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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第四章

9.ささやかですが

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 ドレスはサイズの調整をして納品になるらしく、一階に降りて来たキャロルは自分のバッグ──それと警護官──を持っているだけだった。

 スーツ姿の警護官は、耳に入れたイヤホンを片手で押さえ、襟につけたマイクで外の仲間と短いやり取りをした。フィッテングルームにいたときより、心なし表情が引き締まっている。

 この数時間は貸し切りにしたうえ、工房の入り口はエリオットの警護チームが仁王立ちでふさいでいるから、一般の客は入って来られない。けれど通りにはいつものごとく野次馬が集まっている。彼女はカメラのシャッターや差し出される手をかき分けて、キャロルを車までエスコートしなければならないのだ。

「キャロル」

 振り向いたキャロルへ、手にしていた小さな包みを投げる。

「あげるよ」

 とっさに掴んだ感触から、宝石ではないことは分かっただろう。工房のロゴがプリントされたワックスペーパーを開き、中から現れたものにキャロルは目を見張った。

「リボン?」

 ささやかな贈りものを見つめるキャロルの表情は読めない。つっ返される前に、エリオットは早口で言った。

「ドレスとか、レースの端切れでお針子が手作りしてるんだって。演奏会の日に、キャロルが着てたドレスに似てたから」
「わたしに?」
「お眼鏡にかなえば、テディベアの首にでも巻いて」

 そうでなければ、引き出しに封印してくれてもいいけど。

 爪の形まで丹精込めて整えた指先が、三センチ幅の布地を撫でる。ワインのような上品な赤色で、シルク独特の艶があるサテンのリボンだ。長さは一メートルもないくらいだが、端には工房の頭文字が刺しゅうされている。

 店内を回っているとき、生活雑貨を少しだけ集めたコーナーがあって、アンティークのカトラリーや万年筆と一緒に並んでいたものだ。宝石よりずっと安価で、花より素っ気ないけれど、エリオットが贈るならこれくらいがいいように思えた。

「わたし、テディベアを持ってるって言った?」
「侍従に調べさせた。名前はスィーニーだっけ」
「うそつき。そんな子いないわよ」

 外したか。一体くらい持っていると踏んだんだけどな。

 エリオットが白旗をあげると、探るようなブラウンの瞳がふっとゆるんだ。

「うちの子はフロドっていうの」
「ロード・オブ・ザ・リング?」
「えぇ。よく似た巻き毛の子よ。ありがとう。このリボン、とってもよく似合いそう」

 リボンを丁寧に包み直し、ハンドバッグにしまったキャロルは、エリオットに明るい笑顔を見せた。

「行きましょうか。これ以上ひとが集まると、交通整理の警察から苦情が来るかも」

 通りのほうへ目を向けると、ショーウィンドウごしにひとだかりが見えた。街中だということもあって、今回は一般人のほうが報道関係者より集まるのが早かったらしい。彼らは歩道脇に連なるセダンの向こうからキャロルとエリオットの名前を呼び、写真を撮ろうとスマートフォンを掴んだ腕を突き出した。

 キャロルが先に店を出て、エリオットがあとから姿を見せると、ひときわ大きな歓声が上がった。二重三重の人垣から向けられる視線と、冷房の効いた屋内との温度差で、一瞬めまいがする。ことしの夏は忙しくしていたせいであっという間に過ぎたように思えたのに、忘れられてなるものかと言わんばかりに、ここ数日はダラダラと暑さがぶり返している。

 白く反射するステップを降りながら、キャロルをまねて夢の国のキャストよろしく手を振れば、さらに観衆が沸く。おいだれだ「エリオット可愛い!」とか言ったやつ。
 頬が痙攣しないうちに車にたどり着いたエリオットは、先回りしてイェオリが開けたドアに身をかがめようとして、ふと振り返った。

 視界に引っかかったものを、がっしりした警護官たちと観衆の頭のあいだに探す。気のせいだっただろうか。

「殿下?」

 怪訝そうな呼びかけにイェオリへ顔を向ける。キャロルはとうに自分の車に乗り込んでいて、見物人の注目を集めるのはエリオットだけになっていた。
 広々とした革のシートに座り扉が閉まると、通りの熱気はスモークガラスで遮断される。

「お忘れ物でも?」

 助手席からイェオリが尋ねて来るのに、首を振った。

「ううん、なんでもない。出して」
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