上 下
191 / 332
訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章

8.変わり者はいるもので

しおりを挟む
 一階のティールームは、緑がメインカラーに選ばれている。植物模様の絹壁紙も、チェアやソファのテキスタイルも深い緑。それが不思議と明るいオーク材の壁にマッチしているのだから、デザイナーというのは恐れ入る。

 南側には大きな窓もあるが、夜半から降り続く雨が貼りつき、近くの水滴を巻き込んで次々と流れ落ちていた。

「あの、クレイヴ。あれは、仕事中もあんな感じ?」

 給仕用のワゴンを押して来たイェオリに、エリオットは尋ねた。

 研修中は徹底して表に出さないらしく、あれから数日たっても、エリオットが青年を見かけることはなかった。キッチンガーデンで鉢合わせしたのは偶然だったらしい。

「業務中はふさわしい作法を身に着けております。先日はお休みをいただいておりましたので、寛大なお心でお許しいただきたく存じます」
「いや、あれが悪いって意味じゃないから」
「ありがとうございます」

 イェオリは丸テーブルをひとつソファの側へ運んでくると、水差しとグラス、それから数枚のクラッカーを添えた果物のボウルを置いた。もともとあったテーブルには、書籍やバインダーが積み上がっていたからだ。

「休みってことは、わざわざ手伝いを?」
「そういう人物です」

 なるほど。声がでかいだけがとりえではなさそうだ。

 では、と会釈してイェオリがさがる。

 エリオットは手を伸ばしてバインダーの下からポストイットを探し出すと、胡坐の上に開いていた本のページに貼り付けた。引用できそうな部分の行数を書き込み、テーブルに広げたメモへ本のタイトルを記入する。
 世に出回っている文献すべてがデジタルで保管されていればいいのに、とエリオットはボールペンを投げ出した。アーカイブされていれば、調べ物の結果をタグで紐付けしておける。

 エリオットの膝とテーブルを占領するのは、ゴードンからの課題図書だ。過去の研究論文や書籍を読み、自分の研究に関連がある部分を見つけて概要をレポートにしなくてはならない。自分が育てたデファイリア・グレイのことを書くだけなのに? と首を傾げたエリオットは、子どもの観察日記ではないのだから、行った実験ひとつにも根拠を示す必要がある。と研究者の顔でゴードンに諭された。

 非常に面倒くさいが、そもそもどこからをデファイリア・グレイの栽培種と定義するかを問われて答えられなかった時点で、エリオットに課題を拒否する権利はなかった。建前上は共同研究者となっているけれど、ゴードンは初めから指導も込みで考えていたのだろう。

 本を読むより映像作品を見る方が好きなエリオットも、だいぶ研究書の文体に慣れてきた。それに、小難しい論述を追っているあいだは、バッシュのことを考えなくてすむ。

 学校関係の新年度で新しい仕事が増えたらしい大学教授も、会計年度でいう下半期に入ったばかりの王宮侍従も忙しい。ゴードンにはこうして課題をもらい、レポートを送信することで徐々に準備が進んでいるが、バッシュのほうは完全に棚上げ状態だ。
 電話では以前の二の舞になりそうだし、かといって人目に付くハウスで大ぴらに話せることじゃない。となればカルバートンへ来るのを待つしかないのに、しばらく残業続きだと聞いてしまっては、遠慮が先に立って呼びつけることもできない。

 結婚式のせいで後回しにされていた行事にサイラスが引っ張りだこということは、その準備から後処理までを担当する侍従たちの忙しさもそうとうなもののはずだ。

 ゆえに、棚上げ。そして時間が経つほど、どんな顔で会えばいいのかも分からなくなって来る。ニュースで取り上げられたりすれば、サイラスの後ろに映り込む姿を見ることもできるけれど、随行要員でなければそれすらなかった。

 ため息をついたエリオットが水差しの取手を掴んだとき、ソファに放り出していたスマートフォンが着信を告げた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

処理中です...