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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第四章
4.二度目のデート
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アカデミーで新年度の授業が始まったキャロルはそれなりに忙しいそうだが、あまり時間を空けて話題が流れては意味がないということで計画した次のデートは、学生街からもほど近い有名ブランドやセレクトショップが軒を連ねる繁華街でのショッピングだった。
ただし、ウィンドーをひやかして歩いたりはしない。店の応接室でお茶を傾けながらの、優雅な買い物だ。
「王室の天使はご活躍のようね」
少し遅れて到着したキャロルが応接室に入って来るなりそう言ったので、エリオットは危うく、王室御用達のブレンドティーを吹きそうになる。
「……それもしかして、おれのこと?」
「デイリー・ニューの電子版を読んでないの? すっかりあなたの広報紙みたいになってるんだけど」
警護官をひとり伴って現れた彼女は、ボーダーTシャツにデニムという飾り気のない服装だった。この店のドレスを、片っ端から試着できるように。
室内には、エリオットと同行のイェオリしかいなかったからだろう。なんの仮面もまとっていない快活な表情のキャロルは、ステンレスのフレームと黒い合皮の座面というスタイリッシュなラウンジチェアに腰かけると、バッグから取り出したスマートフォンを指先で素早くタップした。そして、頼んでもいないのに「デイリー・ニュー」の記事を読み上げる。
「『天使が起こした奇跡──。保護犬のシェルターであるリバーハウスには、引き取り手が見つからず、犬舎の隅で忘れ去られた一頭のピレニアン・マウンテンドッグがいた。彼はその体の大きさゆえ家族に捨てられ、仲間の犬にもスタッフにも、関心を示さず心を閉ざしていたという。しかしこの日、施設を訪れたエリオット王子がガラス越しにほほ笑むと、彼は自ら王子に近付き、離れたくないとばかりに寄り添った。これを見たスタッフは号泣、ミシェル妃に慰められるシーンも。はとこだけではなく、犬の心まで射止めたエリオット王子は、この犬を引き取ることを申し出たという。家族をなくした不幸な彼は、シルヴァーナいちのラッキードッグとなった』──だそうですが、殿下?」
腹の上で指を組んだエリオットは、どうにでもしてくれ、という気分だったが、想像したより論調は悪くない。それに、ラッキーなのは犬だけではない。サプライズな感動物語に気を取られたおかげで、記者たちはミシェルとエリオットに、サイラスについて質問をするのをうっかり忘れてくれたのだ。
「うそはないから、良心的な記事なんじゃない?」
「だから、あなたの広報紙って言ったでしょう。別の週刊誌じゃ、『エリオット王子は血統主義か』なんて書いてる」
王族のキャロルを恋人にして、純血種である大型犬を引き取ったことへの批判だろう。
「きみと彼がおれを選んだんだからな」
おれのほうから、狩りに行ったんじゃない。
「言われてみればそうね。──じゃあ本当に、この子を引き取ったの?」
「手続きに時間がかかったけど、きょうの夕方にはカルバートンまでスタッフが送り届けてくれる予定」
「あら、そんな大事な日に誘ってごめんなさいね」
ちっとも悪いと思っていない調子で、キャロルは端末をバッグへ戻した。
「うちは猫を飼ってるの。動物って最高の家族よ」
「あぁ、キジトラの」
「よく知ってるじゃない」
「キャロルのSNS、半分以上が猫の写真だろ」
けさだって、窓際からハトを狙う後姿を投稿していた。
エリオットが言うと、キャロルはくっきりカールさせたまつ毛で瞬いた。
「あなた、わたしのアカウント見てるの?」
「見てたら悪い?」
「そこまで興味があると思わなかったって意味。わたしのことなら、侍従に調べさせればすむでしょ」
「キャロルだって、ダニーを検索しただろ」
「あれは敵情視察」
「じゃあ同じだ」
「それなら納得ね」
楽しそうに笑ってお茶のカップを手に取るキャロルを横目で見ながら、エリオットは脚の上で両手の指先をこすり合わせた。彼女のアカウントを何度か眺めていて、気になることがあったのだ。
話題に上げるタイミングをはかっていたのだが、そんな落ち着かない態度は、すぐに見とがめられる。
「エリオット。だれもがみんな、『どうされましたか、殿下』と聞いてくれるわけじゃないのよ?」
しかも毎回、手厳しい。
フェリシアに言った、友達付き合いの教師というのも、あながち間違いではないかもしれない。なんとなくだが、キャロルもエリオットの対人スキルの低さに気付いていて、そういう役割に自分を置いているように思う。ただし、世間知らずなのを利用してあれこれ要求してこないどころか、不機嫌そうにしながらも助言してくれるあたりで、彼女が実のところけっこう生真面目なたちだということが分かって来た。
