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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章
8.変わり者はいるもので
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一階のティールームは、緑がメインカラーに選ばれている。植物模様の絹壁紙も、チェアやソファのテキスタイルも深い緑。それが不思議と明るいオーク材の壁にマッチしているのだから、デザイナーというのは恐れ入る。
南側には大きな窓もあるが、夜半から降り続く雨が貼りつき、近くの水滴を巻き込んで次々と流れ落ちていた。
「あの、クレイヴ。あれは、仕事中もあんな感じ?」
給仕用のワゴンを押して来たイェオリに、エリオットは尋ねた。
研修中は徹底して表に出さないらしく、あれから数日たっても、エリオットが青年を見かけることはなかった。キッチンガーデンで鉢合わせしたのは偶然だったらしい。
「業務中はふさわしい作法を身に着けております。先日はお休みをいただいておりましたので、寛大なお心でお許しいただきたく存じます」
「いや、あれが悪いって意味じゃないから」
「ありがとうございます」
イェオリは丸テーブルをひとつソファの側へ運んでくると、水差しとグラス、それから数枚のクラッカーを添えた果物のボウルを置いた。もともとあったテーブルには、書籍やバインダーが積み上がっていたからだ。
「休みってことは、わざわざ手伝いを?」
「そういう人物です」
なるほど。声がでかいだけがとりえではなさそうだ。
では、と会釈してイェオリがさがる。
エリオットは手を伸ばしてバインダーの下からポストイットを探し出すと、胡坐の上に開いていた本のページに貼り付けた。引用できそうな部分の行数を書き込み、テーブルに広げたメモへ本のタイトルを記入する。
世に出回っている文献すべてがデジタルで保管されていればいいのに、とエリオットはボールペンを投げ出した。アーカイブされていれば、調べ物の結果をタグで紐付けしておける。
エリオットの膝とテーブルを占領するのは、ゴードンからの課題図書だ。過去の研究論文や書籍を読み、自分の研究に関連がある部分を見つけて概要をレポートにしなくてはならない。自分が育てたデファイリア・グレイのことを書くだけなのに? と首を傾げたエリオットは、子どもの観察日記ではないのだから、行った実験ひとつにも根拠を示す必要がある。と研究者の顔でゴードンに諭された。
非常に面倒くさいが、そもそもどこからをデファイリア・グレイの栽培種と定義するかを問われて答えられなかった時点で、エリオットに課題を拒否する権利はなかった。建前上は共同研究者となっているけれど、ゴードンは初めから指導も込みで考えていたのだろう。
本を読むより映像作品を見る方が好きなエリオットも、だいぶ研究書の文体に慣れてきた。それに、小難しい論述を追っているあいだは、バッシュのことを考えなくてすむ。
学校関係の新年度で新しい仕事が増えたらしい大学教授も、会計年度でいう下半期に入ったばかりの王宮侍従も忙しい。ゴードンにはこうして課題をもらい、レポートを送信することで徐々に準備が進んでいるが、バッシュのほうは完全に棚上げ状態だ。
電話では以前の二の舞になりそうだし、かといって人目に付くハウスで大ぴらに話せることじゃない。となればカルバートンへ来るのを待つしかないのに、しばらく残業続きだと聞いてしまっては、遠慮が先に立って呼びつけることもできない。
結婚式のせいで後回しにされていた行事にサイラスが引っ張りだこということは、その準備から後処理までを担当する侍従たちの忙しさもそうとうなもののはずだ。
ゆえに、棚上げ。そして時間が経つほど、どんな顔で会えばいいのかも分からなくなって来る。ニュースで取り上げられたりすれば、サイラスの後ろに映り込む姿を見ることもできるけれど、随行要員でなければそれすらなかった。
ため息をついたエリオットが水差しの取手を掴んだとき、ソファに放り出していたスマートフォンが着信を告げた。
南側には大きな窓もあるが、夜半から降り続く雨が貼りつき、近くの水滴を巻き込んで次々と流れ落ちていた。
「あの、クレイヴ。あれは、仕事中もあんな感じ?」
給仕用のワゴンを押して来たイェオリに、エリオットは尋ねた。
研修中は徹底して表に出さないらしく、あれから数日たっても、エリオットが青年を見かけることはなかった。キッチンガーデンで鉢合わせしたのは偶然だったらしい。
「業務中はふさわしい作法を身に着けております。先日はお休みをいただいておりましたので、寛大なお心でお許しいただきたく存じます」
「いや、あれが悪いって意味じゃないから」
「ありがとうございます」
イェオリは丸テーブルをひとつソファの側へ運んでくると、水差しとグラス、それから数枚のクラッカーを添えた果物のボウルを置いた。もともとあったテーブルには、書籍やバインダーが積み上がっていたからだ。
「休みってことは、わざわざ手伝いを?」
「そういう人物です」
なるほど。声がでかいだけがとりえではなさそうだ。
では、と会釈してイェオリがさがる。
エリオットは手を伸ばしてバインダーの下からポストイットを探し出すと、胡坐の上に開いていた本のページに貼り付けた。引用できそうな部分の行数を書き込み、テーブルに広げたメモへ本のタイトルを記入する。
世に出回っている文献すべてがデジタルで保管されていればいいのに、とエリオットはボールペンを投げ出した。アーカイブされていれば、調べ物の結果をタグで紐付けしておける。
エリオットの膝とテーブルを占領するのは、ゴードンからの課題図書だ。過去の研究論文や書籍を読み、自分の研究に関連がある部分を見つけて概要をレポートにしなくてはならない。自分が育てたデファイリア・グレイのことを書くだけなのに? と首を傾げたエリオットは、子どもの観察日記ではないのだから、行った実験ひとつにも根拠を示す必要がある。と研究者の顔でゴードンに諭された。
非常に面倒くさいが、そもそもどこからをデファイリア・グレイの栽培種と定義するかを問われて答えられなかった時点で、エリオットに課題を拒否する権利はなかった。建前上は共同研究者となっているけれど、ゴードンは初めから指導も込みで考えていたのだろう。
本を読むより映像作品を見る方が好きなエリオットも、だいぶ研究書の文体に慣れてきた。それに、小難しい論述を追っているあいだは、バッシュのことを考えなくてすむ。
学校関係の新年度で新しい仕事が増えたらしい大学教授も、会計年度でいう下半期に入ったばかりの王宮侍従も忙しい。ゴードンにはこうして課題をもらい、レポートを送信することで徐々に準備が進んでいるが、バッシュのほうは完全に棚上げ状態だ。
電話では以前の二の舞になりそうだし、かといって人目に付くハウスで大ぴらに話せることじゃない。となればカルバートンへ来るのを待つしかないのに、しばらく残業続きだと聞いてしまっては、遠慮が先に立って呼びつけることもできない。
結婚式のせいで後回しにされていた行事にサイラスが引っ張りだこということは、その準備から後処理までを担当する侍従たちの忙しさもそうとうなもののはずだ。
ゆえに、棚上げ。そして時間が経つほど、どんな顔で会えばいいのかも分からなくなって来る。ニュースで取り上げられたりすれば、サイラスの後ろに映り込む姿を見ることもできるけれど、随行要員でなければそれすらなかった。
ため息をついたエリオットが水差しの取手を掴んだとき、ソファに放り出していたスマートフォンが着信を告げた。
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