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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第五章
2.まわる日常
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どれだけ気が乗らなくても、日常は淡々とエリオットを押し流していく。けれど案外、意地を張ってベッドに引きこもるより、流れに身を任せているほうが楽なときもあるものだ。
「本日はこのあと九時より、予定どおりエリオットさまとルードの写真撮影がございます」
「それ、どこで撮んの?」
「庭かライブラリーが候補ですが、天気がいいのでおそらく庭になるでしょう。撮影には広報部から企画担当者とカメラマン、アシスタント、そしてヘアメイクの四名が──」
「メイク!?」
「──と、おっしゃるだろうと思いまして、そちらは断っておきました。スタッフは三名で参ります」
毎朝のミーティングは、シフトが合う限りイェオリが担当している。
別格──というより殿堂入り?──のベイカーを除けば、現在もっとも重用されている側近がいるのは、カルバートンの二階にあるエリオットの書斎。室内をぐるりと囲む板ばりの腰壁に、ぴったりくっつけた飾り気のないベンチの端ぎりぎりに座って、膝の上に置いたタブレットを捌いている。
エリオットも、また同じベンチの逆側にいた。シーソーを楽しんでいるわけではなく、リハビリの一環だ。
ベンチの長さは車のシートを想定して選ばれていて、少し詰めれば成人男性が三人座れるくらい。まだ両サイドに離れて座っているし、エリオットに至っては尻が半分浮いている。でも、ちゃんと座面に尻を収められるようになれば、車での移動時にだれかと相乗りが可能になる──かもしれないという、希望的観測でもって続けている訓練だ。
いまの進行具合はといえば、こうしてエリオットが隣に座っていられるのは、ベイカーとイェオリ相手のときだけで、目標達成まではまだ時間がかかりそうだ。
「これは念のためのお知らせですが、侍従武官の登用について、サイラスさまのコメントが本日公表されます」
「何時に?」
「広報からの発表が十一時です」
「強気だな」
昼のワイドショーの話題を独り占めするつもりか。
「あとで読むから、原文をデータで送っておいて」
自分のタブレットでリマインダーを設定しながら、エリオットは付け加えた。
「承知いたしました。それから、各方面の慈善団体から面会の申請が多数ございます。ご興味のある分野がございましたら、事前にお伺いしますので仰ってください」
「それ、いまじゃなきゃダメ?」
「きょうあす、というわけではございません。ですが様々な分野の代表とお話をなされば、ファンドの参考になるのではと思いまして」
思い切り顔をしかめる。
イェオリはそういうが、彼らの用件は分かりきっている。エリオットを名誉会員だか総裁だかに据えて、自分の団体に注目と資金を集めようというのだ。どうせどの団体も、両親やサイラスたちがすでに手一杯で断られたクチだろう。
余り物でも王族には違いないから、とりあえず手を上げておくといったところか。などとネガティブなほうへ流れる思考を一旦止めて、エリオットは、床でごろりと寝返りを打ったルードに目をやった。
「ルード、重い」
足の甲に乗った頭を落とさないようにつま先を上下させると、遊んでもらえると思ったのか、きらきらした顔で腹を見せた。断言してもいいが、この無邪気な毛玉には、どんなカウンセラーより癒しの才能がある。
撫でないの? という顔で見上げられれば、くさくさした気分は棚上げだ。飼い主の義務として、すぐにでも長い毛並みをかき分け、柔らかな腹を撫で回さなければならない。
「シェルターで見た彼とは思えない愛想のよさですね」
誘惑に負けたエリオットを、イェオリが微笑ましく見つめる。
「正直おれも、なんでこんな懐かれてるのか分からないけどな」
「エリオットさまの、親切でお優しいお人柄を見抜いているのでしょう」
「……それ、言ってて恥ずかしくならない?」
爽やかな青年侍従は恥じるどころか、「事実ですので」と胸を張った。
じゃあ、おれが一方的に恥ずかしいだけじゃねーか。