過剰に警戒したり、バカにされる心配はやめるべきだ、とエリオットは自分に言い聞かせる。
ただし、ウィンドーをひやかして歩いたりはしない。店の応接室でお茶を傾けながらの、優雅な買い物だ。
「王室の天使はご活躍のようね」
少し遅れて到着したキャロルが応接室に入って来るなりそう言ったので、エリオットは危うく、王室御用達のブレンドティーを吹きそうになる。
「……それもしかして、おれのこと?」
「デイリー・ニューの電子版を読んでないの? すっかりあなたの広報紙みたいになってるんだけど」
警護官をひとり伴って現れた彼女は、ボーダーTシャツにデニムという飾り気のない服装だった。この店のドレスを、片っ端から試着できるように。
室内には、エリオットと同行のイェオリしかいなかったからだろう。なんの仮面もまとっていない快活な表情のキャロルは、ステンレスのフレームと黒い合皮の座面というスタイリッシュなラウンジチェアに腰かけると、バッグから取り出したスマートフォンを指先で素早くタップした。そして、頼んでもいないのに「デイリー・ニュー」の記事を読み上げる。
「『天使が起こした奇跡──。保護犬のシェルターであるリバーハウスには、引き取り手が見つからず、犬舎の隅で忘れ去られた一頭のピレニアン・マウンテンドッグがいた。彼はその体の大きさゆえ家族に捨てられ、仲間の犬にもスタッフにも、関心を示さず心を閉ざしていたという。しかしこの日、施設を訪れたエリオット王子がガラス越しにほほ笑むと、彼は自ら王子に近付き、離れたくないとばかりに寄り添った。これを見たスタッフは号泣、ミシェル妃に慰められるシーンも。はとこだけではなく、犬の心まで射止めたエリオット王子は、この犬を引き取ることを申し出たという。家族をなくした不幸な彼は、シルヴァーナいちのラッキードッグとなった』──だそうですが、殿下?」
腹の上で指を組んだエリオットは、どうにでもしてくれ、という気分だったが、想像したより論調は悪くない。それに、ラッキーなのは犬だけではない。サプライズな感動物語に気を取られたおかげで、記者たちはミシェルとエリオットに、サイラスについて質問をするのをうっかり忘れてくれたのだ。
「うそはないから、良心的な記事なんじゃない?」
「だから、あなたの広報紙って言ったでしょう。別の週刊誌じゃ、『エリオット王子は血統主義か』なんて書いてる」
王族のキャロルを恋人にして、純血種である大型犬を引き取ったことへの批判だろう。
「きみと彼がおれを選んだんだからな」
おれのほうから、狩りに行ったんじゃない。
「言われてみればそうね。──じゃあ本当に、この子を引き取ったの?」
「手続きに時間がかかったけど、きょうの夕方にはカルバートンまでスタッフが送り届けてくれる予定」
「あら、そんな大事な日に誘ってごめんなさいね」
ちっとも悪いと思っていない調子で、キャロルは端末をバッグへ戻した。
「うちは猫を飼ってるの。動物って最高の家族よ」
「あぁ、キジトラの」
「よく知ってるじゃない」
「キャロルのSNS、半分以上が猫の写真だろ」
けさだって、窓際からハトを狙う後姿を投稿していた。
エリオットが言うと、キャロルはくっきりカールさせたまつ毛で瞬いた。
「あなた、わたしのアカウント見てるの?」
「見てたら悪い?」
「そこまで興味があると思わなかったって意味。わたしのことなら、侍従に調べさせればすむでしょ」
「キャロルだって、ダニーを検索しただろ」
「あれは敵情視察」
「じゃあ同じだ」
「それなら納得ね」
楽しそうに笑ってお茶のカップを手に取るキャロルを横目で見ながら、エリオットは脚の上で両手の指先をこすり合わせた。彼女のアカウントを何度か眺めていて、気になることがあったのだ。
話題に上げるタイミングをはかっていたのだが、そんな落ち着かない態度は、すぐに見とがめられる。
「エリオット。だれもがみんな、『どうされましたか、殿下』と聞いてくれるわけじゃないのよ?」
しかも毎回、手厳しい。
フェリシアに言った、友達付き合いの教師というのも、あながち間違いではないかもしれない。なんとなくだが、キャロルもエリオットの対人スキルの低さに気付いていて、そういう役割に自分を置いているように思う。ただし、世間知らずなのを利用してあれこれ要求してこないどころか、不機嫌そうにしながらも助言してくれるあたりで、彼女が実のところけっこう生真面目なたちだということが分かって来た。
過剰に警戒したり、バカにされる心配はやめるべきだ、とエリオットは自分に言い聞かせる。
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