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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章
3.侍従の懸念
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積み上がって行くスケジュールと確認事項をタブレットに打ち込んでいたイェオリが、その穏やかな雰囲気からすると意外なほど硬そうな指を画面から離してエリオットを見た。
「個人的に、ひとつ気になることがあるのですが、よろしいですか」
頷きで促す。
「エリオットさまとレディ・キャロルに関する報道です」
「あぁ、交際は順調で、年内にプロポーズするらしいな」
「それは四日前のサンセットですね。エリオットさまにとっては初めてのロマンスですから、少々加熱ぎみではありますが、お相手がスキャンダラスな女性でない分、世論の印象はさほど悪くありません」
キャロルとの関係がフェイクである以上、なんの慰めにもならない。
「──ですが、その記事ではなく」
「どれが気になってる?」
「パレードの電子版です」
再びイェオリの指が踊り、エリオットの端末に画像を送って来る。ネットに掲載された記事のスクリーンショットだ。
貼られた写真は、ブランシェールの工房から出て来るキャロルとエリオット。見出しは──。
──王子、高級テーラーで恋人にプレゼントを。会計は国民の税金で?
そんなわけあるか。請求書はヘインズ家宛てだ。
「いつもの調子だな。あそこは王室に批判的だ」
君主制に、ではないところがミソだ。
「えぇ。ですが、妙に詳しい情報だとお思いになりませんか?」
「詳しい?」
「サー・ブランシェールの工房でエリオットさまが贈り物をなさったことは、スタッフ以外は知りません。レディ・キャロルもハンドバッグ以外の荷物はお持ちではありませんでしたので、買い物をしたかどうかすら分からない状態です。それでも、パレードはこの書きぶり……」
「キャロルを疑ってんなら、たぶん違う」
彼女ならメディアなんて使わずに、自分のSNSでもっと魅力的な記事にする。
昨夜──バッシュと話をする前に──チェックしたアカウントに投稿されたのは、いつもの猫の写真だった。バックに赤いリボンをつけた、巻き毛のテディベアが写りこんでいたが、キャプションでもそれについては一切言及していなかった。エリオットにだけ伝わればいいというサインだし、そんなことをする彼女がメディアにリークするとは考えにくい。
「まぐれ当たりか、工房の店員が漏らしたとか?」
「可能性はあります。しかし過去の記事を見ても、他紙とはやや目の付け所が異なります。勘のいい記者がいることは間違いないかと」
「……もしかして、おれを血統主義って批判してるのも?」
「えぇ。以前、エリオットさまのお立場を知らないまま絡んで来た記者が、パレードの名刺を持っていたのを、覚えていらっしゃいますか」
「フラットに押しかけて来たやつだな」
膝に顎をのせたルードを撫でながら、エリオットはうさんくさい記者の顔を思い出そうとする。
いまでこそ、動物園に新しく仲間入りした珍獣のごとく手厚い保護のもとで生活しているエリオットだが、フラットでひとり暮らしをしていたときには、数ヶ月に一度出入りするヘインズ家のスタッフ以外、侍従も警護もいなかった。あそこでのエリオットは、あくまで引きこもり兼フラットのオーナーだったからだ。王子はこのカルバートン宮殿で療養していることになっていたし、祖父から家を継いだヘインズ公爵はカーシェという地方都市の本邸で暮らしているとうわさされていた。すべては、エリオットと王室の体面を守るためだ。
いくつも重なった秘密のうち、フラットに住むエリオットがヘインズ公爵であり、さらに王子と同一人物だというところまで突き止めたのが、パレードの記者だった。
「その記者について、後のことはご存じですか?」
「いや。バッシュは警察に引き渡したって言ってたけど」
直接取材に来た記者と居合わせたバッシュがもみ合いになり、弾みでエリオットが階段から転落するなんて事故がなければ、そのまま報道の自由を盾に逃げられていただろう。エリオットが表舞台に復帰して彼の特ダネは潰した格好になるけれど、王室が国民を偽っていたなんて記事がまだ世に出ていないから、なんらかの取引が行われたであろうことは想像に難くない。
「念のため、注意を払っておきます」
「個人的に、ひとつ気になることがあるのですが、よろしいですか」
頷きで促す。
「エリオットさまとレディ・キャロルに関する報道です」
「あぁ、交際は順調で、年内にプロポーズするらしいな」
「それは四日前のサンセットですね。エリオットさまにとっては初めてのロマンスですから、少々加熱ぎみではありますが、お相手がスキャンダラスな女性でない分、世論の印象はさほど悪くありません」
キャロルとの関係がフェイクである以上、なんの慰めにもならない。
「──ですが、その記事ではなく」
「どれが気になってる?」
「パレードの電子版です」
再びイェオリの指が踊り、エリオットの端末に画像を送って来る。ネットに掲載された記事のスクリーンショットだ。
貼られた写真は、ブランシェールの工房から出て来るキャロルとエリオット。見出しは──。
──王子、高級テーラーで恋人にプレゼントを。会計は国民の税金で?
そんなわけあるか。請求書はヘインズ家宛てだ。
「いつもの調子だな。あそこは王室に批判的だ」
君主制に、ではないところがミソだ。
「えぇ。ですが、妙に詳しい情報だとお思いになりませんか?」
「詳しい?」
「サー・ブランシェールの工房でエリオットさまが贈り物をなさったことは、スタッフ以外は知りません。レディ・キャロルもハンドバッグ以外の荷物はお持ちではありませんでしたので、買い物をしたかどうかすら分からない状態です。それでも、パレードはこの書きぶり……」
「キャロルを疑ってんなら、たぶん違う」
彼女ならメディアなんて使わずに、自分のSNSでもっと魅力的な記事にする。
昨夜──バッシュと話をする前に──チェックしたアカウントに投稿されたのは、いつもの猫の写真だった。バックに赤いリボンをつけた、巻き毛のテディベアが写りこんでいたが、キャプションでもそれについては一切言及していなかった。エリオットにだけ伝わればいいというサインだし、そんなことをする彼女がメディアにリークするとは考えにくい。
「まぐれ当たりか、工房の店員が漏らしたとか?」
「可能性はあります。しかし過去の記事を見ても、他紙とはやや目の付け所が異なります。勘のいい記者がいることは間違いないかと」
「……もしかして、おれを血統主義って批判してるのも?」
「えぇ。以前、エリオットさまのお立場を知らないまま絡んで来た記者が、パレードの名刺を持っていたのを、覚えていらっしゃいますか」
「フラットに押しかけて来たやつだな」
膝に顎をのせたルードを撫でながら、エリオットはうさんくさい記者の顔を思い出そうとする。
いまでこそ、動物園に新しく仲間入りした珍獣のごとく手厚い保護のもとで生活しているエリオットだが、フラットでひとり暮らしをしていたときには、数ヶ月に一度出入りするヘインズ家のスタッフ以外、侍従も警護もいなかった。あそこでのエリオットは、あくまで引きこもり兼フラットのオーナーだったからだ。王子はこのカルバートン宮殿で療養していることになっていたし、祖父から家を継いだヘインズ公爵はカーシェという地方都市の本邸で暮らしているとうわさされていた。すべては、エリオットと王室の体面を守るためだ。
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「念のため、注意を払っておきます」
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