箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
185 / 334
訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章

2.まわる日常

しおりを挟む
 どれだけ気が乗らなくても、日常は淡々とエリオットを押し流していく。けれど案外、意地を張ってベッドに引きこもるより、流れに身を任せているほうが楽なときもあるものだ。

「本日はこのあと九時より、予定どおりエリオットさまとルードの写真撮影がございます」
「それ、どこで撮んの?」
「庭かライブラリーが候補ですが、天気がいいのでおそらく庭になるでしょう。撮影には広報部から企画担当者とカメラマン、アシスタント、そしてヘアメイクの四名が──」
「メイク!?」
「──と、おっしゃるだろうと思いまして、そちらは断っておきました。スタッフは三名で参ります」

 毎朝のミーティングは、シフトが合う限りイェオリが担当している。
 別格──というより殿堂入り?──のベイカーを除けば、現在もっとも重用されている側近がいるのは、カルバートンの二階にあるエリオットの書斎。室内をぐるりと囲む板ばりの腰壁に、ぴったりくっつけた飾り気のないベンチの端ぎりぎりに座って、膝の上に置いたタブレットを捌いている。

 エリオットも、また同じベンチの逆側にいた。シーソーを楽しんでいるわけではなく、リハビリの一環だ。

 ベンチの長さは車のシートを想定して選ばれていて、少し詰めれば成人男性が三人座れるくらい。まだ両サイドに離れて座っているし、エリオットに至っては尻が半分浮いている。でも、ちゃんと座面に尻を収められるようになれば、車での移動時にだれかと相乗りが可能になる──かもしれないという、希望的観測でもって続けている訓練だ。

 いまの進行具合はといえば、こうしてエリオットが隣に座っていられるのは、ベイカーとイェオリ相手のときだけで、目標達成まではまだ時間がかかりそうだ。

「これは念のためのお知らせですが、侍従武官の登用について、サイラスさまのコメントが本日公表されます」
「何時に?」
「広報からの発表が十一時です」
「強気だな」

 昼のワイドショーの話題を独り占めするつもりか。

「あとで読むから、原文をデータで送っておいて」

 自分のタブレットでリマインダーを設定しながら、エリオットは付け加えた。

「承知いたしました。それから、各方面の慈善団体から面会の申請が多数ございます。ご興味のある分野がございましたら、事前にお伺いしますので仰ってください」
「それ、いまじゃなきゃダメ?」
「きょうあす、というわけではございません。ですが様々な分野の代表とお話をなされば、ファンドの参考になるのではと思いまして」

 思い切り顔をしかめる。
 イェオリはそういうが、彼らの用件は分かりきっている。エリオットを名誉会員だか総裁だかに据えて、自分の団体に注目と資金を集めようというのだ。どうせどの団体も、両親やサイラスたちがすでに手一杯で断られたクチだろう。
 余り物でも王族には違いないから、とりあえず手を上げておくといったところか。などとネガティブなほうへ流れる思考を一旦止めて、エリオットは、床でごろりと寝返りを打ったルードに目をやった。

「ルード、重い」

 足の甲に乗った頭を落とさないようにつま先を上下させると、遊んでもらえると思ったのか、きらきらした顔で腹を見せた。断言してもいいが、この無邪気な毛玉には、どんなカウンセラーより癒しの才能がある。

 撫でないの? という顔で見上げられれば、くさくさした気分は棚上げだ。飼い主の義務として、すぐにでも長い毛並みをかき分け、柔らかな腹を撫で回さなければならない。

「シェルターで見た彼とは思えない愛想のよさですね」

 誘惑に負けたエリオットを、イェオリが微笑ましく見つめる。

「正直おれも、なんでこんな懐かれてるのか分からないけどな」
「エリオットさまの、親切でお優しいお人柄を見抜いているのでしょう」
「……それ、言ってて恥ずかしくならない?」

 爽やかな青年侍従は恥じるどころか、「事実ですので」と胸を張った。

 じゃあ、おれが一方的に恥ずかしいだけじゃねーか。

 仰向けになって、くねくねと背中をじゅうたんにこすりつけるルードの腹をぽんと叩き、エリオットは体を起こした。

「怪しいところだけ弾いて、あとはアルファベット順でもなんでも連れてくれば会う」
「ベイカーに申し伝えます」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...