仰向けになって、くねくねと背中をじゅうたんにこすりつけるルードの腹をぽんと叩き、エリオットは体を起こした。
「怪しいところだけ弾いて、あとはアルファベット順でもなんでも連れてくれば会う」
「ベイカーに申し伝えます」
「本日はこのあと九時より、予定どおりエリオットさまとルードの写真撮影がございます」
「それ、どこで撮んの?」
「庭かライブラリーが候補ですが、天気がいいのでおそらく庭になるでしょう。撮影には広報部から企画担当者とカメラマン、アシスタント、そしてヘアメイクの四名が──」
「メイク!?」
「──と、おっしゃるだろうと思いまして、そちらは断っておきました。スタッフは三名で参ります」
毎朝のミーティングは、シフトが合う限りイェオリが担当している。
別格──というより殿堂入り?──のベイカーを除けば、現在もっとも重用されている側近がいるのは、カルバートンの二階にあるエリオットの書斎。室内をぐるりと囲む板ばりの腰壁に、ぴったりくっつけた飾り気のないベンチの端ぎりぎりに座って、膝の上に置いたタブレットを捌いている。
エリオットも、また同じベンチの逆側にいた。シーソーを楽しんでいるわけではなく、リハビリの一環だ。
ベンチの長さは車のシートを想定して選ばれていて、少し詰めれば成人男性が三人座れるくらい。まだ両サイドに離れて座っているし、エリオットに至っては尻が半分浮いている。でも、ちゃんと座面に尻を収められるようになれば、車での移動時にだれかと相乗りが可能になる──かもしれないという、希望的観測でもって続けている訓練だ。
いまの進行具合はといえば、こうしてエリオットが隣に座っていられるのは、ベイカーとイェオリ相手のときだけで、目標達成まではまだ時間がかかりそうだ。
「これは念のためのお知らせですが、侍従武官の登用について、サイラスさまのコメントが本日公表されます」
「何時に?」
「広報からの発表が十一時です」
「強気だな」
昼のワイドショーの話題を独り占めするつもりか。
「あとで読むから、原文をデータで送っておいて」
自分のタブレットでリマインダーを設定しながら、エリオットは付け加えた。
「承知いたしました。それから、各方面の慈善団体から面会の申請が多数ございます。ご興味のある分野がございましたら、事前にお伺いしますので仰ってください」
「それ、いまじゃなきゃダメ?」
「きょうあす、というわけではございません。ですが様々な分野の代表とお話をなされば、ファンドの参考になるのではと思いまして」
思い切り顔をしかめる。
イェオリはそういうが、彼らの用件は分かりきっている。エリオットを名誉会員だか総裁だかに据えて、自分の団体に注目と資金を集めようというのだ。どうせどの団体も、両親やサイラスたちがすでに手一杯で断られたクチだろう。
余り物でも王族には違いないから、とりあえず手を上げておくといったところか。などとネガティブなほうへ流れる思考を一旦止めて、エリオットは、床でごろりと寝返りを打ったルードに目をやった。
「ルード、重い」
足の甲に乗った頭を落とさないようにつま先を上下させると、遊んでもらえると思ったのか、きらきらした顔で腹を見せた。断言してもいいが、この無邪気な毛玉には、どんなカウンセラーより癒しの才能がある。
撫でないの? という顔で見上げられれば、くさくさした気分は棚上げだ。飼い主の義務として、すぐにでも長い毛並みをかき分け、柔らかな腹を撫で回さなければならない。
「シェルターで見た彼とは思えない愛想のよさですね」
誘惑に負けたエリオットを、イェオリが微笑ましく見つめる。
「正直おれも、なんでこんな懐かれてるのか分からないけどな」
「エリオットさまの、親切でお優しいお人柄を見抜いているのでしょう」
「……それ、言ってて恥ずかしくならない?」
爽やかな青年侍従は恥じるどころか、「事実ですので」と胸を張った。
じゃあ、おれが一方的に恥ずかしいだけじゃねーか。
仰向けになって、くねくねと背中をじゅうたんにこすりつけるルードの腹をぽんと叩き、エリオットは体を起こした。
「怪しいところだけ弾いて、あとはアルファベット順でもなんでも連れてくれば会う」
「ベイカーに申し伝えます」
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