほうがいいとキャロルは言い切った。しかし、思い当たることがないでもない。ベッドになだれ込む前、バッシュはたしかに躊躇していた。自分はただの侍従で、エリオットは王子だと。それは乗り越えたと思っていたのだけれど、もしまだ葛藤していたらどうしよう。
そう考えると、一つ目だってありそうだ。エリオットがパニックになると、死ぬほど心配すると言っていた。だったら触れるの避けたい心情も理解できる。
エリオットはボールペンのノック部分を額に当てて唸った。
「……二つ目がよく分からないんだけど」
『あなたを傷つけて、嫌われるのが怖いってこと』
「いや、さすがにそれは……嫌われないかって恐れているのはおれのほうだ。どうしたら、あいつがおれに嫌われる心配なんてできるんだよ」
『それは、あなたが一方的に思ってるだけじゃない。そういうこと、ちゃんと伝えてるの? キスだけでものごとが解決するのは、ひと昔前のディズニープリンセスだけだから』
特大の槍でぶっすりやられて、エリオットはソファに倒れこんだ。
というか、見送ったブーメランがいまさら戻って来た感じ?
『なに、心当たりがあるの?』
「ニールに忠告された」
『ニール?』
「ナサニエル・フォスター。きみがいうところの『たったひとりの』友達」
『それ、あのナサニエル・フォスター?』
声がひっくり返るほどキャロルが驚いたので、エリオットは慌てて頭だけを起こした。
「あ、違う。本当に普通の友達。セックスを含まないほうの!」
いや、セックスを含む友達ってなんだ。セフレか。セフレだな。
若干の気まずい静寂のあとに、キャロルが咳払いをした。
『それで、彼はなんて?』
「……おれはオープンにしてるつもりでも、相手にぜんぜん伝わってないこともあるって」
『まさにそれじゃない』
心底呆れた声のキャロルが、エリオットにとどめを刺した。
ボウルをテーブルに置いて、エリオットが偏見に満ちた毒を吐く。ロマンス小説なんて手に取ったこともないけれど、映画やドラマだって、その手のセリフを口にするのは自己犠牲型のヒーローと相場は決まっている。
たまたま派遣された公爵の家を片付け、まともな食事を作るほどには世話焼きなバッシュだが、無私無欲な男ではない。エリオットを更生させようとしたのだって、初めは自分の出世のためだった。
それがなんだって、ああも頑ななんだか。
『あなた自身がおとぎ話の住人じゃない』
「それはキャロルもだろ」
『立場が違うって言わなかった? わたしが冠を奪いたかったら、最低でも十人は暗殺しなきゃならないけど、あなたはたったふたりでしょ』
当たり前のようにエリオットも暗殺対象として数えたキャロルは、「そろそろ自覚したほうがいいわよ」と進言した。
『ルードとの写真、いくつ「いいね」がついたか知ってる? 五日で二十万よ、二十万。わたしが投稿したアルウェンとのツーショットは、一番多いのでも十二万くらいなのに』
アルウェンはキャロルの飼っているキジトラだ。
あれだけ時間をかけたわりに、広報アカウントにアップされた写真は一枚だけだった。ウッドガーデンのグリーンを背景に、ブナの幹に絡みつく白いクレマチスの花の下で、地面に座るルードが傍らのエリオットを見上げている、シンプルで目に優しい構図だ。エリオットはややうつむいているから表情は隠れているが、ほほ笑んでいるらしい口元だけはちゃんと写っていた。よく見るとルードが片足でエリオットの靴を踏んでいて、それがまた愛くるしくて笑えるとウケている。
それから、エリオットがはいていた色の濃いパンツの効果で、寄り添ったルードの白い毛並みが強調されていて、そのふわふわ具合に悶絶するコメントも多く寄せられていた。悔しいので、そこまで考えてのチョイスかと尋ねてはいないが、まあそうだろう。
「キャロル、おれの話じゃなくてさ」
手持無沙汰にボールペンを取り、メモの端へルードの絵を描いていたエリオットは、そのままどこまでも脱線しそうになる話題を戻した。
『あぁ、忘れてた』
スピーカーから、ポーンと鍵盤を弾く音が聞こえる。レッスン室にあるピアノを、適当に叩いているのだろう。
『思ったんだけど』
同じ音を三回鳴らして、キャロルが言った。
『それって、臆病だからじゃない?』
「臆病?」
失礼ながら、エリオットは鼻で笑ってしまった。彼女の言葉が、バッシュにまるで似合わなかったからだ。弱気とか小心なんて形容とは、真逆にいるような男なんだ。そう口にしかけて、息を吸ったところで動きを止める。
待てよ?
キャロルはバッシュを知らない。エリオットが話してないし、探りを入れたところで特定はできないはずだ。でもだからこそ、先入観なく核心をついているのではないか。
それこそ直感で、エリオットはそう思った。
「それって、どういうこと?」
『だから、怖いんじゃない? たとえば……その一、自分の行動があなたを傷つけること。その二、そのことで自分が傷つくこと。その三、王子になにかあった場合の責任を問われること』
ほかにもあるかもしれないけど、思いつくのはそんなところだとキャロル。
『あなた、その相手とは身分を隠して付き合ってるの?』
「いや、知ってる」
『だったら候補三は除外していいかもね』
そもそも、いまさら怖気づくような相手なら、さっさと別れたほうがいいとキャロルは言い切った。しかし、思い当たることがないでもない。ベッドになだれ込む前、バッシュはたしかに躊躇していた。自分はただの侍従で、エリオットは王子だと。それは乗り越えたと思っていたのだけれど、もしまだ葛藤していたらどうしよう。
そう考えると、一つ目だってありそうだ。エリオットがパニックになると、死ぬほど心配すると言っていた。だったら触れるの避けたい心情も理解できる。
エリオットはボールペンのノック部分を額に当てて唸った。
「……二つ目がよく分からないんだけど」
『あなたを傷つけて、嫌われるのが怖いってこと』
「いや、さすがにそれは……嫌われないかって恐れているのはおれのほうだ。どうしたら、あいつがおれに嫌われる心配なんてできるんだよ」
『それは、あなたが一方的に思ってるだけじゃない。そういうこと、ちゃんと伝えてるの? キスだけでものごとが解決するのは、ひと昔前のディズニープリンセスだけだから』
特大の槍でぶっすりやられて、エリオットはソファに倒れこんだ。
というか、見送ったブーメランがいまさら戻って来た感じ?
『なに、心当たりがあるの?』
「ニールに忠告された」
『ニール?』
「ナサニエル・フォスター。きみがいうところの『たったひとりの』友達」
『それ、あのナサニエル・フォスター?』
声がひっくり返るほどキャロルが驚いたので、エリオットは慌てて頭だけを起こした。
「あ、違う。本当に普通の友達。セックスを含まないほうの!」
いや、セックスを含む友達ってなんだ。セフレか。セフレだな。
若干の気まずい静寂のあとに、キャロルが咳払いをした。
『それで、彼はなんて?』
「……おれはオープンにしてるつもりでも、相手にぜんぜん伝わってないこともあるって」
『まさにそれじゃない』
心底呆れた声のキャロルが、エリオットにとどめを刺した。
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